本・書籍
2019/12/31 21:00

『SPY×FAMILY 』から『硫黄島-国策に翻弄された130年 』まで――年1000冊の読書量を誇る作家が薦める「正月休みに読んでほしい10冊」

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回は年末ということで「谷津矢車が2019年中にどうしても紹介しておきたい10冊」です。

 

小説、漫画、ノンフィクション……正月休みに読みたい本が必ずあるはずです!

 

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思いっきり楽屋裏の話となってしまって恐縮だが、この選書連載は担当編集者氏から大まかなテーマ(例えば「政治をテーマにして選書とかどうですか」みたいな感じで)を提示してもらい、それに合わせて本を紹介する流れになっている。いや、その形態に文句があるわけではないのだが、一つ、微妙なフラストレーションがある。

 

めちゃくちゃ紹介したいのだけど、毎回のテーマにこじつけることができない! 結構そんな本があるのである。そんな最中、わたしから担当編集者さんにこんな提案をぶつけてみた。

 

「次の選書は年末ですし、ベスト的な企画でどうですか」

 

年間ベスト。この縛りは、ある意味であってなきがごときようなものである。「年間ベスト」の後ろに言葉を足してゆくだけで、いくらでも骨抜きにできるのだから……。というわけで、今回は「2019年に谷津が読んだ本で、選書のテーマにこじつけることができず紹介できなかった本10選」である。

 

 

1.広がっていく森のように豊饒な思索をもたらす一冊

まずご紹介したいのが、『森があふれる』(彩瀬まる・著/河出書房新社・刊)である。

 

作家である夫に小説のネタにされ続けた妻がある日植物の種を食べることで体から植物が発芽し、最終的に家の中に森を形成するに至る……と、あらすじにしても奇怪さが際立つ本作は、著者の作り上げた作品世界に耽溺した後、本を閉じた瞬間から思索が一気に広がっていく感覚を味わうことができる。

 

本書はそもそもシュールレアリズム作品であり、作中で起こっている物事が何のたとえ話なのかを読み解くよう読者に迫るつくりになっている。しかし、たとえ話を読み解いたのちにも、この本は思索の迷宮から読者を容易に逃がしてくれないのである。

 

もしかしたら本書から男女関係の不均衡を見出された方もいらっしゃるだろう。あるいは、「言葉」という誰でも操れるようでいて実は相当難しい能力を持つ者と持たざる者の物語として読まれた方もいらっしゃるだろう。はたまた、全く違う読み解き方をした人も必ずいるはずだ。しかし、本書は現実に根を張っている。だからこそ、ひたひたと広がっていく森のように豊饒な思索をもたらす一冊となっているのである。

 

 

2.「もし、あの場にわたしがいたら」――人間の極限を描くミステリ

二冊目も小説から。『スワン』(呉勝浩・著/KADOKAWA・刊)である。

 

ショッピングモール「スワン」で起こった銃器テロ事件の後、この事件に巻き込まれて死んだある人物の不可解な行動の理由を知りたいと考えたある遺族が、事件の被害者たちを集めて“お茶会”を開くところから始まるこのミステリー作品は、もちろん作品世界に耽溺している時には張り巡らされた謎にぐいぐい引っ張られてゆく。だが、すべての謎が明かされ、本を閉じた時、やはり思索が広がるのである。

 

それは、本書が人間の極限を描いているからであろう。

 

本書で語られるテロ事件は途轍もなく凄惨で、戦場と見まごうばかりの光景が容赦なく描かれる。そこに美談はない。死の危険に際し、生々しい本性を露わにする人々の姿が時に淡々と、時に容赦なく描かれてゆく。その世界を眺めた読者は、本と閉じた後に必ずやこう考えるはずだ。

 

「もし、あの場にわたしがいたら」と。

 

本書で描かれるテロ事件被害者たちの行動は、非常に納得がゆくものだ。同じ状況に置かれたら、きっと自分も同じことをしてしまう、そんな性質のものである。だからこそ、本を読み終えた読者は、著者の作り上げた架空のショッピングモール・スワンの中を彷徨い続けることになるのだ。

 

3.公衆衛生の名のもとに抹殺された一人の女性の物語

次にご紹介するのは『病魔という悪の物語 チフスのメアリー』(金森 修・著/筑摩書房・刊)である。

 

皆さんは、「チフスのメアリー」をご存じだろうか。二十世紀初頭、アメリカに実在した腸チフスの健康保菌者で、それを理由に社会から隔離された人生を送った女性だった。まだ当時は健康保菌者という概念も広く知られておらず、腸チフスが猛威を振るっていた時代であったがゆえに、公衆衛生の名のもとに自由を奪われてしまった。そんな女性の生涯を追った本である。

 

本書は公衆衛生の負の面を指摘した本でもあり、煽情的に物事を報じる報道の在り方について一石を投じる本でもあり、後に毒婦のイメージと共に語られるようになった「チフスのメアリー」の史実を浮かび上がらせるという作業から、人を類型的に捉えて理解しようとする我々の性向までちくりと刺してくる本でもある。青少年向け書籍であるがテーマは骨太で、大人が読んでも考えさせられるところが多いだろう。ただ、惜しむらくは本書は今、かなり手に入れづらい状況であるということだろうか(実は、紹介をためらったのはこれも理由であったりする)。

 

 

4.「独立の英雄」か?「最悪の独裁者」か?

