グルメ
2016/10/23 12:00

ビーフシチューはなぜうまいのか


秋の声を聞くとともに涼しくなってきた。涼しさが増すと、煮込み料理がおいしくなる。そしてたまたま「うまみ」について調べていたところ、ビーフシチューこそが最高の煮込み料理なのではないかという疑惑が浮上した。というのも、ビーフシチューの素材や調理法はすべてうまみに直結するものだからだ。

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主なビーフシチューの素材といえば、玉ねぎ、にんじん、マッシュルーム、牛肉などが挙げられる。当然うまみたっぷりのドミグラスソースも投入されるし、ほかにもトマト、ワイン、にんにく、セロリなどさまざまな素材が加えられる。そうした素材のほとんどが「うまみ」に直結していると言っていい。

 

そもそもドミグラス「ソース」はうまみを凝縮したものだ。手順を追っていくと、まず小麦粉をバターで色づくまで炒める過程で、「メイラード反応」――糖とアミノ酸が反応して、さまざまな香気成分を生じる。超ざっくり言うと、肉や野菜を炒めた時の焼き目や、醤油や味噌などが発酵したときの「茶色」がうまみを増幅させる。

 

ここに、玉ねぎ、にんじん、セロリなど、グルタミン酸(昆布のうまみのもと)たっぷりの香味野菜や、牛でとったイノシン酸(かつお節のうまみのもと)ベースのフォンドボーが加わる。そもそもバター(脂質)や小麦粉(糖質)といった生物の営みに欠かせない成分は本能的に「うまい」と感じてしまう“飛び道具”だ。

 

さらに「ビーフシチュー」となるときに、もう一度、具素材としての玉ねぎ、にんじんのグルタミン酸、牛塊肉のイノシン酸が加わる。しかもこの段階で牛肉に焼き目をつけ、野菜を炒めることで、メイラード反応のうまみもさらに倍! レシピによっては、にんにくやトマト(ジュース/ピューレ)など、豊富なグルタミン酸のうまみがさらに加わることになる。

 

「かつおだし」に象徴されるように、グルタミン酸とイノシン酸はかけ合わせることでうまみが10倍以上に増幅される。それも両者の比率が7:3~3:7あたりの拮抗したバランスの配合でもっともうまみが増幅される。しかもマッシュルームのうまみの主成分「グアニル酸」はグルタミン酸とかけ合せると、うまみが数十倍にも増幅する。もはや元のうまみの何十倍になっているのかわからない。

 

ちなみにそのグアニル酸。1990年頃の研究で60~75℃の温度帯で増加することが知られていて、近年の研究ではマッシュルームのグアニル酸が、100℃で加熱すると生よりも減少するのに、60℃での加熱で生との比較で1.8倍に増加することが明らかになっている。

 

シチューを煮込む際の鉄則として知られる「煮立たせない」「弱火でコトコト」の温度帯はマッシュルームのうまみにとっても意味があったというわけだ。さらにちなみにあまり知られていないが、トマトにもグアニル酸は含まれていて、こちらも加熱によって増加するということが近年の実験で明らかになっている。

 

分解してみるとビーフシチューはまさにうまみの宝庫。味わいだけを見ても、ドミグラスソース(糖質+脂質+メイラード反応+イノシン酸+グルタミン酸)、具(メイラード反応+グルタミン酸+イノシン酸+グアニル酸)とうまみが幾重にも重ねられている。

 

さらにかたかったはずの牛すね肉は、ゆっくり加熱することでコラーゲンがゼラチン化し、口のなかで、とろりとほどけるようになる。幾重にも重なったうまみに加えて官能的な食感。想像するだけで、とろけそうである。

 

【著者プロフィール】

松浦達也

フードアクティビスト/編集者&ライター

『dancyu』などの食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで、「調理の仕組みと科学」「食文化」「食から見た地方論」など幅広く執筆、編集を行う。テレビ、ラジオでの食トレンド/ニュース解説も。著書『大人の肉ドリル』(マガジンハウス)などのほか、経営者や政治家、アーティストなどの書籍・コンテンツの企画・構成も多数。マンガ大賞選考員。
うまいものばか!:http://umaimonoholic.blogspot.jp/

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