エンタメ
2016/7/8 21:00

「テレビ嫌い」の外国人杜氏が映画に出演した理由とは? 一番の武器は「日本酒を飲むのが好きなこと」フィリップ・ハーパー氏インタビュー【後編】

フィリップ・ハーパー氏は、名門のオックスフォード大学を卒業しながら、外国人として初めて杜氏になったイギリス人。「玉川」や「アイスブレーカー」などで知られる京都の木下酒造を率いています。

 

前編では、ハーパー氏に、自身の酒造りについて聞きましたが、後編ではハーパー氏が出演したドキュメンタリー映画「カンパイ! 世界が恋する日本酒」(7月9日公開)についてインタビューを行いました。ハーパーさんがおいしいお酒を造ることができる理由や「最高の乾杯」などが明らかに!

20160627-s5 (23)

フィリップ・ハーパー

1966年、イギリス・コーンウェル生まれ。京都府久美浜の「木下酒造」で杜氏を務める。英名門オックスフォード大卒。日本の英語教師派遣 のJETプログラムで 1988年に来日。滞在中に酒の魅力に気づき、2年の任期を終えるころに日本酒に関わる仕事を志す。

 

奈良県の酒造メーカー、梅乃宿酒造で蔵人として10年を過ごし、各工程の責任者として経験を積む。2001年に南部杜氏資格選考試験に合格。大阪の大門酒造を経て、木下酒造で杜氏として迎えられ、初年度にして全国新酒鑑評会で金賞を受賞。

 

どっしりとした飲み口で新たな定番となった「玉川自然仕込山廃純米」や江戸時代の製法で作った超甘口「玉川Time Machine」など、挑戦的な酒造りで新たなファンを生み出している。

 

監督に騙されて映画に出演!?

20160627-s5 (2)

——ハーパーさんは映像メディアの取材は基本的に断ってらっしゃるそうですが、なぜ「カンパイ!」には出演したのですか?

ハーパー それは、小西監督に騙されたからです。

——どんな騙しのテクニックが(笑)?

ハーパー テレビ業界の人は、みなさん「テレビには誰もが出たいと思っている」というスタンスで取材依頼をしてきますが、僕は自分を画面で見るのが好きじゃないので、出たくなかった。だから、会話が噛み合わないことが多いんですね。小西さんから最初にいただいたメールは、「自分もインタビューを受けるのは嫌いだから、ハーパーさんの気持ちはわかります」というような前フリでした。その後、「日本酒に詳しい人やオタクではなく、一般の人たちに日本の魅力を伝える映画を作りたいので協力してほしい」と言われまして。悩みましたが、日本酒の宣伝になるならと思い、出ることにしました。

 

リクエストは一切受け付けないことが条件

20160627-s5 (18)

——何か条件は出されましたか?

ハーパー 過去に何回か受けた取材で一番ったのが、「こういう映像が撮りたい」という注文で、酒造りの流れが妨げられること。だから、「そういうリクエストは一切受けません。こちらはいつもどおりの作業をします」「我々は役者ではないので、演技やカメラを意識した動きは一切できません。それでもよければ」と言いました。

——実際、撮影はいかがでした? 邪魔に感じたことはありました?

ハーパー ないです。すごく気を遣ってくれましたし、蔵での撮影はすべて小西監督一人でやりはった。泊まり込んでいる蔵人とも何度か一緒に晩酌をしましたね。

——完成した作品を観て、出演してよかったと思いますか?

ハーパー 日本酒の宣伝をしていただくのはありがたいんですけど、やはり自分を画面で見るのが嫌いなことに変わりはないです(笑)。

——「がんばってる蔵人さんたちの姿を見てもらえてうれしい!」などは?

ハーパー スタッフの努力は、出来上がった酒が語っていると思っていますので。

 

この映画が震災に遭った仲間の追い風になれば

——ご自分以外のパートについてのご感想は?

ハーパー 出ている人は、久慈さん(久慈浩介/南部美人・五代目蔵元)もジョンさん(ジョン・ゴントナー/日本酒伝道師)もみんな知り合いですし、鈴木大介(鈴木酒造店)は昔、同じ蔵で何年か仕事をしたことがありまして。20年くらいのつきあいになります。彼らが話す内容は何度も聞いたことなので、映画を見ている感覚にはならなかった(笑)。ただ、東日本大震災で大変な目に遭い、場所を変えて再スタートした鈴木大介に関しては、何かしてあげたくても、実際にできることは少なかった。この映画が鈴木家への追い風になったら、個人的にはとてもうれしいです。

20160627-s5 (21)

——鈴木さんに関するシーンは、撮影を進めていくなかで、どんどん増えていったそうですね。ところで、映画のなかで、ハーパーさんの頭が突然丸刈りになった理由はなんですか?

