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2019/8/28 20:00

モダンベトナム料理の人気店「An Di」で味わう、ワインとの未知なるマリアージュ

「今夜は何が食べたい? フレンチ? イタリアン?」と、ふだん私たちが“食べたいもの”から店を決める、レストラン選びの思考回路を逆走するような店が、東京・外苑前にあります。料理のジャンルは“モダンベトナム料理”とでも言いましょうか、「An Di(アンディ)」という、オープン以来2年もの間、全営業日満席という人気レストランです。

 

それほどの人気店ですから、万人に愛される味を提供しているかと言えば、けっしてそうではありません。“モダンベトナム”と聞いても、具体的な料理のイメージは浮かばないし、店情報を事前に調べても、看板メニューは、茶葉を発酵した「ティーリーフサラダ」という想像もつかない一皿。「何が食べたい。」の逆、「何を食べさせてくれるのだろう?」で選ばれる店。料理のイメージも湧かない、味わいの想像もつかないこの独特な世界観を放つレストランへ、多くの食通が足を運ぶ理由を取材しました。

↑小ぢんまりとした店内の奥にはカウンター席が。何を食べさせてくれるんだろう?という期待をさらにあおる、調理の行く末を見守ることができる

 

自分らしいアウトプットの場所を求めて

An Diのオーナーは、銀座にあるフレンチレストランで長年シェフソムリエを務め、現在はワインコンサルタント、ワインテイスターとして世界を股にかけて活躍する大越基裕さん。

「ソムリエという職業は、飲食業においてとても重要な仕事ですが、ソムリエはワインを扱う仕事だけができれば良いわけではないと感じていました。レストラン業務のすべてを、サービスマンとしてバランスよく仕事ができる人材が求められている。そう思った時に、いちレストランのソムリエとしてではなく、少し引いた目線でこれまでの経験を活かせればと、6年前に独立しました」(大越さん)

↑一見大層なもののようでいて、その実、肩の力が抜けたペアリングの妙味を説くAn Diの大越さん。その視線は真剣だ

 

12年の現場経験を経て、たくさんのお客様から惜しまれつつ独立を果たした大越さんですが、当時は自身の店を持つため以外のソムリエの独立は大変珍しく、周囲から心配の声も上がったとか。海外には“ワインコンサルタント”や“セレクター”という職業のモデルがありましたが、日本ではまだ馴染みのない時代でした。

 

しかし、大越さんの豊富な現場経験とそこから生まれる的確なアドバイスを求める顧客は後を絶たず、順調にコンサルタントとしての経験も積み上げるなかで、なぜまたあらためて、いちレストランのオーナーになろうと思ったのでしょうか?

 

「もともとレストランをオープンしようなんて、これっぽっちも思っていなかったんです(笑) 海外にも頻繁に行き、世界のトレンドや最新情報をクライアントに向けてアウトプットするのが理想でした。ですがインプットの量が増えるにつれて、自分なりの世界観を表現する場所があっても良いかなと思い始めました」

 

“自分なりのアウトプットの場所”とはいえ、大越さんのレストランオープンまでのビジョンは明快でした。

 

「自分のパッションだけではビジネスになりません。表現するからには多くの人に知ってもらうことが目的。つまり、毎日満席になる店を作ろうと思いました。そう考えたらフレンチ、イタリアンのお店ではありません。それは、すでに名店が多すぎるから。また、自分たちのコンセプトをアウトプットするにはある程度許容のあるスタイルの料理ジャンルであること、さらにライト、ヘルシーなどの世界のトレンドを含んでいること、すべてを掛け合わせた結果、ベトナム料理にたどり着いたのです」

 

食とワインの、組み合わせの“妙”を表現

つまり、はじめからベトナム料理店オープンを目指して始動したわけではないということですね?

