本・書籍
2018/5/24 6:15

【今日の1冊】猪瀬直樹と蜷川有紀の婚約パーティで考えた人生後半の生き方——『ここから始まる 人生100年時代の男と女』

5月16日、渋谷にあるBunkamura Galleryで、作家の猪瀬直樹と女優で画家の蜷川有紀の婚約パーティが行われた。出席者600人を越える盛大なものだったが、会場は華やかな雰囲気に包まれていた。

 

パーティの目的は婚約を発表することだけではなかった。招待状には「YUKI NINAGAWA 画家デビュー十周年記念&猪瀬直樹×蜷川有紀 婚約出版パーティー」とあるように、二人は婚約発表を記念して『ここから始まる 人生100年時代の男と女』(集英社・刊)を上梓したのだ。

 

 

 

いくつになっても恋はできる、しかし…

『ここから始まる 人生100年時代の男と女』は、一見したところは、マスコミにも頻繁に登場する華やかな二人が恋に落ち、一緒に暮らすまでの経緯を綴ったラブラブ本のように感じられる。熟年カップルのおのろけ本だと思った方もいるだろう。

 

医学の進歩によって、私たちは人生100年時代を迎えた。それはそれで喜ばなければいけないのだろうが、老年の生き方について考える日々を過ごすことになったともいえる。

 

何もかもが初体験だからだ。定年後の生き方を模索するして悩む人は多いし、老後に経済的な不安を感じ鬱状態に陥っている夫婦もいる。

 

そんな不安を抱える私たちにとって、帯にある「カップルは、128歳。実体験に基づく、人生100年時代の愉しみ方」は、希望を与えてくれるものだ。

 

しかし、である…。いくつになっても恋はできるし、楽しいことばかりの薔薇色の日々が待っているかというと、そうではない。そんなはずはないというのが私の心からの感想である。

 

順風満帆な人生など、どこにもない

華やかに見える二人の人生も、いつも順風満帆で来たわけではない。猪瀬は作家として一本立ちするまで長い潜伏の時を過ごさなくてはならなかった。

 

作家としてその才能を開花させた後、政治の世界に飛び込んだが結局は都知事を辞任するという苦渋の選択をすることとなった。

 

そして何より、東京オリンピック誘致のため忙しい日々を過ごし、ようやく誘致に成功したとき、残酷な、あまりに残酷な現実と向き合うこととなった。不遇な時代を寄り添い、助けてくれた妻が、脳腫瘍のため亡くなったのだ。

これからと言うときに…。最愛の妻を思い、呆然とする日々…。

 

 

絵が描きたくて、女優を休業したものの

蜷川も女優として数々の優れた作品に出演しながらも、画家になりたいという夢をかなえるために女優業を休業している。その時のことについて、彼女は書く。

 

女優業をお休みしたのも、どうしても自分自身のメッセージを自分の方法で表現したかったからだ。ずっとずっとそれだけを願って生きてきた。強い気持ちを持たなければ

(『ここから始まる 人生100年時代の男と女』より抜粋)

 

蜷川は苦しんでいたのだ。絵を描くことに没頭しながらも、表現することへの快楽と同時に苦痛も感じていたはずだ。孤独を感じて震えるほどこわかったに違いない。

 

いったいこれからどうなるの? 私はどこを目指したらいいの?

 

彼女の叫びが聞こえてきそうだ。そこに現れたのが、猪瀬直樹だった。

幸福な偶然

共通の知り合いを通して出会った二人は、すぐに意気投合し、互いをパートナーと考えるようになる。その経緯は『ここから始まる 人生100年時代の男と女』にも記されているが、猪瀬は亡き妻と蜷川が誕生日と血液型が同じという偶然を「運命だと思う」ととらえた。

 

そして「あなたを理解できるのは、僕しかいません。なぜなら僕は、作家で評伝を書いている人間です」と、静かに告げたという。自信家だという猪瀬らしい言葉だ。

 

 

猪瀬直樹事務所は本でできた塔

私は蜷川が2010年に2回目の個展をしたときからの知り合いだ。彼女の作品は華やかで、妖艶で、悲しく、そして、危うい。描いた本人そのものだと私は思う。

 

婚約パーティの前々日、猪瀬事務所にお邪魔して猪瀬直樹に初めて会うことができた。そして、驚いた。私は彼を騒がしい方だと勝手に思い込んでいた。しかし、その日書庫を隅々まで案内してくれた彼は、穏やかで、静かな湖のような人だった。海のように波が打ち寄せるでもなく、川のように流れてもいない。鏡のように動かない静かな湖面を見ているような接し方…。

 

案内された書庫にもびっくり仰天した。3階まで吹き抜けになっている空間を埋め尽くす本、本、そして、膨大な資料の数々。ビルそのものが書棚になっているような作りだが、それでも場所が足りずに毛細血管のように横へ横へと広がる本、本、本。

 

書棚の一番上から下にいる私たちをのぞき込みながら彼は言った。「10メートルあるんです。飛び込み台と同じ高さですよ」と。

 

私の隣にいた蜷川が彼を見上げて笑うと、その時、初めて彼も首をかしげてにっこりした。なんともいえない恥ずかしげな表情だった。

 

静かな湖面にさざ波が立ったようで、私はどうしていいかわからず、上に向かって元気よく手を振った。

 

 

ここから始まり、どこへいくのか

『ここから始まる 人生100年時代の男と女』のあとがきで猪瀬はこんな言葉を綴っている。

 

人生一〇〇年時代、誰もが長い旅の途中にいる。(中略)
しかしそこでの人との運命的な出会いが互いに道案内と成り得ること、ではないだろうか

(『ここから始まる 人生100年時代の男と女』より抜粋)

 

 

運命的な出会いの後、これから何が起こるのか。二人はどこを目指すのか。私にはわからない。けれども、二人が表現者として生きるため、懸命の努力をすることはわかる。

 

今回の婚約は、結婚の約束というより、「二人で一緒に意見をぶつけ合い、良い仕事をしましょう」と、指切りげんまんしているように、私には思えてならない。

 

人生は長い。答えが出るまで、もう少し時間が必要だろう。それこそが、人生一〇〇年時代の醍醐味である。

 

 

【書籍紹介】

ここから始まる 人生100年時代の男と女

著者:蜷川有紀、猪瀬直樹
発行:集英社

作家・猪瀬直樹と、画家・女優の蜷川有紀。男と女の最初の出会いから恋が深まっていく日々を、第一部「春よ、来い。」では、猪瀬直樹がふたりの対談形式で物語のように綴っていく。第二部「薔薇日和」では、蜷川有紀が自らの美しい挿画も多数加えつつ、日記形式のエッセイで鮮やかに描き出した二部構成。人生100年と言われる時代にあって、いつまでも好奇心やチャレンジ精神を失わずに人生を楽しむことの喜びや大切さを伝えてくれる一冊。

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