本・書籍
2019/12/31 21:00

『SPY×FAMILY 』から『硫黄島-国策に翻弄された130年 』まで――年1000冊の読書量を誇る作家が薦める「正月休みに読んでほしい10冊」

6.昭和天皇の家族の「物語」

家族、といえばこちらも。『昭和天皇物語』(能條純一・著、半藤 一利・原著、永福一成・監修/小学館・刊)である。

 

本書は名前の通り、昭和天皇の波乱の人生を幼少期から書き起こし、2019年12月現在では摂政宮就任近辺までを描き出している。昭和天皇の一代記としては前半、それも端緒に入ったばかりという印象だが、日本の外の景色に際したことで国際感覚を身に着け、超然とした現人神ではなく、民衆と共にありたいと願う若き立憲君主国の皇太子の姿が活写されている。

 

さて、本書は政争にもかなり筆を割いているが、実は天皇家の家族関係にもかなり深く切り込んでいるように見受けられる。国家元首にして病に伏せる父(大正天皇)、その夫を支える気丈にして気性の強い母(貞明皇后)、時々しか会えず気脈を通じ切ることのできない弟たち、さらに、良子(のちの香淳皇后)。そういった家族との関係性の変化が丁寧に描かれている。もちろんすべてを史実と受け取るべきではない(何せ“物語”なのである)が、「さもありなん」と思わせる迫力に満ちた作品である。

 

 

7.「異世界もの」のメタ作品は「小説を書く」ことの本質をあぶりだす

2019年の家族ものならこちらも外せまい。『異世界誕生 2006』(伊藤ヒロ・著/講談社・刊)である。

 

ファンタジー小説の設定だけ残して死んだ息子の死を悲しむ母親が、我が子可愛さにその設定を基に息子が異世界転生して今も生きているという小説をたどたどしく書くという、現在も流行している異世界転生ものを逆手に取ったメタ作品なのだが、本書はメタのワンアイデアだけで終わっている作品ではない。息子タカシの死を悼むあまりに心が壊れてゆく母フミエ、そして家族が壊れていく姿に絶望するタカシの妹チカ、最初はこの二人の関係性が描かれるのだが、実はこれには重大な秘密が隠されていて……ネタバレはこれくらいにしよう。

 

もちろん今わたしが伏せた部分での魅力ももちろんだが、小説を書くという行ないの本質を描き切ったということにこそ、本書の美点があるように思う。“小説を書く”という行為はプロの専売特許でなくなった。現代、星の数ほどいる、物を書くすべての人々の心に響く一作であると言えよう。なお、続編もある(『異世界誕生2007』)が、本作が響いたのなら絶対に買いである。

 

8.日本史における「識字」をテーマにした一冊

書く、というキーワードが出た。ならばこちら。『歴史総合パートナーズ 3  読み書きは人の生き方をどう変えた?』(川村肇・著/ 清水書院・刊)である。本シリーズは総合学習の副教材として設計されているので、子ども向けに平易なつくりとなっているが、それゆえに非常にわかりやすく、論点も整理されている。何を隠そうわたしは本シリーズの隠れたファンである。

 

今回ご紹介する本書は、日本史における「識字」をテーマにした一冊である。よく、物の本などに「江戸時代の日本の識字率は世界でもナンバーワンだった!」という話が記載されているが、本書はその内実について現在分かっていることを一つ一つ説明してくれている。普段歴史に慣れ親しんでいるわたしでも初耳であったり目から鱗が落ちたりする議論が紹介されていたり、そもそも江戸期の識字率調査なんてどうやるんだ? という疑問にも応えてくれている。

 

「江戸時代の日本の識字率は世界一」という認識でいても日常生活に困ることはない。だが、その内実を子細に知ることで見えてくることもある。きっとそれが「心の豊かさ」の正体なのだろうとわたしは思う次第である。

 

 

9.戦争に翻弄された知られざる硫黄島の歴史とは?

お次も歴史から。『硫黄島-国策に翻弄された130年 』(石原 俊・著/中央公論新社・刊)である。

 

硫黄島といえば先の戦争における国内有数の激戦地であり、地形が変わるほどの爆撃が行われた戦場となったことをご存じの方も多いだろう。あるいは、クリントイーストウッド監督作品『父親たちの星条旗』『硫黄島の手紙』、いわゆる硫黄島プロジェクト作品でご存じの方も多いだろう。

 

だが、皆さんはご存じだろうか。この島にはかつて生活があり、先の戦争によってその生活がめちゃくちゃにされ、そこに暮らしていた島民たちの帰島が今もなお許されていないという事実を。詳しくは本書に譲りたい。だが、かつて硫黄島には曲がりなりにも社会・コミュニティが存在していたのに、軍略上の必要から、ある島民は軍属として駆り出され、またある島民は強制的に島から立ち退かされた。そして戦後は島全域が基地として利用され、上陸困難な地となってしまっているのである。

 

本書は硫黄島の個別事例であると同時に、国家―コミュニティ間の利益相反という普遍的なテーマをも内包している。もちろん硫黄島の知られざる現状を知るための一冊として読んでいただいてもよいだろう。だが、本書はそれに留まらない奥行きを有している。

 

 

10.作者の底意地の悪さに翻弄される一冊

最後は小説から。『愛と追憶の泥濘』(坂井希久子・著/幻冬舎・刊)である。

 

27歳の結婚したい保健医・莉歩が理想的な彼氏である宮田と結婚するところまで漕ぎつけたところから始まる本書、大変底意地の悪い一冊である(誉めてます)。それは、主人公である莉歩の描かれ方の変化にも現れている。最初は好ましい女性として描かれている莉歩だが、やがて読み進めるうちに「ん?」と違和感が積み重なっていき、最後には……。この人物造形、そして読者の側に現れる莉歩への好感度の変化は、手練れの作者ならではの計算の産物である。

 

そして、そんな厄介なつくりの小説になっているのだから、当然ラストも一筋縄ではいかない。莉歩を待ち受けるラストシーンは、莉歩だからこそ至ってしまった地獄(あるいは望んだ景色)なのであるが、作者は莉歩と読者の間に薄皮一枚程度の違いしか与えてくれない。いや、それどころか、莉歩とわたしたちの間には何の違いもないのかもしれない。わたしたちが生きている世界のルール、そしてそこから導き出される幸せの形を、受け止めてみていただきたい。

 

 

と、今年の選書に漏れながらもお勧めしたかった本を十冊取り上げた。のだがッ!

 

実は今、「ああ、あの本も紹介してない」「そういえばあの本も」と、様々な本の書影が頭の上を掠めている。今、世には興味深い本、面白い本、考えさせられる本、つまりはいい本で溢れている。だから本読みは止められないのである。

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作は「桔梗の旗」(潮出版社)。

明智光秀の息子、十五郎(光慶)と女婿・左馬助(秀満)から見た、知られざる光秀の大義とは。明智家二代の父子の物語。

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