「電気で味が変わる」という話は数年前に知った。明治大学の中村裕美さん(現在は産業技術総合研究所に所属)が作った電気味覚フォークは、食べ物の味を電気で変えるガジェット。味が濃くなったり薄くなったりするらしい。

これを電気味覚という。
中村さんと同じく電気味覚の研究をしている東京大学大学院情報理工学系研究科 特任研究員の青山一真さんのおふたりから、味について話を聞く。
そもそも味とは何なのか? 光は網膜の視覚細胞を刺激し、音は鼓膜の振動で感知される。味は舌の上の味覚細胞に何がどうなるのか?
「食べ物の化学物質が唾液に溶けると、唾液に溶けた味を呈する物質が、味細胞の受容器に結合する。そこで、味の情報が脳に送られます」
と青山さんがシンプルに説明してくれた。
「味細胞それぞれ甘味とか酸味とかの受容体を持っています。ただし、うま味の受容体には何がくっつくのかよくわかっていない。グルタミン酸ナトリウムをなめれば、うま味がしますね」
します。味の素ですからね。
「グルタミン酸ナトリウムの代わりにHがついている物質は酸味がする。グルタミン酸と塩=NaClを一緒に口の中に入れると、グルタミン酸ナトリウムを口に入れた時と成分は同じはずなんですが、酸っぱいか、酸っぱくて塩辛い味になり、うま味にならないんです」
酸っぱい味はイオン化した水素の味なのだそうだ。
水素水は酸っぱい? 酢っぱくないよな。酸っぱくないってことは、水素が抜けちゃってるんじゃないの?
「口の中のペーハーも味に影響します。体調によってペーハーは変わるので、体調でも味は変わりますね」
疲れたら、酸っぱいものがおいしく感じるのは、どうもペーハーの変化が関係しているらしい。
舌はだまされやすいのだ
味は色や香りにだまされる。
かき氷の話は有名なので、ご存じの方も多いだろう。あれは全部同じ味なのだ。メロンもブルーハワイもイチゴもレモンも全部同じ味。味覚センサーを使うと、まったく同じ数字が出る。しかし脳は錯覚する。
「香料と色が違うので、味が変わって感じる」
と青山さん。
そういわれても、イチゴのかき氷はイチゴの味がするし、メロンはメロンっぽい味がするんだよなあ。不思議だ。
「最近、透明なミルクティーがありますよね? 味はミルクティーですが、色がついていない。あれに食紅を入れて、紅茶の色にするとストレートティーやレモンティーの味になるんだそうです」
舌はだまされやすいなあ。
見た目に味はだまされる。じゃあ香りは?
たとえば、まったく甘くないケーキに、バニラエッセンスの香りをつけるかしたら、甘いと思って食べちゃう?
「多少はあると思いますが、味覚が基本五味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)で 収まっているのに対して、嗅覚は何千種類も受容体があるんですよ。だから味覚の表現は甘いとか辛いとかありますが、嗅覚はないんですね。代わりに桃のような香りとか甘いにおいとか、味覚や物の名前を借りて表現しているんです」
たしかにいわれてみれば。
だまされやすいとはいえ、うなぎのにおいでごはんを食べるのは、なかなか大変というわけだ。

味覚と視覚と音のインタラクション
味覚が他の感覚の影響を受けやすいのはなぜなのだろう?
生存のためでしょう、と中村さん。
「食べ物が腐っていたり毒だったら、死んでしまいます。それを避けるために、全部の情報を使って安全かどうかを判断しているんじゃないでしょうか」
その理屈でいくと、青い食べ物ってありますよね?
日本人には完全に腐敗色で、食べちゃダメだ!なんですが、外国の人はケーキでも何でも青くする。あれはなぜ?
「青くてもおいしいものを食べてきているからでしょうね」
味は学習か。
音はどうだろう?
中村さんによると、咀嚼音と味の関係の研究がされているのだそうだ。
「ポテトチップスを食べるときに、しけった音を聞かせるとしけっているように感じるのだそうです。音で食感をハックする。咀嚼音を変えることで、グミがやたら固く感じたり、おせんべいがふにゃふにゃに感じられるんです」
東京大学 廣瀬・谷川・鳴海研究室で開発した『メタクッキー』は、実際のクッキーよりも大きなクッキーをVRで見せて食べた満足度を操作したり、バニラクッキーを食べている際にチョコレートの香りを流してチョコ味と錯覚させたりと、味覚が他の感覚の影響をどのくらい受けるのか、研究する装置だ。
「たくさんの人に実際よりも大きなクッキーを見せながら食べてもらって、全体としてクッキーの消費量がどいのくらい減ったのかを調べたりしていますね」
味覚の抑制と増強
青山さんは電気味覚を使って、五味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)を強化したり減らしたりする研究をしてきた。電気を流すと味覚が大きく変わるらしいのだ。
「電池をなめると電気の味がするじゃないですか?」
しますね。金属の味ですよね? アルミホイルを噛んだときにする、あのキシキシする味。
「あの味がするのは、舌にプラス極があるときだけなんですね」
電池のプラス極をなめるとあの味がする?
考えもしなかったけど、そうなのか。
「プラス極を首の後ろとか手でもいいんですか、舌以外のところにつけて、電池のマイナス極をなめても味がしないんですよ」
ホントに?
やってみよう。電池のプラス極をなめる……金属の味がする。マズい。反対側のマイナス極をなめる……あ~たしかに味が違う。マイナス極は普通に味だけど、プラス極はなんかジワジワする。
プラス極だろうがマイナス極だろうが、舌に電気は流れているだろう。なぜプラス極だけ電気の嫌な味がするんだ?
「舌はプラス極に対して、感度が高いんです」
100~1000倍ぐらい違うんだそうだ。
「そしてマイナス極を塩水といっしょに舌につけると、塩味が消えるんです。水しか感じなくなるんです」
???
なんで?
「塩=Naclは水の中ではNa+とCl-に電離します。そして塩味と感じるのはNa+だけなんです。マイナス極にNa+が引きつけられるため、舌の上からNa+がなくなり、塩味を感じなくなってしまうんです」
わかりやすい。
「これを証明するため、にがりとカフェインで同じことをやりました。どちらも苦みの物質です。にがりは電離してマグネシウムと塩基に分かれます。カフェインは電離しない。同じように口にマイナス極をくわえると、にがりは苦みがなくなり、カフェインは苦みが消えません」
ということは、塩やにがりのようなイオン化する味物質なら、味を薄くしたり消したりできることになる。
「甘味はグリシン(アミノ酸の一種で甘い)、塩・酸味はクエン酸、苦味はにがり、うま味はグルタミン酸、これらはマイナス極をくわえて電気を流すと味が薄くなります」
味物質は電極に集まっている状態なので、電気を切れば、味は一気に舌に戻ってくる。
「しかも元の味より味が濃くなるんです。これを私たちは『味覚の抑制と増強』と呼んでいます」
使っているのは約10v・1mAの電源だそうだ。乾電池レベルである。
この原理を使って、フォークに電流を流し、味覚を変えるというのが電気味覚フォークなのだ。
電気で本当に味が変わるのかどうかは後編で。
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文=川口友万
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