前編はこちら。
味覚フォークの構造はとてもシンプルだ。柄の中に充電式の電池が内蔵され、スライダー式の調節レバーとプラス極とマイナス極の極性を反転させるスイッチが付いている。
柄にぐるりと巻かれている銅版が電極だ。
フォークが口に触れると、口→腕→手→フォークの柄と電気の回路ができるわけだ。この回路を電気が流れる。
電気味覚のデバイスは、舌と体と電池の間に回路ができればいいので、形自体は何でもいい。他にも電極の付いたストローとグラスで飲み物味を変えるなど多様なデバイスを開発している。
ではなぜ最終形をフォークにしたかといえば、
「これを使うと味が変わりますといったときに、実際に使ってもらうにはフォークやスプーンを使った方がいいと思ったんです。金属ですし、これなら付けられそうじゃん、と」
と中村さん。
フォーク側がプラス極のときは味が強化され、マイナス極の時は変化がない。
「フォーク側をプラス極にすると電気の味が加わります。結局、他の食べ物との組み合わせで、食べ物の味が増強されたように錯覚するんです」
錯覚なんですか?
電気が五味全部の神経を刺激していると考えられているんです、と青山さん。
「食べた味に電気味という雑味が加わることで、元の味を想起しやすいんです」
これは2016年に行われたイベント『NO SALT RESTURANT』(企画立案・全体統括 ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン、プロダクト実用化はジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン、aircordが担当)のメカニズムでもある。『NO SALT RESTURANT』は名前の通り、いっさい、塩分を加えていない食べ物でメニューを組み立て、それを電気味覚フォークで食べるというものだった。
すべての料理に塩分はないのだが、食べた人は電気に刺激された味覚に、塩味がすると錯覚した。
「とんかつやチキンライスなど、目で見ただけで唾液が出て来そうなものを料理研究家さんにチョイスしてもらっています」
中村さんのたくらみは、見た目で味をイメージさせた上で、電気味覚で舌を刺激して、電気味を塩味に錯覚させることだったのだ。
中村さんの開発した「味覚フォーク」。電気で味を変える未来のメカだ。
チーズの味が変わった!
何はともあれ、まずは体験。市販のチーズの味がどう変わるかを試してみる。
中村さんにいわれるまま、チーズをフォークで刺して……、
「舌にチーズを当てたままにしてください」
舌にチーズを押し当ててスライダーを上げる。
「半分ぐらい上げただけで、十分に変化がわかると思います」
……おっ。おおっ。おおおっ!
「味が『舌に迫ってくる』と表現された方もいます」
なんだこれ!
味が急に濃くなる。安いチーズがゴーダチーズのような濃厚な味に変わったのだ!
面白いな、これ。安い味が高い味に変わりますね。
「人体を回路にしているので、これが1人でも2人でもあまり変わらないんですね。イベントなどでは、カップルに手をつないでもらって、片方が片方に食べさせると味変わるよってやったりしています」
味覚細胞は少ないながら、喉の奥にも分布している。そこで喉に電極をつければ喉越しを生み出すことも。いわば電気ビールである。
電気によって味が生まれるのではなく、味覚が過敏になることで、ないはずの味が現出する。いわば脳がだまされているわけだ。

催眠術で味を錯覚する
テレビでよく見る有名な催眠術師に十文字幻斎という方がいる。幻斎氏の主催する催眠術の体験会へ参加した。よくテレビでは、催眠術をかけられた人が、わさびを甘いとなめたり、レモンを平気でかじったりする。演技でできるものではないだろうとは思うが、じゃあそれが本当なのかというと、なんともよくわからない。
何事も経験なので、わさびと豆板醤とレモンを持っていった。本当にこれをそのまま食べられるのなら、味は脳で生み出されることになる。脳をだませば、味なんてただの飾りなのだ。
同行した五十嵐美樹は、サイエンスジャーナリストになるべく東大の大学院に入り直した才媛で、理系がロジカルでだまされにくいのなら、これ以上にだまされにくい人はいないだろう。
お弟子さんの十文字悠迦さんによると催眠術は『自己催眠(いわゆる思い込み)』を外からの暗示で誘発させるものらしい。たとえば握った手が開かなくなる、手を固める催眠術では、催眠術師が「手が固まる!」という暗示をいう。そのとき、相手が「手が固まった」と思った時点で催眠術にかかってしまうのだ。手を「開かない」のは自分なのだが、「開けない」と思い込む。暗示を自分で思い込んだら、それが催眠術にかかるということなのだ。
「催眠術には強制力はなく、嫌な催眠術はかかることはありません。相手に合わせて催眠術をかけることが必要です。あなたは私を好きになる、といっても、まったくそういう気持ちがなければ、暗示にかからない。しかし、『安心感が増してきて一緒にいるのが心地よくなってきます』など安心感を与える暗示で、好きな気持ちを誘発しやすくなったりもします。どMの人ならば『ビンタされたくなる!』という暗示も喜んで受け入れるかもしれません」
マジですか。すごいな。
あれ? 五十嵐は……
「はい、あなたは洗濯機」
頭がぐるんぐるん回ってます。ヘビメタかよ。
なんだよ、めっちゃかかってるじゃないか! ホントに理系か?
