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2017/7/23 16:30

山岳鉄道なら真夏でもひんやり快適! “旅客列車”と“貨物列車”の二面性を持つ「黒部峡谷鉄道」の魅力

日本を代表する山岳鉄道「黒部峡谷鉄道」。黒部川が生み出した狭隘な谷間に設けられた20.1kmの路線に41のトンネル、最小半径21.5mといった急カーブが連なる。列車が運行されるのは4月中旬から11月下旬まで(積雪の状況で変更あり)。限定された期間ということもあり、春から秋にかけて国内はもちろん、海外からも沿線の風景を楽しみに多くの人が訪れる。また、旅客列車だけでなく貨物列車も走っていて、使われる機関車や客車、貨車も実に多彩。観光だけでなく、鉄道好きにも見どころふんだんなのだ。本稿では、そんな黒部峡谷鉄道の魅力を紹介しよう。

 

かなり小さめ! まずは車両の大きさを比べてみよう

黒部峡谷鉄道を走る客車や機関車はかなり小さめ。国内では希少なナローゲージと呼ばれる線路幅の狭い路線を走るためだ。さらに2両の電気機関車が客車を引っ張る重連スタイルで運転されている。

↑JR山手線を走るE231系と比べるとこのとおり。線路幅やトンネルの大きさに合せて小さく造られていることがわかる
↑JR山手線を走るE231系と比べるとこのとおり。線路幅やトンネルの大きさに合せて小さく造られていることがわかる

 

黒部峡谷鉄道が走るのは宇奈月駅(富山地方鉄道宇奈月温泉駅に隣接)と欅平(けやきだいら)駅間で、標高差は375m、最大勾配は50‰、駅の数は10。そのうち乗客が乗降可能な駅は、起終点を含め4駅のみとなっている。残り6駅は列車のすれ違い用、また貨物列車専用の駅であり、発電所やダムで働く作業員が乗降する専用駅としても使われる。

 

黒部川の電源開発の歴史は古い。1923(大正12)年に電源開発用の専用鉄道造りが着手され、難工事のすえ、1937(昭和12)年に欅平までの路線が造られた。長年、日本電力(後に日本発送電となる)の専用鉄道だったが、太平洋戦争後に関西電力に発送電設備や鉄道路線が譲渡される。あおそして、1971(昭和46)年には黒部峡谷鉄道が設立され、旅客営業が始められた。

 

線路敷設にあたって、建設コストを抑えるために線路幅が狭いナローゲージが採用。かつて軽便鉄道(けいべんてつどう)として全国を走ったナローゲージの線路幅だ。ちなみに、国内を走るナローゲージの路線は黒部峡谷鉄道を含め3路線のみ。いまや貴重な路線ともいえるだろう。

 

スリリングさと景色を楽しむならば普通客車がおすすめ

列車は2両の電気機関車が客車13両を引いて走る。列車により構成は異なるが、窓のない素通しの普通客車7両+密閉客車6両の組み合わせが多い。客車は小さく天井は低めで、体をかがめて乗り込むことが必要になる。

↑窓がない素通し、ベンチシートが並ぶ1000形普通客車。外の冷気が直接車内に入り込む
↑窓がない素通し、ベンチシートが並ぶ1000形普通客車。外の冷気が直接車内に入り込む

 

夏は開放感満点の普通客車を利用したい。平均時速15kmと数字を見る限りスピードは控えめだが、カーブではきしみ音を立てながら、左右に振られつつ走る。なかなかスリリングだ。トンネルに入れば冷たい空気でひんやり、橋梁の上では峡谷を見下ろしてひんやり。夏場などの暑い季節には、普通客車がうってつけなのだ。

↑密閉型の客車は3タイプ走る。写真は3100形リラックス客車。気温が低い時期は密閉形客車の選択が賢明だ。普通車以外は運賃に加え車両券(片道370〜530円)が必要となる
↑密閉型の客車は3タイプ走っているが(写真は3100形リラックス客車)、気温が低い時期は密閉形客車の選択が賢明。なお、普通車以外は運賃に加え車両券(片道370〜530円)が必要となる

 

宇奈月駅〜欅平駅間は1時間15分〜20分ほど。移り変わる山景色と、地元出身の俳優・室井 滋さんの軽妙な車内案内を楽しんでいるうちに、あっという間に時間は過ぎて行く。

↑終点の欅平駅すぐ近くの奥鐘橋(おくがねばし)。駅近くには足湯や猿飛峡などの見どころも多い
↑終点の欅平駅すぐ近くの奥鐘橋(おくがねばし)。駅近くには足湯や猿飛峡などの見どころも多い

 

帰りは沿線の不思議な構造物や機関車に注目してみよう!