 

「そうですね(笑) しかも食材の90%以上が国産なので、よくこれはベトナムで食べられている料理なのですか?と聞かれるのですが、『いえ、もちろんベトナムから多くのインスピレーションは受けていますが、日本でしか作れない料理です』と答えるしかありません(笑)」

 

そんな私たちの想像もつかない料理をいくつか、大越さんおすすめのワインペアリングとともにご紹介いただきました。

↑シグネチャーディッシュの「ティーリーフサラダ」

 

最初の一皿は、シグネチャーディッシュ(看板メニュー)である「ティーリーフサラダ」。福岡の八女茶をAn Diで独自に発酵させた茶葉がメインのサラダです。

 

皿の中央に盛られたその発酵茶葉を囲むように、さまざまな食材が並べられていますが、その数なんと10種類以上。ココナッツ、フライドオニオン、胡麻、もち麦、トマト、パイナップル、桜エビ、甘納豆、きゅうり、ディル、タイバジル……。それらをすべて混ぜ合わせ、季節のソース(取材時は梅ソース)をかけて、全部一緒に口に入れて楽しんでください、というのがAn Diスタイル。これまで一度も体験したことのない風味が、口いっぱいに広がります。

 

そして、そこに合わせるワインは、フランス・サヴォワ地方の少し甘さのあるロゼスパークリングワイン。

↑アラン・ルナルダ・ファシュ「ビュジェ・セルドン 2018」
↑アラン・ルナルダ・ファシュ「ビュジェ・セルドン 2018」

 

これだけ多くの食材を凝縮した一皿に合わせるペアリングワインを、大越さんはどのようなプロセスで選ぶのでしょうか?

 

「食材とワインを、同時には口に入れませんよね? 料理とワインのペアリングを考えるときには『食材が口のなかからなくなった後、何が必要か?』という発想を大切にしています。また、例えば仔羊だからカベルネ、というように“素材”だけでワインを選ぶこともしません。皿の上の、すべての要素を口に含んだ後、どういった方向性へ持っていくべきかを考えます」

 

では、このティーリーフサラダになぜ甘さのあるロゼワインを選んだのか、その理由を尋ねました。

 

「まず、梅ソースに感じる淡いベリーの風味と、ガメイという品種のアロマの特徴は相性が良いんです。またこの料理は、茶葉にある少しの苦味、他の食材から旨味、酸味が感じられますが、甘さの要素の主張が控えめですので、最後に軽く残糖分を感じさせるワインを口に入れることによって、“五味のバランス”を整えるのです」

↑ソースは料理とワインをつなぐ架け橋。季節によってソースが変わるたびに、ペアリングのワインも変わるそう

 

ペアリングの発想としては、この組み合わせのように“五味を整える”ほか、足りない味わいを補う“味の補完”や、酸味の効いた料理には酸味のあるワインという“味わいのベクトルを合わせる”、また軽めの料理には軽やかなワインという“ウエイトを合わせる”など、さまざまなパターンがあり、それはすべて“料理を食べたあと”にペアリングの方向性が浮かぶのだとか。そしてこれらのパターンは、一つのペアリングに複数存在し調和を図っているそう。またレストランである以上、けっしてワインから料理を決めることはしないのだと言います。

 

「僕がアウトプットしたいのは、ワインだけじゃないんです。表現したいのは食とワインの“妙”。ずっとワインを伝えることを仕事にしてきたけれど、むしろそれを支点に、おいしい食との関係をどう築けるか? ワイン単体も大事ですが、今の僕の仕事は、その先の世界観を提案することに重点が置かれています」

 

食とワインの“妙”。大越さんの発したその言葉が心に残り、あらためて辞書を引いてみました。妙とは、①いうにいわれぬほど、すぐれていること。甚だ巧みなこと。美しいこと。②不思議なこと。普通でないこと。(広辞苑)

 

「不思議で普通でないこと」と「すぐれていて美しいこと」が同じ言葉、イコールの意味で表現されることもある。そうあらためて知ると、料理のイメージも湧かない、味わいの想像もつかない独特の世界観を放つAn Diに多くの人が魅了される、ひとつの理由が見えた気がしました。

