グルメ
2016/11/3 16:00

冷凍メンチを何分揚げれば「0-157」は死滅するのか?

食品の安全の問題は非常に難しい。特に家庭で起きた食中毒の場合、不確定要素が多すぎる。メンチカツ食中毒の話である。

まず何が起きたのかを整理しておきたい。先月、神奈川県平塚市の食肉販売会社の冷凍メンチカツを食べた17人が腹痛などを訴えていることがわかったという(うち、子ども2人は重症で入院)。保健所の調査で、神奈川県、千葉県の一部スーパーで販売された商品から病原性大腸菌「0-157」が検出され、その後商品は撤去された。

 

販売会社の社長も「健康被害の報告があり、多大なるご心配をおかけしたことを心からおわび申し上げます。販売しているメンチは十分な加熱が必要な商品で、規定の調理方法にのっとって調理していていただければ問題がありません。しかしながら具材が生肉であることを明示することや、調理方法をもっとわかりやすく表示することをもっと事前に行うことができれば、このような事態が防げた可能性があると思うと悔やまれてなりません」とコメントを発表したという。

 

「0-157」への対策として厚生労働省や保健所は「中心部分で75℃1分以上の加熱」を推奨している。実際には少しバッファがあり、東京都立衛生研究所がコーンクリームスープで行った実験では60℃10分、65℃3分、70℃以上30秒で死滅するという結果が出ているが、いずれにしても成型肉やハンバーグなど、菌が入り込む可能性のある生の加工肉についてはギリギリの加熱の肉を食べるのは怖い。一般家庭では75℃1分、もしくは一瞬でも80℃まで温度を上げておきたいところだ。

 

さて今回のメンチカツ。報道で見ているとパッケージの裏には「凍ったまま、170℃~175℃の油で6分間揚げてください」と書いてあった。そういえば冷凍食品の加熱の加減は難しい。外は焦げても中は生、ということが結構ある。では実際、この条件で揚げるとどうなるのだろうか。

 

回収された当該商品(4個入り360g)は手に入らなかったので、4個入り400gというサイズの近い冷凍メンチカツを入手して試すことに。170℃に加熱した油に4つのメンチカツ(鍋底がだいたい隠れる程度)を入れることに。よくコロッケやメンチカツなどは「家庭の鍋で、一度に揚げるのは2つが目安」と言われるが、仕上がり時間を合わせたいからと、家族の人数分入れてしまうという人も少なくない。

 

とはいえ、油の量が少なければ加熱温度が一気に下がってしまうはずだ。そこで今回は間を取って家庭にしては多めの1リットルの油で揚げることにした。

 

■パッケージどおりに揚げても必ずしも安全ではない

火力は常に中強火をキープ。170℃だった油温は冷凍メンチを入れた瞬間120℃台まで一気に低下。1分、2分と経過しても油温は130℃台にとどまり、3分台後半でようやく140℃台まで回復。思いのほか温度が上がるのが遅い。ふだん家庭でフライや天ぷらを揚げているときには、鍋の中が泡立っているのですぐ油温が戻るような気がしていたが、冷凍食品は油温を元の温度に戻すまで意外と時間がかかる。

 

ちなみに実際に僕が購入した冷凍メンチカツの標準揚げ時間は5分となっていたので、5分でひとつ鍋から上げてみたが内部温度は45℃程度。この時点で油温もようやく170℃台を回復したが、6分で引き上げたものの芯温も約55℃にとどまった。

 

結局、今回のテストで火力を中強火に保ったまま芯温を75℃まで温度を上げるのにかかった時間は約8分。安全とされる75℃1分の加熱を実現するには、余熱を利用するとしても7分30秒揚げ+1分30秒ベンチタイムがぎりぎりの線だった。

 

業務用のフライヤーならば最初から最後まで170~175℃で安定して揚げられるかもしれないが、家庭の鍋で揚げ油の温度を安定させるのは難しい。メーカー/販売サイドには「家庭の調理条件」に合わせた形での目安の記載を切にお願いしたい。

 

ただし、今回のようなケースではすべての責を売り手側に求めるのにも違和感がある。本来、調理にかかる時間はあくまで目安でしかない。作った料理が仕上がったかどうかは、作り手が自分で判断すべきものだ。

 

だが中食の充実など、食卓にのぼる品を入手する選択肢は増えた。相対的に台所に立つ人の調理体験は減った。「食」にまつわる意識格差は安全面だけ切り取っても広がるばかり。どういう食べ物が安全でどういう状態のものを口にしてはいけないか。パッケージに書いてある数字だけを頼りにするのではなく、目の前にある食べ物の匂いを嗅ぎ、味見をする。日常からそうした習慣を身につけ、感覚を磨いておくことは生きる上で必要な技術なのだ。

 

「わからないから」は理由にはならない。基準を知らなくても、検索すれば数十秒で正解にたどり着ける。温度管理だけが安全を担保するよすがではないが、食品の温度を測る温度計などはこの数年でずいぶんと充実し、入手もしやすくなった。

 

最終的に家庭における「食の安全」は調理を行い、皿に盛る人にかかっている。「パッケージにそう書いてあったから」では済まされない。

 

【著者プロフィール】

松浦達也

フードアクティビスト/編集者&ライター

『dancyu』などの食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで、「調理の仕組みと科学」「食文化」「食から見た地方論」など幅広く執筆、編集を行う。テレビ、ラジオでの食トレンド/ニュース解説も。著書『大人の肉ドリル』(マガジンハウス)などのほか、経営者や政治家、アーティストなどの書籍・コンテンツの企画・構成も多数。マンガ大賞選考員。

うまいものばか!:http://umaimonoholic.blogspot.jp/

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