ハーパー もとをたどると鈴木大介が悪いんです(笑)。昔、彼と同じ蔵で働いていたとき、冬に営業の子を交えて3人で晩酌をしながら、まあまあ酔っ払ったんですね。そこで、じゃんけんで負けたら坊主というくだらないゲームをして、私が負けて、しぶしぶ坊主にしたんです。ところが、映画にも映っているように、酒造りでは暑い環境で行う作業もあるので、坊主頭だと意外とラクだった。それ以来、毎年10月に坊主にしてから蔵に入るようになりました。いまは半年経ったのでこんな感じです。

 

自分の一番の武器はお酒を飲むのが好きなところ

——映画を観て、ハーパーさんの、次々と新しいお酒を作っていくチャレンジ精神や好奇心と、忍耐強さを兼ね備えている点が、日本酒造りに向いているようと感じました。ご自身ではどう思いますか?

ハーパー どうなんでしょう(笑)。なんとかなっているから24年続いているとは思いますけど、すごく向いているとは思いません。一応、杜氏という肩書ですから、酒造りの計画段階から考えていくのが仕事。計算もしなくてはいけないんですけど、この映画にもあるように私は文学部出身なので、そこは得意ではありません。自分が持っている一番の武器は、技術どうのこうのよりも、酒を飲むことが好きなところだと思っています。たくさんの酒を真剣に飲んできたことが、仕事における自分の最大の強みだと思います。

20160627-s5 (15)
↑丸坊主姿で利き酒をするハーパー氏

 

飲むために働いているので飲めなくなったら仕事はしない

——真剣に酒を飲むことがおいしい酒に繋がるんですね。ちなみに、どんなシチュエーションで飲みますか?

ハーパー 蔵に住み込みでほぼ外に出ることがない秋冬は、うちの酒蔵の酒はもちろん、他社の酒もいろいろと飲むようにしています。酒造りが終わると、日本酒のイベントで他社のお酒を飲む機会が増えます。昨日も大阪のイベントで、30〜40種類ほど利き酒をしてから、この映画にも映っている英語教師時代の友だちと飲み直しました。

——一杯目から日本酒ですか?

ハーパー のどが渇いているときはビールから入ることもあります。飲むことが基本的に好きなので、ワインでもウイスキーでも何でも飲みますが、職業柄、日本酒を飲むことが圧倒的に多い。それが苦になることはないですね。

——お酒に飽きたことや、飲酒をやめようと思ったことはありますか?

ハーパー 一度もないです。蔵の人たちにも、「ドクターストップがかかったら蔵は任せる」と言うてます。飲むために働いているので、飲めなくなったら仕事はしません(笑)。

20160627-s5 (25)

 

日本酒の良さを英語圏の人に伝えるのも仕事のひとつ

——ハーパーさんは、母国イギリスに日本酒を広める意識はお持ちですか?

ハーパー はい。日本酒の良さを英語圏の人たちに伝えるのも、重要な仕事のひとつだと思っています。イギリスでは、日本酒の知名度はそんなに高くないと思います。だから、日本酒を知ってもらうための取材は受けるようにしていますし、日本酒に関する本も2冊書かせてもらいました。最近では、来年100周年を迎える灘酒研究会という歴史ある団体が、記念事業として「灘の酒用語集」(同研究会発刊)から252項目をネットにアップしましたが、私はその英訳を担当させていただきました。

20160627-s5 (7)
↑ハーパーさんが英訳を担当した「灘の酒用語集」

外国人にビザが下りない状況を何とかしてほしい

20160627-s5 (3)

——ヨーロッパでの日本酒の状況はいかがですか?

ハーパー 日本酒好きが増えてはいますが、アメリカと比べると時間軸で遅れを取っているのは事実ですし、アメリカの市場のほうが遥かに大きいです。

——ハーパーさんは「外国人初の杜氏」という注目のされ方をしますが、この映画を観て、杜氏になった人がたまたまイギリス人だったという印象を受けました。イギリス人であるというアイデンティティは、酒造りに影響がありますか?

ハーパー ないです。特にこの仕事は微生物が主役なので、人間の国籍なんて関係ないんです(笑)。

——海外の人から「酒造りをしたい」という相談を受けることも多いのでは?