食とワインの“妙”な関係

・エビの生春巻きには……

↑ベトナム料理の定番「エビの生春巻き」も、An Di流は個性的。中に詰まっているのは、エビの他にオクラ、パイナップル、柴漬けがぎっしりと。また上には、かぼすの皮を削って。食材の個性が打ち消し合うことなく、口の中にはそれぞれの味わいの波が順番に訪れる

 

↑生春巻きには、クシノマヴロというギリシャ固有の品種を使ったロゼワイン「イマスィア ロゼ・ド・クシノマヴロ 2016」を。チャーミングなベリーの香りと柴漬けの相性が抜群だ。チャーミングだけではなく、旨味のあるロゼワインが全体のバランスを整える

 

・稚鮎のフリットには……

↑「稚鮎のフリット」。タイなどが原産のタマリンドという甘酸っぱいフルーツのペーストと、うるか(鮎の塩辛)を合わせた特製の“旨酸っぱい”ソース、さらにベトナムコーヒーとブラウンシュガーを散らして。鮎の心地よい苦味とコーヒー&シュガーの甘苦さを、特製のソースが絶妙につなぐ

 

↑料理の苦味を誇張せず受け入れてくれるのは白ワインよりも断然赤ワイン、と大越さん。そしてタマリンドの酸味がワインをグッと引き寄せるそう。ただ赤ワインも苦味を許容するには渋すぎないこと。こちらはスペイン・リオハ産のモダンな造りの赤ワイン「オリヴィエ・リヴィエール エル カダストロ 2014」。クラシックスタイルのリオハは渋くなりがちだが、モダンリオハは渋すぎず凝縮感があり、それが苦味をうまく受け入れる

 

本格ベトナム料理である“べき”でも、ワインである“べき”でもない

「ティーリーフサラダのような茶葉を発酵させた料理は、ベトナムというよりミャンマーによく見られます。このミャンマーの伝統料理では生の茶葉を発酵させますが、今回の茶葉は、日本の製茶園さんで製茶されたものを発酵しています。日本の緑茶は、日本の伝統的な製茶技術があってこそ、あの香り高い緑茶の味がするのです。

 

ただ“茶葉を発酵する”という方法は一緒でも、茶葉にこだわりさらに他の食材も掛け合わせ、盛り付けなども考慮し、他国のいわゆるローカルフードをレストランフードに昇華させているのが、An Diスタイルです」(大越さん)

 

その独創的な料理に合わせるワインは、世界18カ国以上・約250種類のストックの中からピックアップ。さらにワインだけでなく、日本酒や焼酎を合わせることも。大越さんが世界中から仕入れた膨大な情報のアウトプットの場所は、“こうあるべき“の堅苦しさを一切感じさせない、不思議と美しさに溢れたまさに“妙”の空間。未知を楽しみに訪れる名店でした。

 

自宅で楽しむペアリングの心得

最後に、自宅でのペアリングの楽しみ方について聞きました。

「アジアンな料理はフルーティーな食材を使うことが多いので、それにはフルーティーなワイン、酸っぱいものには酸味のあるワイン、スパイスの効いたお皿にはスパイシーなワインなど、同じような香りや味わいのものを合わせると一体感が出ます。それが一番簡単ですね。あまり難しく考えずに、まずは好きなワインと好きな料理でお試しになるのが良いかもしれません」(大越さん)

 

“こうあるべき”など存在しないペアリングの世界。臆することなく「どんな味が体験できるのだろう?」と、An Diへ足を運ぶような、“未知”と“妙”を楽しむワクワク感を、ぜひ自宅でも。

 

【店舗情報】

An Di(アンディ)

所在地:東京都渋谷区神宮前3-42-12 1F
電話番号:03-6447-5447
営業時間:ランチ(土日のみ)12:00-13:30(LO)、ディナー18:00-23:00(LO)
定休日:月曜

 

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