幻を見せることもできる? ホントですか~。
十文字さんが五十嵐の目を見て、手を振った。
「あなたが憧れている人が目の前に現れます、1、2、3!」
あ、泣いた。喜びのあまりなのか?
「うれしい!」
泣いておる。
だれが見えてんの? ダンシングマッドサイエンティスト? 踊りながら実験するアメリカ人? マッドがつくんだ。ファンなの? あ、そう。泣くなよ、まったく。
さて。
本題の味覚がどこまで脳の幻なのか、検証実験を始めよう。
ここにわざびがあります。これを五十嵐になめさせて平気かどうか、お願いします。
「すーっと目を閉じます。頭、ボーッとして気持ちよ~く気持ちよ~くなります」
五十嵐の頭がぐらぐらしている。たったこれだけでかかったのか。
「3つ数えると目が覚めます。目が覚めるとあなたは、なぜかわざびの味が抹茶のソフトクリームの味になっています。甘ったるくて、めちゃめちゃ甘い、想像しただけで口の中がめっちゃめっちゃに甘くなっています。いいですか、3つ数えると口の中が甘くなって目が覚めます、1つ、2つ、3つ」
いつにもまして、ボーッとしているな。じゃあ食べさせてみよう。
おせんべいの上に、歯磨き粉のようにムニュムニュとわさびをひねり出し、口に放り込む。どうだ?
「甘い……クリーミイ」
すごいな。そして十文字さんが術を解くと、
「!!ブホッ!めっちゃ辛いんですけど、ヒーッ!」
面白い!
同じ要領でレモンを渡すと……うわあ、この人、皮ごとかじり出したよ! あ、全部食べた。レモン2個、皮ごと食べちゃったよ。大丈夫か?
「みかんの味がする」
梅ジャムだよと豆板醤を出すと、
「うん、すごいおいしい。甘い、おいしい」
と自分から豆板醤を塗りたくって食べはじめた。
そして十文字さんが、はい、辛くなります、というと
「!!」
甘くなります、と言うと
「……甘い」
どれだけ単純なんだ。
水はコーヒーの味になり、氷を押し付けても感覚はなく、鼻をつまんだ手は動かなくなる。すべては脳なのだ。

催眠術でわかったのは、被験者が連想する方向にしか味は変化しないということだった。わさびをハンバーグの味に変えることやレモンをしめさばの味に変えることは難しい(ただし! 中には非常に暗示にかかりやすく、刺身を焼き肉の味に変えられる、催眠のかかりやすさエリートさんもいるそうだ)。
まさにそれは『NO SALT RESTURANT』で、塩味を連想しやすい料理を選ぶことで、味覚フォークで塩味を体感させたテクニックと相通じるものなのだ。
味は脳の中で生み出される。ということは、舌を電気刺激した状態で、VRで食べ物の画像を見せれば、幻の料理を脳内に作り出すことが可能になるのだろうか?
「それが私の研究なんです」
と青山さんはいう。脳と感覚器官の関係を調べ、VRに応用するのが青山さんの研究テーマなのだ。
ごく近い未来、地球上で本人のみが味わうことができる究極の味が、電気刺激とVRシステムを使って実現するかもしれない。
それは文字通りの幻の味、脳の中で生まれる味なのだ。
(驚異の電気味覚編/了)
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文=川口友万
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