エンタメ
2018/10/11 17:30

アニメの劣化版ではない。コミックのリッチ版だ――「ムービングコミック」という新しい表現手法に脚光

マンガを読む際、次々とペースをゆるめずページをめくってしまい、クライマックスのシーンでもあまり感動できなかった、という経験をしたことはないだろうか。「前のページをじっくり読んでおけば……」と悔やんでも、もう元には戻れない。

 

これは、読者のタイミングで読み進めるから起きてしまう悲劇であり、作者の意図した“間合い”で物語が進みさえすれば防ぐことができる。

 

コミックスマートは、そんな悲劇を防ぐ、これまでにない読書体験が得られる「ムービングコミック」を、自社で運営するマンガアプリ「GANMA!」で開始した。原作は「人形峠」。作品に命を吹き込む声優陣には「言の葉の庭」や「サイコパス」などで主演を務めた花澤香菜さんや、八代 拓さん、寺島惇太さんなどの豪華声優陣が起用されている。

(c)方條ゆとり+望月菓子/COMICSMART INC.

 

ムービングコミックの魅力や「人形峠」が選ばれた理由、また制作時の舞台裏などを、「人形峠」の担当編集者とムービングコミックのプロデューサーに聞いた。

↑今回話をうかがったアニメプロデューサー福留 俊氏(左)と担当編集 千葉夏紀氏(右)

 

“グロカワイイ”絵柄で人気のホラー・サスペンス

ムービングコミック化「人形峠」の各話更新期間は、2018年7月29日から9月23日。更新終了後も掲載は続いているので閲覧可能だ。

↑2018年7月29日配信開始した「人形峠」ムービングコミックのキービジュアル

 

元となっている「人形峠」自体は2015年12月から連載されており、すでに70話以上を更新。作者は「ひぐらしのなく頃に」のコミカライズを担当した方條ゆとり/望月菓子 姉妹。かわいい女の子のキャラクターと、他のキャラクターという具合に、それぞれ得意分野のキャラクターを分担して作画している。いずれにしても、おどろおどろしくなってしまうのだが。

 

内容は、山奥での農村体験に訪れた高校生たちが、ホームステイ先で人形にまつわる悲劇に見舞われる、というもの。何気ない日常会話がリアルなだけに、読者も登場人物と一緒に恐怖体験を味わえる。

 

「ムービングコミックはアニメの劣化版ではない。コミックのリッチ版だ」

ムービングコミックを定義づけるとしたら、「動いてしゃべるコマ割りマンガ」だろう。過去にフィーチャーフォン向け電子コミックで、シーンに合わせて効果音やバイブ、画面の明滅などにより、臨場感をもたせたものがあったが、それとは別ものだ。

 

登場人物のセリフはすべて吹き替えられ、その声に合わせてカラオケの字幕のようにテキストを表示。喋っているキャラの口には開閉するアニメーション効果を付与。細い廊下などを進む場面では、歩くスピードに合わせて絵を揺らしながら拡大させるなど、コマ割りで描かれた素材そのものを利用して動きをもたせている。

 

「アニメでいいのではないか」と思う人がいるかもしれないが、実は2017年12月、コミックスマートではすでにGANMA!内でオリジナルアニメ(「焼肉店センゴク」)を配信している。

 

ではなぜアニメではなく、ムービングコミックを制作しようということになったのだろうか。

 

コミックスマートGANMA!編集部でアニメプロデューサーを務める福留 俊氏は、ムービングコミック制作の狙いについて「マンガの新しい視聴環境を構築したかった」と語る。「メディア自体がテキストで読ませるものから動画へと移行しています。読者のマンガへの視聴態度においても、そのような受動的な形態が一般的になっていくのではないでしょうか。原作の演出を最大化する間合い、タイミングで次のコマへ進めるのも魅力のひとつですね」。

 

さらに福留氏は、アニメとの違いについて「結果として、広義の意味ではアニメになりますが、企画としてはアニメとは異なるベクトルから出発しています。アニメもマンガから派生した視聴体験となりますが、再びマンガという地点に立ち返り、そこからスタートしてマンガの新しい読者体験を作っていく、というのが、今回の企画の大きな狙いです。映画の新しい視聴体験として4Dシアターというのがありますが、あれは遊園地のジェットコースターなどリアル体験の劣化版ではなく、映画のリッチ版ですよね。それと同じで、ムービングコミックはアニメの劣化版としてではなく、コマ割りマンガの新しい読者体験として、認識してもらえるとうれしいです」と語ります。

 

また、「ひとつのプラットフォームでさまざまな体験をしてほしい、という狙いもありました」と福留氏。「マンガがあり、アニメがあり、ムービングコミックがある。新しい何かが見つかるアプリとしてGANMA!を特徴づけたかったんです」。

(c)方條ゆとり+望月菓子/COMICSMART INC.

