本・書籍
2018/4/5 16:30

『My Room 天井から覗く世界のリアル』――ベッドルームを上から覗くと見えてくるものとは?

私が初めての本を出版したのは1989年、神戸に住んで4年がたった頃でした。周囲の方は口を揃えて、「一人前の作家になりたいのなら、東京へ転居した方がいい」と、勧めました。

出版社は東京に集中しているから、打ち合わせなどのことを考えると、大作家はともかく、新人作家は東京で暮らさなくてはというのです。「はぁ」と、答えつつも、私はずっと神戸に住み続けました。夫の勤め先が関西だったので、引っ越すことはできませんでしたし、神戸の暮らしに満足していたのです。

 

 

人は何を選ぶことができるのか?

東京に移っていたら、一人前になることができたのだろうかと考えてはみましたが、結局、「ま、考えても仕方がない」というのが結論です。どこで生まれ、どこで育ち、どこで暮らすか? それは自分で選ぶというより、何かの力でそこに置かれるという気がしてなりません。人が自分で選べることは、そう多くはないのです。
 

雷雨の夜に誕生した出版社

My Room 天井から覗く世界のリアル』(ジョン・サックレー・著)は、ライツ社という出版社から出ています。兵庫県明石市に2016年の9月7日に設立されたばかりのまだ小さな会社です。今、このタイミングで、東京ではない土地で新しく会社を始めるのは大変な勇気を必要としたでしょう。

 

ライツ社のパンフレットにも、代表の挨拶として「この時代に出版社をつくるということは、雷雨の中を歩き出すようなものだとはわかってはいます」とあります。会社設立の夜、明石は雷雨に見舞われたのだそうです。確かになんだか象徴的です。

 

 

世界55カ国の1200人のベッドルーム、覗いてみたいでしょう?

私はふとした偶然でこの本を知り、手に取り、ページをめくりながら、まさに「雷に打たれた」ようになりました。世界55カ国、1200人のベッドルームを天井から撮すというアイディアも斬新ですし、何よりも驚くほど豊かな色彩に心を打たれました。世界はこんなにも激しく、切ない色に満ちていると、気づいていなかったのです。

 

著者はジョン・サックレーという名のフランス人です。著者というより、「My Room」プロジェクトの発起人であり、世界中を旅する人であり、勇気あるカメラマンだと言った方がいいでしょう。

 

多くの国を訪ね、様々な問題を抱えた人々の部屋に招き入れられるまで粘り、信用を得た後、天井にカメラを据え、撮影して、身の上話を聞くという一大プロジェクトをやってのけたのですから。

様々な登場人物

ジョンはある朝、眼を覚まし、このプロジェクトを思いついたといいます。彼はそれを単なる思いつきに終わらせず、6年もの間、ひたすら撮り続けました。登場人物は、自分の部屋で天井を見上げているということを除けば、国も置かれている立場も様々です。

 

フランス人の数学教師、不法占拠した部屋にいるドイツ人、イヌイットの末裔がいるかと思えば、家で友人同士が殺し合ったというアメリカ人もいます。刑務所の一室で微笑む美女もいますし、トランスジェンダー故に苦しみ抜いたヒトもいます。

 

日本でも撮影が行われました。ロリータファッションを楽しむために東京へ出てきたという女の子の部屋は、柔らかなピンク色で満ちていますし、夢を追う若者として登場する青年は、畳の上であぐらをかいています。

 

多様さの中で

世界にはこれほどたくさんの人がそれそれの事情を抱えて生きているものなのかと、私は息をのみました。どこで生まれて、どこで育つか、それは自分では決められないものでしょう。

 

戦争に巻き込まれるのも、親が決めたフィアンセと結婚するのも、勉学に励むのも、大地を耕し続けるのも、ただそこに居合わせたから起こることだと思います。人生はこれほどまでに多様ですが、自分の部屋の天井を見上げるとき、それぞれの顔はどこか似通っています。

 

肌の色や、職業や、使う言語も違うというのに、不思議です。それがなぜか考えることが、このプロジェクトの目的なのかもしれません。

 

 

旅は続くのか

「My Room」プロジェクトは、フランスで始まり、南アフリカで終わっています。次に続くのはどこなのでしょう? 著者は明らかにしていません。私は本を閉じたあと、ぼんやりと天井を見上げました。

 

もし、そこにカメラがあったなら、私はどんな顔をしているのでしょう? もし、自分が撮影されることになったら、周囲に何を置くのだろうとも思いました。

 

きっとごちゃごちゃと私物を並べることになるでしょう。祖父にもらったお守りの小さな人形は必須です。そんなことを考えているとき、このプロジェクトは思わぬところから自分を見る自画像なのだと気づきました。

 

できることなら、ライツ社の天井にカメラをぶら下げたいなとも、こっそり思いました。雷の夜に始まった会社のメンバーは、やはり私たちと同じように、無防備な自分をさらすのでしょうか?

 

同じアングルだからこそ写し出される違う世界、あなたはそこに自分の知らなかった自分を見ることになるでしょう。それはとても意義深い体験です。

 

 

【書籍紹介】

My Room 天井から覗く世界のリアル

著者:ジョン・サックレー
発行:ライツ社

フランス、スイスなど世界各国で続々出版。「ナショナルジオグラフィック・ポーランド」が絶賛し、いま、全世界で話題沸騰のドキュメンタリー写真集がついに日本上陸! 世界55ヵ国1,200人のベッドルームを天井から写した、壮大な写真集。格差、矛盾、夢、歴史…ある若きフランス人が6年かけて世界を旅し、世界の「違い」を「同じアングル」であぶりだした渾身のドキュメンタリー作品。

Amazonストアで詳しく見る
楽天ブックスで詳しく見る