エンタメ
2019/11/11 21:30

大英博物館「マンガ展」キュレーターが語る! 世界から見た日本のマンガ、その実態と歴史的価値

大英博物館で開催された「マンガ展」。会場には多くのマンガ通が押し寄せていたが、彼らがうなるほどの、素晴らしい展示だったと思う。この展示会を企画したのは、ニコル・クーリジ・ルーマニエールさん。ニコルさんは、セインズベリー日本藝術研究所の所長も務める、日本文化のエキスパートだ。

 

【マンガ展の現地レポートはこちら】

 

英国で再確認した「日本のマンガ」の多様性ーー 感動に震えた大英博物館「マンガ展」現地レポ

 

 

 

本記事ではマンガ展の展示を十分に楽しんだうえで、ニコルさんに展示のコンセプトから海外における日本マンガの評価を伺った。話はマンガにおけるジェンダーの話にまで展開。ニコルさんのグローバルな視点だからこそ浮き彫りになるギャップを楽しんでもらいたい。

 

世界的な認知も高まる日本の「エロ」

ーーマンガ展を拝見して、展示作品の多さと幅広さに驚きました。

 

「展示する作品を選ぶのが、とにかく大変でした。本当ならぜんぶ展示したかったくらい。でもスペースの問題もあるし、出版社のバランスも考えなければいけない。泣く泣く今回のようなラインナップになりました。それでもこだわった部分はたくさんあります。例えば、東村アキコさんは『雪花の虎』『海月姫』『かくかくしかじか』の3作を展示していますが、これはそれぞれ小学館、講談社、集英社という3大出版社で出版されているんですよ。すごいことです」

 

ーー海外では日本のアダルトアニメが「Hentai」という名前で流通していて、サムライやスシと同じくらい有名になりつつあるようです。日本のマンガは、コンビニでの販売が問題になっていますが、そうした性的描写についても展示で説明されていましたね。

 

「マンガについてすべて語るとなると、性の描写について触れないわけにはいきません。ティーンズラブコミックも無視できないくらい人気のジャンルです。これらを展示することも考えたのですが、博物館の規定として、R-18のものはブースで囲う必要がありました。壁を作って、入口にカーテンを引いて、許可された人しか入れない仕組みです。それでは展示できる作品数がさらに減ってしまいますし、私たちは、来場するすべての人に平等に作品を見て欲しかったんです。そのため、セクシャルなシーンの展示は見送ることになりました」

 

ーーそれでも、展示されていた竹宮惠子「風と木の詩」のシーンは、作品の冒頭部分、ジルベールとブロウのからみで、かなり衝撃でした。

 

「あれは、チャレンジでした(笑)が、大英博物館でオープンに展示できるギリギリのラインだったんです」

 

 

世界で残すべき少女マンガの歴史的価値

ーー10年ほど前にロンドンに来たときは、日本のマンガがイタリアやスペイン、アメリカほど注目されているとは感じませんでした。マンガが浸透している国では、書店にマンガのコーナーが設けられているのですが。

 

「この数年で、イギリスのマンガ文化に対する評価が大きく変わったと感じています。昔は文章が一番高尚で、絵のついたものは文学として低いものと思われていました。しかしInstagramが浸透したことで、ビジュアルの媒体が一般化しました。どうしても少女マンガの方が少年マンガよりも英訳される作品数が少ないのですが、この夏には萩尾望都さんの『ポーの一族』が英訳されました。彼女の作品はこれまでいくつか英訳されていますが、その英語が素晴らしいです。日本語をただ英語にすればいいと言うことではなく、日本の文化や作品を深く理解していなければ質の高い翻訳はできません」

 

ーー萩尾望都さんの作品はすべてレイチェル・ソーンさんという方が担当していますが、このかたは萩尾望都さんの「トーマの心臓」を読んで衝撃を受け、少女マンガの大ファンになったという人です。

 

「本当に素晴らしい英訳でした。萩尾望都さんは『柳の木』という作品も展示しています。こちらは全ページ展示しているので、ぜひ全部読んでほしいと思っています。すべてのページを均一なコマで表現し、セリフもほとんどないという作品です。あと冒頭で『ギガタウン』を展示し、マンガの読み方を解説しています。マンガに親しみの薄い人に向けたものですが、とても分かりやすいのでぜひ英訳して欲しいですね」

 

↑英訳されたギガタウンを展示

 

 

ーー作者のこうの史代さんの作品は「夕凪の街」も展示されていましたね。この作品は、原爆投下から10年後の広島が舞台の短編です。心の機微を状況で表現する繊細さ、絵と文字を組み合わせているマンガだからこそできるラストの表現と、素晴らしい作品です。原爆問題は、海外では広く知られていないので、こうした作品が紹介されることに大きな意義を感じます。

 

「日本を語る上で、原爆は避けて通れないと思いました。しかし刺激的すぎず、日常を描くなかでそれを伝えている、素晴らしい作品です。私の専門は考古学です。考古学というと、古代の発掘をイメージする方も多いのですが、時代は関係ありません。私は日本の陶器について研究していました。考古学を研究していると、史書に書かれていることとはまったく違うものがいくつも発掘されます。歴史の通説を信じられなくなるくらいです。マンガは考古学の資料と同じ。一般の人たちがなにを考え、どんな文化を作っていたかが、ありのままに記されているんです。そういう意味でも、マンガは歴史資料として保存し、研究するに値する価値あるものだと思っています」

 

 

ーー海外ではコミックは対象読者を明確に性別で分けていないので、外国人に「少女マンガ」を説明するのは少し苦労します。世界的にはマンガというと、冒険、ヒーロー、友情といった少年マンガのイメージが強いように感じますが、少女マンガとはまったくテーマが異なりますよね。

 

「そうですね。日本にはもともと男絵と女絵がありました。必ずしも男性が描くのが男絵、女性が描くのが女絵というわけではなかったのですが、マンガの対象読者が性別で分けられているのは、それが源流になっていると思います。少女マンガと少年マンガでは、絵柄も内容もだいぶ違います。少女マンガは心の内面を覗き、人との関係を描いていますし、フェミニズムも訴えています。そしてそれは少女マンガの使命だと思うんです。私は少女マンガも大好きなので、もっと普及してほしいですね」

 

 

少女マンガが黄金期を迎えたのは1970年代だ。男性社会に疑問を持ち、フェミニズムの運動が高まった時代。少女マンガは、いち早く少女たちに人権と自由意志を訴えてきた。それ以降も、女の生き方や社会への疑問を投げかける作品を多く生んできた。ファッションの流行にも敏感で、何気ない生活習慣を多く記してきている。ニコルさんの言うように、歴史的資料として研究する価値が大いにあるはずだ(たまに「少女マンガを読むのは恥ずかしい」という男性がいて悲しい)。

 

少女マンガの優れた部分はたくさんあるが、最近は少女マンガ家が男性マンガ誌に描くことも多いし、ネットマンガアプリは男女の区別なく作品を並べているものも多い。こうしてマンガのジェンダーレス化が進むと、少女マンガの優れた部分がもっとマンガ界全体に浸透するようになるだろう。

 

マンガ展は、性別を超えてマンガのすべてを俯瞰していた。過去から現在までの展示ではあるけれど、男女の垣根を越えた展示はマンガの未来の姿でもあったと思う。