「電気を流すと肉がおいしくなるんですよ」
そういうと大抵の人は笑う。また変なことをいっている、という目で私を見る。
しかし本当だ。肉は電気を流すとおいしくなる。
「電気で焼くとおいしいんですか?」
違います。肉は生のままです。
相手は黙って、(この人はおかしい人なんじゃないか?)という目に変わる。
本当だ。肉に電気を流しても、肉は焼けない。電気を流したら肉が焼けるというのは、たぶんマンガなどで電撃を食らった人が丸焦げになるからだと思う。でも考えれば、スタンガンを押し付けられたって、犯人は黒焦げ死体にはならない。
これは電流と電圧の違いで、電圧が高くても電流が小さければ、ショックが強烈なだけで肉は焼けない。スタンガンが1万ボルトでも感電するだけで、黒焦げにならないのは流れる電流が小さいからだ。逆に電圧が低くても電流が大きくなると肉は焼ける。
電気で肉を焼く技術は確立しており、「ジュール加熱製法」という。工場で大量に焼き鳥を作るときなどに使われている。肉に電気を流して、その電気抵抗で焼く。電熱線と同じ原理だ。面白いことに、通電された肉は外側ではなく内側から焼けていく。普通に焼くと外が焦げて中が生という失敗が起こりうるが、ジュール加熱製法では反対に、中が焦げて外が生ということが起きる。
戦時中はジュール加熱製法でパンを焼いていた。木箱に電極をつけ、パン生地を入れて通電するとパンが焼ける。熱が生地の中のふくらし粉を分解すると電気が通らなくなり、結果、焼き上がりと同時に電気が切れる。
そういうことを説明してもいいが、大抵は面倒なので、私は黙ってニコニコする。
ともあれ、電気を流すと、肉はおいしくなるのだ。
世の中、あなたの知らないことはいっぱいあるのだよ。
電気を通して肉を熟成させる
料理は科学だとよくいう。焼き肉は熱反応を利用してタンパク質を変性させる行為で、スープはアミノ酸の水溶液、うなぎのかば焼きではメイラード反応で生じる分子をわざと大気中に放出して香りを出す。料理のメカニズムは科学に則っているのだ。
さらに科学は料理を解体し、分析し、再構築する。
流行りの分子調理法(人工イクラの手法でスープを粒状にしたり、液体窒素でアイスクリームを作ったりする最新のフランス料理)は料理を再構築したと評されている。今までの料理を科学の原理原則から捉えなおし、新しい味を作り出したという意味だ。
それはそうかもしれないが、やっていることは食品工学の応用だ。工場で行われてきたことをキッチンで行うと、ミシュランの三ツ星がもらえるのだ。何ごとも発想の転換である。
料理は科学であり、科学は料理を再構築する。しかし科学は、さらに料理を変成し創造する。食べるという行為から科学が抽出され、その科学が新たな知見を生む。
「電気肉」――肉に電気を通すことで、肉の熟成を促進させる……フランケンシュタインを連想させるこの技術は、欧米では当たり前のように使われている。食肉業界で『Electrical stimulation(=電気刺激)』といえば、電気刺激による肉の熟成を意味する。
電気刺激による熟成の様子。食肉の電気刺激は欧米では一般的。
専用の装置も『Electrostimulator(=電気刺激装置)』の名称で販売されている。
筋肉を動かすのはATP(アデノシン3リン酸)という物質だ。ATPはDNAのような核酸にリン酸が結合した物質で、リン酸が離れる過程で高いエネルギーを放出する。
ATP → ADP(アデノシン2リン酸) → AMP(アデニル酸) → IMP(イノシン酸)
ATPが分解した先はイノシン酸になる。イノシン酸はかつお節で有名なうま味成分だ。電気刺激は本来は酵素が行うATPの分解を肩代わりし、短時間でイノシン酸にまで分解する技術なのだ。
なぜこのような技術が生まれたのか? 話はやはり、フランシュタインまでさかのぼる。
(続く)
文=川口友万
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