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2018/5/9 16:30

教師がiPadを使えば環境が変わる、熊谷特別支援学校で見たICT教育の実際

なぜ、下絵を描くのか?

そもそも、内田先生とは、何者か。彼は、元々施設職員として福祉の仕事をしていた。しかし、教員になりたいという想いがあり、通信教育で資格を取得。まず臨時職員という形で3年間を過ごした。その後、小学校教員の試験に合格し、初任で同校に配属された。それからもう10年が経つという。中高の美術教員としての資格も持つ。

 

↑内田考洋氏、群馬県出身。取材時点で38歳。笑顔が素敵で、情熱的な先生という印象を受けた

 

内田先生に、なぜiPadで下絵を描くのか、ということを尋ねてみたところ、興味深い答えが返ってきた。――“もっと大胆に描いて欲しいから”という理由だ。

 

下絵無しで生徒に絵を描かせると、どうしてもこじんまりした作品になってしまうそうだ。もっと大胆な色や構図で絵を描いて欲しい。そういう想いで下絵を使う工夫を始めたという。

 

“下絵を使うと、「気づき」が生まれるんです。例えば、「この線は羽に見える」とか。実際、画面からはみ出るくらいに描けるようになるので、見ごたえのある絵になっていきます。” (内田先生)

 

↑下絵を活用して描いた昨年度の作品(作者:島田亜有美さん、作品名:HAND in HAND)。こちらは画用紙ではなくキャンパスを使って躍動感のある絵が描かれている

 

一方で、こうした下絵づくりは、必ずしもiPadとロボットで行う必要はない。内田先生は、“例えば、夏に水着を着て、裸足になって足に絵の具をつけて歩いてもよい。それでも楽しめるはずです”と述べる。iPadを活用することは一つの選択肢なのだ。“授業そのものの目的が大事なので、そこは意識してやっています”、とのこと。

 

“iPadを使い始めて、自由度が広がった――”。内田先生の発する言葉からは、ICT機器活用のリアルが伝わってくる。

 

iPadを活用することで成長するチャンスが生まれる

特別支援学校では、iPadのようなツールを活用するための準備段階も重要だ。先生がプレゼンする内容を、見られるか・聞けるか、それ自体が学習内容になる場合があるからだ。何か刺激があったときに、生徒が拒否反応を示してしまうと、それは“学習”にならなくなってしまう。iPadのような機器を導入するには、生徒の段階にあわせたアセスメントが必要になる。この生徒はiPadを使って大丈夫、という段階になって、初めて授業で活用できる。

 

一方で、実際にiPadを活用できる条件が整うと、(担当の先生にもよるが)ほぼ全ての教科で使われることになるという。内田先生曰く、“iPadという教科がないので、一つの「教具」という位置づけになる”からだ。例えば、理科で災害について調べるのに使う。国語なら作文を書くときに使う、といった具合である。 手の可動域が限られてしまう場合でも、スワイプやタップで操作するiOSのUIなら、いろんなことに活用しやすい。

 

↑動画編集アプリClipsを活用した自己紹介動画の作品(作者:新井春樹さん)。AppleのEveryone Can Createのカリキュラムでも紹介されている課題だ。 “手軽で、スタンプやアニメーションで楽しくアイデアを形にできるところが、自己表現の練習にもなる”と内田先生

 

印象的だったのは、音声入力を使って、発音の練習を試みることもあるということだ。“専門家からは怒られちゃうかもしれないですけれど”――なんて笑いながら、内田先生は説明する。“例えば、Siriを使った発音の練習で、「キ・リ・ン」と分けて発音すれば認識される。そういうことに気づくことが大切なんです。もちろん、たまに誤変換されることもありますが、その生徒の場合は誤変換される内容を楽しめるから、学習のモチベーションにもなっています。”

 

iPadを活用することは、生徒が成長するチャンスを生むことにもつながるという。内田先生は、“障がいのある子にとって、刺激が少なくなってしまうことが良くない。障がいそのものではなく、障がいから起こる環境によって、成長するチャンスを逃してしまう”と指摘する。こうしたチャンスを逃さないのが、教師の腕の見せ所だ。

 

↑教室で生徒が使うiPadには、グリップ付きのケースが装着されていた

 

例えば、月曜の朝に開かれる「合同朝の会」で、気管切開をしている生徒が、「DropTalk」というアプリを使って作文を発表をした。他の生徒の前で話す貴重な機会だが、iPadというツールを活用することで、こうした機会を逃さずに、課題に挑戦できる。そして、何より、他人と繋がるきっかけにもなる。ICT機器の活用には、一言では語りつくせない魅力がある。

 

“一人一人、クリエイティブであってほしい”と内田先生は述べる。“作品をアウトプットすることをイメージしますが、そうではありません。例えば、iPadに触れると、音で聴いたり、映像や写真で見たりすることができます。そういったことに生徒が自分から手を伸ばしていければよい。友達に聞かせたり見せたり、テレビに写したりする。その子の動きがダイレクトに環境を変える。それも表現の一つなんです。そういうことを丁寧に見ていきたいですね。実際に子ども達は1年くらいかけて、着実に成長します”(内田先生)

 

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