現在、終点の欅平駅から先は一般の人たちの通り抜けができない(欅平駅から先で黒部峡谷パノラマ展望ツアーを実施=事前予約が必要)。そのため、欅平駅から宇奈月駅間は同じルートを戻ることになる。復路はぜひ、景色だけでなく山岳鉄道特有の構造物や、ダムや発電所、すれ違う機関車などに注目して戻りたい。

 ↑出平駅に置かれた大型機器を運ぶ貨車・大型車。後ろには冬期歩道が設けられている
↑出平駅に置かれた大型機器を運ぶ貨車・大型車。後ろには冬期歩道が設けられている

 

構造物で注目したいのは冬期歩道で、途中の出平駅(だしだいらえき)でその様子を目の当たりにすることも可能だ。駅の横にコンクリートで造られた半円状の構造物が連なり、このなかは冬期用の歩道になっている。黒部峡谷鉄道の沿線は地形が険しいため、道路はない。とはいえ、列車が走らない冬期でもダムや発電所の点検整備は必要で、作業員はこの冬期歩道を通って目的地へ歩いて向かう。険しい黒部峡谷ならではの構造物といえるだろう。

↑途中の黒薙駅の構内からちょっと気になる引込線がトンネルの先へ延びている
↑途中の黒薙駅の構内からちょっと気になる引込線がトンネルの先へ延びている

 

鉄道好きにとって、気になるのは黒薙駅(くろなぎえき)の構内からトンネルの奥へ向け延びる引込線。架線のある“本格的”な引込線だ。ここは黒薙支線という名の関西電力の専用線で、黒薙第二発電所まで線路が奥深く続く。発電所の補修管理用の路線のため、一般乗客は立ち入り禁止だが、この先がどうなっているのか興味深い引込線である。また、黒薙駅は秘湯で知られる黒薙温泉の最寄り駅でもあるのも見逃せない。駅に降りる機会があれば、ぜひ目を向けてみたい。

↑貨物列車を引くEDV型機関車。黒部峡谷鉄道初のインバータ制御方式を採用した
↑貨物列車を引くEDV型機関車。黒部峡谷鉄道初のインバータ制御方式を採用した

 

さらに黒部峡谷鉄道で注目したいのは、バリエーション豊富な電気機関車と、貨物列車の運行風景。黒部峡谷鉄道は観光鉄道だが、実は貨物輸送の比率も高い。それは車両数を対比してもわかる。

 

客車は135両。対して貨車は156両(2016年12月17日現在)。沿線の各駅には一般利用者向けの時刻表のほかに、「工事関係者専用列車時刻表」が掲げられている。これは、貨物および関西電力の工事関係者用専用列車の時刻表だ。貨物列車は平日・休日にかかわらず日に7往復している(夏休み期間中の旅客列車は18往復)。

↑EHR型機関車は、全国の私鉄で唯一の2車体連結構造を持つ機関車。黒部峡谷鉄道にも1編成しかない貴重な車両だ
↑EHR型機関車は、全国の私鉄で唯一の2車体連結構造を持つ機関車。黒部峡谷鉄道にも1編成しかない貴重な車両だ
↑凸型構造のEDS型機関車も1両のみ在籍。重機などの資材を載せた貨車を引いて走る
↑凸型構造のEDS型機関車も1両のみ在籍。重機などの資材を載せた貨車を引いて走る

 

前述したように沿線には貨物を運搬するための道路がない。そのため、発電所やダムの維持には鉄道に頼る以外に方法はなく、作業員の生活物資も100%鉄道に依存。貨物列車も資材を運ぶ貨車と作業員を乗せた客車が連結する、ひと昔前の“混合列車”というスタイルで走っている。

 

不思議な貨車発見! 「峡谷美人」って何だ?

貨車も平たい荷台を持つ無蓋車や屋根付きの有蓋車、大型重機を運ぶ大物車など、バラエティに富む。そして、沿線で必ず目に付くのは「峡谷美人」と書かれた貨物。薄緑色の小型コンテナで無蓋車の上に乗せて運ばれている。

↑「峡谷美人」と名付けられたゴミ運搬用のコンテナ貨物。ト形貨車に載せられて運ばれる
↑「峡谷美人」と名付けられたゴミ運搬用のコンテナ貨物。ト形貨車に載せられて運ばれる

 

この峡谷美人、実はゴミを運ぶ専用コンテナ。沿線は国立公園内のためゴミなどの焼却処理ができないため、沿線で生まれたゴミ類はすべてこの峡谷美人で運ばれる。峡谷の美しさを保つための縁の下の力持ちというわけだ。

 

絶景車窓が続く黒部峡谷鉄道は、全線で雄大な峡谷風景が楽しめる。その一方で色々な形の貨物列車がすれ違うなど、観光だけでなくダムや発電所の管理、峡谷の美化にも役立っている。観光鉄道という表の顔だけでなく、裏の顔を見いだす鉄道旅もおもしろいかもしれない。

↑始発前のパトロールや夜間の点検作業に使われる保線車。裏方役の車両も貨物列車で運ばれている
↑始発前のパトロールや夜間の点検作業に使われる保線車。裏方役の車両も貨物列車で運ばれている
↑宇奈月駅にあるガントリークレーン。ナローゲージ鉄道ながら、本格的な重機が導入されている
↑宇奈月駅にあるガントリークレーン。ナローゲージ鉄道ながら、本格的な重機が導入されている