次にご紹介するのは新書から。『堕ちた英雄 「独裁者」ムガベの37年』(石原 孝・著/集英社・刊)である。

 

皆さんはジンバブエをご存じだろうか。もしご存じない方でも、自国通貨がとんでもない桁までインフレを起こしている国、といえば、ああ、と手を打つ方もいらっしゃるかもしれない。そして、そこまで思い浮かんだ方であれば、同国の“独裁者”と称されたムガベ大統領の顔まで思い浮かぶ方もあるだろう。本書はジンバブエを独立に導いた英雄でありながら、一方で西側世界から“最悪の独裁者”と評された二面性著しい指導者を素描した一冊である。

 

それにしても――。本書を通じて理解できるのは、一人の権力者を評する難しさであろう。ムガベ大統領という人物は、確かに権力をほしいままにし、飢える国民をよそに蓄財、散財に走った人物である。だが一方で、西洋列強の敷いていた帝国主義を打ち破り、新たな国家を作り上げた点では西側諸国でも受けのいい指導者、ネルソン・マンデラとも一致している。では、ムガベとマンデラは何が違ったのか――。そして、ムガベに“独裁者”というレッテルを張るだけでよいのだろうか――。本書の問いは非常に深い。

 

 

5.スパイ×殺し屋×エスパー――疑似家族のハチャメチャコメディ

お次は漫画から。『SPY×FAMILY 』(遠藤達哉・著/集英社・刊) だ。

 

凄腕のスパイである主人公が上からの命令である小学校に保護者として潜入することになり、急ごしらえに家族を作ることになったのだが、なんと養子に取った娘はエスパー、ひょんなことから妻になった女は女殺し屋だった……という、ハチャメチャな一家を描いたコメディ作品である。正直人気作であるし、これからさらに飛躍する作品であろうから今更紹介するまでもないのだが、未読の方がおられたら是非読んでいただきたい。

 

最初は三人が三人ともかりそめの関係であることを了解し、その中で自分のために振る舞っているのだが、やがて三人それぞれに互いのことを想い始め、ぎくしゃくとではありながら家族としての絆を深めてゆく。その様をスパイと殺し屋とエスパーの視点で描かれているわけだから面白くないわけはない。今後も楽しみな一冊である。

6.昭和天皇の家族の「物語」

家族、といえばこちらも。『昭和天皇物語』(能條純一・著、半藤 一利・原著、永福一成・監修/小学館・刊)である。

 

本書は名前の通り、昭和天皇の波乱の人生を幼少期から書き起こし、2019年12月現在では摂政宮就任近辺までを描き出している。昭和天皇の一代記としては前半、それも端緒に入ったばかりという印象だが、日本の外の景色に際したことで国際感覚を身に着け、超然とした現人神ではなく、民衆と共にありたいと願う若き立憲君主国の皇太子の姿が活写されている。

 

さて、本書は政争にもかなり筆を割いているが、実は天皇家の家族関係にもかなり深く切り込んでいるように見受けられる。国家元首にして病に伏せる父(大正天皇)、その夫を支える気丈にして気性の強い母(貞明皇后)、時々しか会えず気脈を通じ切ることのできない弟たち、さらに、良子(のちの香淳皇后)。そういった家族との関係性の変化が丁寧に描かれている。もちろんすべてを史実と受け取るべきではない(何せ“物語”なのである)が、「さもありなん」と思わせる迫力に満ちた作品である。

 

 

7.「異世界もの」のメタ作品は「小説を書く」ことの本質をあぶりだす

2019年の家族ものならこちらも外せまい。『異世界誕生 2006』(伊藤ヒロ・著/講談社・刊)である。

 

ファンタジー小説の設定だけ残して死んだ息子の死を悲しむ母親が、我が子可愛さにその設定を基に息子が異世界転生して今も生きているという小説をたどたどしく書くという、現在も流行している異世界転生ものを逆手に取ったメタ作品なのだが、本書はメタのワンアイデアだけで終わっている作品ではない。息子タカシの死を悼むあまりに心が壊れてゆく母フミエ、そして家族が壊れていく姿に絶望するタカシの妹チカ、最初はこの二人の関係性が描かれるのだが、実はこれには重大な秘密が隠されていて……ネタバレはこれくらいにしよう。