ハーパー 年に何回かあります。残念ながらうちは小さい蔵なので、場を与えることができない。それに、人手不足の業界ながら、外国人にはビザが下りないんです。今後、日本は人口が減りますから、海外から働き手に来てもらわないと大変なことになりますよ。そこは何とかしてほしいですよね。

——確かに。海外からの働き手を受け入れたほうが、日本酒がもっと世界に広まるでしょうね。

 

お客さんがおいしそうに飲んでくれるのが「最高の乾杯」

——「カンパイ!」の映画のラストでは、幸せな乾杯の風景が映し出されます。ちなみに、ハーパーさんにとって、人生で最高の乾杯とは?

ハーパー ……何も出てこないですねえ(笑)。

——結婚式の三三九度は?(※編集部注:ハーパーさんは日本人女性と結婚)

ハーパー 当時の蔵で造っていた大吟醸の生酒を持っていったんですが、緊張して味がわからず、もったいないことをしました。三三九度は安酒で十分だと実感しましたね(笑)。

——杜氏として、初めて造った酒で乾杯したときは?

ハーパー 乾杯の前に、我々は利き酒をしますから、それなりにできたという安心感や喜びはもちろんあります。ですが、すぐに反省点や改善点で頭がいっぱいになってしまいます。それよりも、酒造りが終わってから、イベントなどでお客さんから「おいしい」と言ってもらったときのほうが喜びを感じますね。自分の乾杯よりも、お客さんが楽しそうに乾杯をして、おいしそうにうちの酒を飲んでくれることが、自分にとって最高の乾杯かもしれません。

 

20160627-s5 (24)

自分が飲むのが好きで、お客さんが楽しく飲むのを見るのが好き。シンプルですが、日本酒を造る原動力としてこれ以上のものはないのかもしれません。今後も、ハーパーさんが造るお酒に期待しましょう。

 

【ハーパーさんが醸した日本酒】

20160627-s5 (1-0)

左から酵母無添加の自然仕込シリーズから「山廃純米酒」(1.8ℓ2880円)、純米大吟醸「玉龍」(1.8ℓ7344円)、江戸時代の製法で造る超甘口酒「Time Machine 88」(360ml 1049円)。一番右の「アイスブレーカー」(1.8ℓ3148円)は、ロックで飲む夏酒というアプローチ。

【URL】

木下酒造 http://www.sake-tamagawa.com/index.html

 

【ハーパーさんの出演映画】

イギリス、アメリカ、日本、海を越えた3人のアウトサイダーたちを描く感動ドキュメンタリー!

「カンパイ!世界が恋する日本酒」

20160627-s5 (16)

日本だけでなく、ここ数年世界中で寿司と共に人気を博している日本酒。そのミニマムでシンプルな外観の美しさの奥には、多様さ、複雑さ、そして芳醇な文化的背景が隠されている。そこには大いなる魅力と曖昧さに溢れた深淵な世界が広がっている。

 

本作では、外国人として史上初めて杜氏(とうじ)となり、新商品を次々と世に送り出しているイギリス人のフィリップ・ハーパー、日本酒伝道師として、日本酒ワークショップや本の執筆などをとおして奥深い日本酒の魅力を世界へと発信を続けるアメリカ人ジャーナリストのジョン・ゴントナー、そして、自ら世界中を飛び回り日本酒の魅力を伝えている、震災に揺れる岩手の老舗酒蔵を継ぐ南部美人・五代目蔵元の久慈浩介。

 

まったく異なる背景を持つ3人のアウトサイダーたちの挑戦と葛藤を通し、日本だけにとどまらず、世界で多くの人々を魅了する日本酒の魅力的な世界を紐解いてゆくー。寿司の魅惑的な世界をファンタジックに描き世界的な大ヒットとなった映画「二郎は鮨の夢を見る」から4年、日本酒が3人の男たちと共に国境を越える。

 

本作は、2014年にクラウドファンディングで制作費が集められた後に完成。翌年の 2015年、東京国際映画祭でプレミア上映されるやチケットが完売となり話題となったほか、サン・セバスチャン国際映画祭などにも出品。監督は、LA在住の映画ジャーナリストである小西未来がメガホンをとる。

監督:小西未来
エグゼクティブ・プロデューサー:駒井尚文、スージュン
プロデューサー:柳本千晶
出演:フィリップ・ハーパー、ジョン・ゴントナー、久慈浩介

2015年/日・米/日本語・英語/95/カラー   配給:シンカ

(コピーライト)
© 2015 WAGAMAMA MEDIA LLC.

(公開表記)
7月9日(土)、シアター・イメージフォーラム他全国順次公開

公式サイト http://kampaimovie.com/