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2018/7/8 20:00

【ムー的古代日本神話】超古代史「秀真伝<ホツマツタエ>」と男神・天照大神の謎

男神イザナギと女神イザナミは富士山に登ると、こう語らった。

朝日に照らされる富士山。記紀の原典となったといわれる『秀真伝(ほつまつたえ)』では、天照大神は富士山の麓で正月元日の朝に生まれたと記されている(写真=Pixabay)

 

「ふたりで国々をめぐり、民を治め、姫御子を生んだが、この国を治めるべき世継ぎの男の子がまだいない。これでは末の楽しみもないから、世継ぎができるようにお祈りしよう」

 

イザナギは山の池の水で左の目を洗い、日の出を待って日の神に祈った。イザナミは右の目を洗って夜を待ち、月の神に祈った。

 

さらにイザナギは天下を治めるような尊い御子を生もうと切に思って2面の鏡を両手にもち、その鏡を日霊・月霊になぞえらえて、神の感応と降臨を願った。

 

こうして祈禱の日々を重ねると、やがてイザナギ・イザナミの身柱(頸椎の下端)に日の霊気が入り、行が1000日に達したころには、2神の白い肌は桜色に染まっていた。

 

イザナギが妻のイザナミに体の調子を尋ねると、女神は答えた。

 

「月のものも止まり、3日たちました。身は大変清くなりました。お日様が入るのをお待ちしております」

 

イザナギはこの答えを聞くとニッコリと微笑み、イザナミとともに朝日を拝んだ。

 

すると、いま拝んでいた太陽からその精が飛び降り、2神の前に落ちとどまった。2神は夢心地となり、やがて気がつくと、身も心も潤いに満ちて爽快になっていた。

 

2神が富士山麓の宮に帰ると、やがてイザナミは御子をはらんだ。

 

それから8年後のちょうど正月元日の朝、円い卵のかたちをした男児、天照大神が生まれた。

 

2神に仕えるオオヤマヅミは祝いの歌を心から唄った。

 

「よかった、よかった。祓い清められた大気のなんとすばらしいことよ。両大神のお世継ぎもできたので、世の幸いはこれで約束された」

 

夜を通して祝宴が張られ、多くの神々が喜びを分かち合った。

 

成長した天照大神は「日の若宮の若仁尊」という諱を奉られた――。

 

記紀の原典となった奇書『秀真伝』

ここに掲げた物語は、とある古文献に記された、天照大神の誕生の場面の要約だ。

 

つまり、富士山で輝かしい朝日の霊気を受けたことで母神イザナミがみごもり、そしてめでたく生まれたのが、天照大神だったというのである。

 

しかも、その天照大神は別名を「若仁尊」という男神だったとなっている。

神代文字で書かれた『秀真伝』本文に、漢訳が付された『秀真政伝紀』より、天照大神出現の箇所。天照は「アマテル」と訓まれ、「男子」であると明記されている(江戸時代中期/近江聖人中江藤樹記念館蔵)。

 

ここでいぶかる読者もいることだろう。

 

『古事記』や『日本書紀』には、天照大神の誕生については、「黄泉国から逃げ出してきたイザナギが川で禊をして左目を洗うと、天照大神が成り出でた」と簡単に描写されているにすぎない。したがって、この、富士山を舞台としてきわめて豊かに叙述された天照大神誕生譚たんは、記紀を換骨奪胎して富士信仰に篤い人間によって後世に創作されたものだろう――。

 

そう考えたとしても無理もない。いや、むしろ当然のことといえるだろう。

 

だが、真実は逆で、この誕生譚こそが記紀のオリジンとなった可能性があるのだ。

 

なぜなら、この誕生譚を記した古文献というのが、一説に記紀の原典になったともいわれている、『秀真伝(ほつまつたえ)』だからだ。

 

ここで、『秀真伝』では「天照」が、じつはアマテラスではなくアマテルと訓まれることになっていることにも注目しておいていただきたい。終章で論じるが、この訓み、加えてこの大神が男神として描写されていることは、『秀真伝』が記紀にさかのぼる古伝承を収めたものであることの、有力な証拠となりうるからだ。

 

『秀真伝』には、天照譚以外にも、記紀神話と大きく食い違う伝承が延々と綴られている。しかもその原文は、漢字ではなく、日本で太古の昔から用いられていたとされる神代文字で書かれているのだ。

 

そんな『秀真伝』とは、いったいだれによって書かれ、どんな内容をもち、そしてまたどうやって密かに伝承されてきたのか。そして、「男神アマテル」の伝承が意味することとは――。

(ムー2018年7月号 総力特集「秀真伝<ホツマツタエ>と男神・天照大神の謎」より抜粋)

 

文=古銀剛

 

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