 

もちろん今わたしが伏せた部分での魅力ももちろんだが、小説を書くという行ないの本質を描き切ったということにこそ、本書の美点があるように思う。“小説を書く”という行為はプロの専売特許でなくなった。現代、星の数ほどいる、物を書くすべての人々の心に響く一作であると言えよう。なお、続編もある(『異世界誕生2007』)が、本作が響いたのなら絶対に買いである。

 

8.日本史における「識字」をテーマにした一冊

書く、というキーワードが出た。ならばこちら。『歴史総合パートナーズ 3  読み書きは人の生き方をどう変えた?』(川村肇・著/ 清水書院・刊)である。本シリーズは総合学習の副教材として設計されているので、子ども向けに平易なつくりとなっているが、それゆえに非常にわかりやすく、論点も整理されている。何を隠そうわたしは本シリーズの隠れたファンである。

 

今回ご紹介する本書は、日本史における「識字」をテーマにした一冊である。よく、物の本などに「江戸時代の日本の識字率は世界でもナンバーワンだった!」という話が記載されているが、本書はその内実について現在分かっていることを一つ一つ説明してくれている。普段歴史に慣れ親しんでいるわたしでも初耳であったり目から鱗が落ちたりする議論が紹介されていたり、そもそも江戸期の識字率調査なんてどうやるんだ? という疑問にも応えてくれている。

 

「江戸時代の日本の識字率は世界一」という認識でいても日常生活に困ることはない。だが、その内実を子細に知ることで見えてくることもある。きっとそれが「心の豊かさ」の正体なのだろうとわたしは思う次第である。

 

 

9.戦争に翻弄された知られざる硫黄島の歴史とは?

お次も歴史から。『硫黄島-国策に翻弄された130年 』(石原 俊・著/中央公論新社・刊)である。

 

硫黄島といえば先の戦争における国内有数の激戦地であり、地形が変わるほどの爆撃が行われた戦場となったことをご存じの方も多いだろう。あるいは、クリントイーストウッド監督作品『父親たちの星条旗』『硫黄島の手紙』、いわゆる硫黄島プロジェクト作品でご存じの方も多いだろう。

 

だが、皆さんはご存じだろうか。この島にはかつて生活があり、先の戦争によってその生活がめちゃくちゃにされ、そこに暮らしていた島民たちの帰島が今もなお許されていないという事実を。詳しくは本書に譲りたい。だが、かつて硫黄島には曲がりなりにも社会・コミュニティが存在していたのに、軍略上の必要から、ある島民は軍属として駆り出され、またある島民は強制的に島から立ち退かされた。そして戦後は島全域が基地として利用され、上陸困難な地となってしまっているのである。

 

本書は硫黄島の個別事例であると同時に、国家―コミュニティ間の利益相反という普遍的なテーマをも内包している。もちろん硫黄島の知られざる現状を知るための一冊として読んでいただいてもよいだろう。だが、本書はそれに留まらない奥行きを有している。

 

 

10.作者の底意地の悪さに翻弄される一冊

最後は小説から。『愛と追憶の泥濘』(坂井希久子・著/幻冬舎・刊)である。

 

27歳の結婚したい保健医・莉歩が理想的な彼氏である宮田と結婚するところまで漕ぎつけたところから始まる本書、大変底意地の悪い一冊である(誉めてます)。それは、主人公である莉歩の描かれ方の変化にも現れている。最初は好ましい女性として描かれている莉歩だが、やがて読み進めるうちに「ん?」と違和感が積み重なっていき、最後には……。この人物造形、そして読者の側に現れる莉歩への好感度の変化は、手練れの作者ならではの計算の産物である。

 

そして、そんな厄介なつくりの小説になっているのだから、当然ラストも一筋縄ではいかない。莉歩を待ち受けるラストシーンは、莉歩だからこそ至ってしまった地獄(あるいは望んだ景色)なのであるが、作者は莉歩と読者の間に薄皮一枚程度の違いしか与えてくれない。いや、それどころか、莉歩とわたしたちの間には何の違いもないのかもしれない。わたしたちが生きている世界のルール、そしてそこから導き出される幸せの形を、受け止めてみていただきたい。

 

 

と、今年の選書に漏れながらもお勧めしたかった本を十冊取り上げた。のだがッ!

 

実は今、「ああ、あの本も紹介してない」「そういえばあの本も」と、様々な本の書影が頭の上を掠めている。今、世には興味深い本、面白い本、考えさせられる本、つまりはいい本で溢れている。だから本読みは止められないのである。

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作は「桔梗の旗」(潮出版社)。

明智光秀の息子、十五郎(光慶)と女婿・左馬助(秀満)から見た、知られざる光秀の大義とは。明智家二代の父子の物語。