 

原作に「人形峠」を選んだ理由は、「ムービングコミックは、動くだけでなく、音の力も楽しめる表現方法。音と相性がいいジャンルを、と考えたときにホラーだったから」とのこと。「『人形峠』は本格ホラーで、連載開始当初から人気がありましたし、話数も溜まっていました。今後の展開のことも考えると、最適な作品に思えたんです」。

 

実際、「人形峠」のムービングコミック化が決まったときのツイート(@ningyotoge_GAN)のリツイートと、それに伴うキャンペーンを告知するツイートのリツイート数も多く、人気の高さをうかがい知ることができた。

花澤香菜さんは原作者のイメージにもぴったり

ムービングコミックという新しい試みが成功した背景には、原作の人気だけでなく豪華声優陣を起用したことも理由のひとつとして挙げられるだろう。

 

福留氏は「マンガのリッチ版というポストを印象づけたかったため、キャストにはこだわりたかった」と解説する。

コミックスマート GANMA!編集部で「人形峠」担当編集の千葉夏紀氏は、「(登場人物の)『野々宮花恋』役には、ぜひとも花澤香菜さんを起用したかった」と語る。「野々宮花恋」は、決して可愛いとは言いがたいインパクトのある容姿ながら、その独特のキャラクター性でGANMA!全体のキャラクター投票で常に上位にいるユニークな存在。「野々宮さんを『まさかこの人が!?』という役者さんが演じたらきっと人気が出るし、おもしろい! と思ったんです」と、その理由を説明する。

 

「ただ野々宮さんの登場は途中話数からということもあり、メインヒロインの支倉宵子役も花澤さんにお願いすることになりました。こちらの役は花澤さんのイメージ通りで、原作を読んだとき、はじめから彼女の声でセリフが再生されていました。驚いたことに、キャストが決まってから方條(ゆとり)先生に伝えたら、『わたしも花澤さんの声をイメージして描いていたんです』と言われて……(筆者注:順番としては野々宮さん役でのオファーが先だったそうです)。ムービングコミックを視聴してくださった方たちからも、『イメージにぴったり』という感想をいただきましたし、原作者の思いが伝わったんだなぁと、少しびっくりしました」(千葉氏)

 

アフレコ時には、花澤さんが実際に2役を演じる際の役の切り替えの早さや、マイクの前で繰り広げられる迫真の演技により、感じる恐怖が限界点を超え、アフレコの様子をガラス越しに見ながらつい笑ってしまったという福留氏と千葉氏。アフレコの様子はGANMA!アプリ内でもレポートされているので、ぜひ読んでみてほしい。

↑原作者もアフレコ収録現場を見学。その1コマ。(c)方條ゆとり+望月菓子/COMICSMART INC.

 

コンパクトさを生かし、新しいことにチャレンジ

コミックスマート内で「ムービングコミックを作ろう」という企画が決まってから配信までにかかった時間は、わずか3か月。IP(知的財産権)と配信メディアを持っていること、動画制作部隊を別にして一社のみで完結していることが、そのスピードの秘訣だろう。

 

福留氏は「ムービングコミックやアニメーションを含め、コミックをより楽しんでもらえるような取り組みをこれからもしていきたい」と言う。その際の体制については「今回の制作体制に加え、従来の仕組み(委員会方式)のなかでもできることはあると思うので、こだわりを持たず、臨機応変にやっていきたい」と語った。

 

また、これにとどまらず、作品の新しい表現方法も模索していきたいという。上質の読書体験を読者に提供するコミックスマートの挑戦はまだまだ続くのだ。

↑会社ロゴの前で、「人形峠」台本を手にする福留氏と千葉氏。なお、現在GANMA!では、スマホアプリからアクセス可能な「人形峠MCイッキ見キャンペーン」を10月14日まで開催中とのこと