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2020/3/17 21:45

夏目漱石、川端康成、太宰治。文豪たちの「犬との距離感」が面白い!――『文豪たちが書いた「犬」の名作短編集』

「犬は人間の最高のパートナー」。一度でも犬を飼ったことがある人は誰もがそう思う。それは文豪たちにとっても同じだったようだ。『文豪たちが書いた「犬」の名作短編集』(彩図社文芸部・編/彩図社・刊)には14人の文豪が書いた犬にまつわるエッセイ、短編小説が収録されている。明治、大正、そして昭和のはじめの日本の犬たちの様子がありありと伝わってくるとともに、いつの時代も変わらない犬の忠誠心が胸を打つ。泣けて、笑えて、癒される一冊だ。

 

夏目漱石の愛犬「ヘクトー」

夏目漱石は『硝子戸の中』と題したエッセイで知人から子犬を貰った話を書いている。犬種は書かれていないが白い犬だったようだ。彼の子どもたちはとても喜び、生き物であるから名をつけてくれとせがまれ、命名するのだが、そこはさすが漱石。

 

私はとうとうヘクトーという偉い名を、この小供達の朋友に与えた。それはイリアッドに出てくるトロイ一の勇将の名前であった。(中略)私はこの偉大な名を、風呂敷包にして持ってきた小さい犬に与えたのである。何も知らない筈の宅の小供も、始めは変な名だなあと云っていた。然しじきに慣れた。

(『文豪たちが書いた「犬」の名作短編集』から引用)

 

ヘクトーは放し飼いで自由に飼われていたようで、夜遊び昼遊びで出歩いていた。だが、やがて漱石が病気をし、療養するようになるとヘクトーも元気をなくしていったようだ。ヘクトーは飼い主に死に様を見せることなく、一、二丁隔たった場所で死骸となって見つかったという。そして、漱石の書斎の硝子戸越しに見える裏庭に埋葬されることになった。

 

白木の小さい墓標を買って来さして、それへ「秋風の聞えぬ土に埋めてやりぬ」という一句を書いた。私はそれを家のものに渡して、ヘクトーの眠っている土の上に建てさせた。

(『文豪たちが書いた「犬」の名作短編集』から引用)

 

 

愛犬家・川端康成が愛した犬たち

川端康成が最初に飼った犬は、狆とテリヤとの雑種で名は黒牡丹といった。が、たいそうな犬好きだったようで飼い犬はどんどん増えていったと、『わが犬の記』というエッセイに書かれている。

 

私の家には今六頭の犬がいる。春にでもグレイハウンドとワイア・へアード・フォックス・テリアとが、都合よくお産をすれば、一時は十五六頭にも殖えるだろう。そのほかにもまだボルゾイ種は手に入れたい。

(『文豪たちが書いた「犬」の名作短編集』から引用)

 

この他にコリーもいたようで、川端家は犬屋敷であったことがうかがえる。

 

犬という動物は人間から愛されるために生き、人間を愛するために生きていると言ってもいいと記されている。また川端も犬たちを心から愛し、育てていたようだ。黒牡丹が亡くなったときにはペットロスに陥り、またコリーが盗まれる事件が起きたときには一か月ばかり仕事が手につかなかったとある。

 

雪の谷中の墓地を真夜中に歩きながら、子供を失った親心はこんなものであろうかと思った。犬の声がみんなうちの犬に似ているように聞え、その度に家を飛び出すのだが、寝静まった夜更けなぞは、十町も十五町も遠くで吠えるのが間近のことのように聞えるのであった。

(『文豪たちが書いた「犬」の名作短編集』から引用)

 

 

太宰治は犬が怖かった!

私は、犬に就いては自信がある。いつの日か、必ず喰いつかれるであろうという自信である。

(『文豪たちが書いた「犬」の名作短編集』から引用)

 

という衝撃的な一文ではじまるのが、太宰治の『畜犬談』だ。さらに「犬は猛獣である」「鋭い牙を見るがよい。ただものではない」などと書かれていて、ようするに太宰は犬が怖かったことがこのエッセイで伝わってくる。

 

にもかかわらず、太宰はある日ひょんなことから犬を飼うことになってしまう。散歩の帰り道に一匹の子犬がついて来てしまったのだ。怖いがゆえに追い払えず、とうとう家の玄関までついて来たその子犬は真っ黒で、ずいぶん小さい、胴の長さ五寸の感じだったそうだ。そうして、そのまま家で仕方なく飼うことになった。ポチと名付け、半年経ったものの、なお太宰は、一家のものとは思えない、しっくり行かない、不和であると記している。

 

が、そう感じていたのは飼い主だけで、ポチは忠実だったことがうかがえる。やがて皮膚病にかかってしまったポチを太宰はなんと毒殺しようと試みる。野犬とわざと喧嘩をさせ、勝った褒美に薬品を含ませた牛肉を与えてたのだ。振り向かずにその場を立ち去る太宰。しかし、一分も経たないうちに死ぬはずだったポチは、なんとケロリとして後を歩いてきたのだ。そして太宰が妻に語るこのエッセイのオチは最高だ。

 

「だめだよ。薬が効かないのだ。ゆるしてやろうよ。あいつには、罪は無かったんだぜ。芸術家は、もともと弱い者の味方だった筈なんだ。(中略)友達がもしポチの恰好を笑ったら、ぶん殴ってやる。」

(『文豪たちが書いた「犬」の名作短編集』から引用)

 

本書にはこの他に、林芙美子の『美しい犬』、芥川龍之介の『白』といった感動してしまう犬の短編小説をはじめ、宮本百合子、夢野久作、佐藤春夫、久生十蘭、豊島与志雄、正岡子規、田山花袋、小山清、小川未明の作品が収録されている。

 

文豪たちが描く犬たちはどの子もとても魅力的で生き生きとしている。そして、犬と暮らす喜びはいつの時代もかわらないことを私たちに教えてくれる。

 

【書籍紹介】

文豪たちが書いた「犬」の名作短編集

著者:彩図社文芸部
発行:彩図社

大好評の「文豪たちが書いた」シリーズ第5弾です! 夏目漱石、林芙美子、太宰治、宮本百合子、夢野久作、佐藤春夫、久生十蘭、正岡子規、芥川龍之介などの16作品を収録。

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