エンタメ
2016/8/5 21:00

“あるべき姿”に苦しむひとは森山直太朗の曲を聴け! 停滞した人生から解放されるためにーー

生きてることが辛いなら

わめき散らして泣けばいい

その内夜は明けちゃって

疲れて眠りに就くだろう

夜に泣くのは赤ん坊

だけって決まりはないんだし

森山直太朗「生きてることが辛いなら」(2008年)

 

私が森山直太朗のファンクラブに入ったのは、2015年のコンサートツアー「西へ」のときだった。もともと好きでよく歌は聴いていたが、ライブに行って、生身の彼の姿を見て、私はこの人のことを「きっと一生変わらず好きだろう」と確信した。ある種“とてつもなく大きな救い”に感謝するように、気がつくとファンクラブ受付に足を運んでいたのだ。

 

「あなたの人生で大切な音楽を10曲、選んでください」という質問をもとに、業界の違うふたりの著名人が己の半生を語るトーク番組「ミュージック・ポートレイト」。森山直太朗とバナナマン設楽 統のふたりが出演し、2回にわたって放送された。お互いに若くから脚光を浴び、人気者の道を突き進んでいるように見えて、人知れず苦悩に頭をかかえる日々もあった。

 

「さくら(独唱)」(2003)の大ヒット後、次々と曲を出していた直太朗。しかし、デビュー前に書き溜めていたストックもつき、「自分は何を歌いたいのか」と悩み抜いた末に「生きていることが辛いなら」という曲をリリースした。

 

「生きてることが辛いなら いっそ小さく死ねばいい」。ちなみにこの曲の歌詞は、直太朗の旧友でありともに楽曲制作をする御徒町 凧が作詞したものであり、その挑戦的な言葉の裏には「生きろ」という強いメッセージが込められていた。世間では議論を呼んだが、次第にその曲の価値は認められ、3年ぶりに紅白歌合戦に出場。その歌を久々の大舞台で歌い上げたのだ。

 

↑森山直太朗さん
↑森山直太朗さん

 

しかし、その後、彼は燃え尽き症候群にさいなまれる。

 

「果たして自分は何を歌うんだ、って。人生が停滞していた感じ」

 

そんな彼の心を再び動かしたのは、東日本大震災だった。彼は音楽活動を再開し、「いま僕にできること」(2012)をリリースする。“すべきではないこと”が蔓延していた自粛ムードの中、お客さんが一人でもいる限り、自分は変わらずに歌い続けようと決心したのだ。

 

そんな彼の気持ちをさらに後押ししたのが、ニール・ヤングの「バッファロー・スプリングフィールド アゲイン」(2000)だった。ニール・ヤングが結成し、2年という短い期間で解散したバンド、バッファロー・スプリングフィールドへの想いを歌った曲だ。

 

Buffalo Springfield again(バッファロー・スプリングフィールドよ もう一度)

Like to see those guys again(もう一度みんなに会いたい)

 

変わらずに過去のメンバーを想いながら歌うニール・ヤングに、直太朗は心打たれたという。

 

「歌のテーマなんてものはこういうものだよな、って。僕よりもずっと経験のある人が、まだこの境地で歌を作っている。それだけで気が軽くなったんですよね」。

 

初めて直太朗のライブを見て、「私はこの人のことを、きっと一生変わらず好きだろう」と確信した。ずっと好きだと確信して、ファンクラブ入会に踏み切ったのは、彼の生き様が私を解放してくれたように感じたからだ。

 

「そうやって悩んだこともメロディーに乗せられるっていうのは、やっぱり歌ってすごいよね」と設楽は言った。

 

直太朗は答える。「楽な気持ちになりますよ。こうじゃなきゃダメなんだ、とか、こうだとダメなんだ、とか。そういう感覚みたいなものが必ずしもそうじゃないよ、って」。

 

ライブ終演後、物販には、カレー好きの直太朗が調合した香辛料や寿司屋の湯のみという、アーティストらしからぬグッズが並んでいた。とあるファンクラブ会員限定のイベントでは、彼が会員の座るテーブルでしゃべり倒している一方で、ステージ上ではファンがカラオケで熱唱していた。「みんなやりたい放題だなあ」と笑いつつ、どこか居心地のよさがある。

 

“アーティストはこうあるべきだ”なんて押しつけがましい信念がないからこそ、彼の音楽を聴いていると、すうっと肩の力が抜けていく。

 

“あるべき姿”などは幻想で、どこにも存在しない。大人になっても相変わらず泣き虫の私は、彼が「夜に泣くのは赤ん坊 だけって決まりはないんだし」と歌うたびに、なんだか許されたような気がして、思う存分泣くことができるのだ。

 

きっと彼は変わらない。これからもずっと、“あるべき姿”にとらわれない生き方を見せていてくれるのだろう。

 

今もイヤホンの向こうで、彼はひたすらにとあるコンビニ店員の名前を連呼している。“趙さん”って、誰だ。

 

BGM:森山直太朗-コンビニの趙さん(2014年)

 

【関連記事】

マツコ・デラックスや博多大吉など、大物著名人の言動や苦労を独自視点で紐解いた連載コラムはコチラ