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2019/6/29 20:15

【ムー昭和オカルト回顧録】テレビとマンガが媒介した最恐怪談=「津の水難事故怪談」

「津の水難事故」は1963年に「女性自身」に掲載された生還者の手記をきっかけにして、衝撃的な怪談話として全国的に流布しはじめた。海からやってきた「防空頭巾姿の女」たちが女生徒を次々と海中に引きずり込んだ……というイメージはあまりに強烈で、ほかの怪談ではあまり見ることのできない「痛ましいリアリティ」とでもいうほかのない恐怖に満ちている。

「磯幽霊怪異変」が収録された『うしろの百太郎』KCスペシャル版3巻(つのだじろう・作/講談社/1983年)。雑誌掲載・初単行本化は70年代なかごろだった。

 

当然ながら、70年代のオカルトブーム期に大量に製作された「心霊特番」では毎年のように取りあげられ、例によっていくつものバージョンの「再現フィルム」がつくられた。また、子ども向けに刊行された多くのオカルト本にも「最恐怪談」として掲載されることになった。

 

近年もテレビ番組『奇跡体験!アンビリバボー』が取りあげているが、同番組は一応は「謎の水難事故の要因を探る」という姿勢で、予想外の海水の流れを検証しながら海の恐ろしさを解説する内容だった。実際に36名もの人命が失われた事故を毎年のようにネタにして、ホラー映画風の「再現フィルム」で見せていた70年代のオカルト番組のノリは、今から見ればあの時代ならではの配慮を欠いた「見世物感」まるだしの荒っぽいコンセプトだったと思う。

 

ただ、お盆の時期、というのはつまり「終戦記念日」前後に、戦争関連の怪談を、いつもとちょっと違った重く悲しいテイストで放映する……というパターンは、当時の心霊番組でよく見られた定番スタイルだ。戦死した肉親が現れるとか、聞こえるはずのない軍靴の行進の音が聞こえたとか、さらには東京大空襲の犠牲になった母子の霊の話などである。

 

こうした「戦争怪談」特集は、製作側の意図がどこにあったのかはともかく、通常のオカルト番組よりさらに偽善的でより悪質……という見方も可能ではあるが、当時小学生としてこれらを見ていた僕らにとって、一種の「戦争哀歌」の亜種としても機能していたと思う。僕らの親世代が体験した戦争について、日頃はマジメに考えてみる機会などさしてないが、このオカルト版「戦争哀歌」に接するときは、やはり少しかしこまって、襟元を正すような感じがあった。小学校で押し付けられる「反戦物語」などに対しては「またかよ!知らねーよ!」とヘソを曲げたりする僕らも、「戦争怪談」には一定の畏怖を覚えていたような気がする。

 

怪談で培われる「戦争観」などにはまったく意味はないかもしれないが、「戦争なんて知らねーよ」と、高度成長期以降の子ども文化のなかでアレコレをひたすら消費することに夢中になっていた僕らに、少なくとも一瞬だけでも「冷や水」を浴びせるような効果はあったと思う。毎年8月15日あたりに放映される「戦争怪談」特集は、俗悪であることに変わりはないが、なにかしらそういう機能を持つものでもあった。そして「津の水難事故怪談」も、そうした重すぎる「戦争哀歌」の最もハードなパターンとして、僕ら当時の子どもたちの心を打ったのだと思う。防空頭巾をかぶった空襲の犠牲者、しかも女性の戦死者だけが、戦後日本の高度成長期を謳歌する少女たちを理由もなく襲う……。この筋立てには、オカルト的恐怖とは別の迫真性がある。

 

ブレイクはまたも『うしろの百太郎』から

しかし、僕ら世代に「津の水難事故怪談」を広く知らしめたのは、テレビの「心霊特番」ではない。最初のブレイクのきっかけを作ったのは、「コックリさん」の普及にも大貢献(?)したことでも知られ、このコラムでも何度も触れてきた心霊マンガ、つのだじろう作『うしろの百太郎』なのである。「また百太郎かよ!」という感じだが、この作品は本当に70年代っ子たちに絶大な影響力を持っていたのだ。これを読んで「津の水難事故怪談」を初めて知った子も多かったはずだし、僕はテレビや本などで概要はすでに知ってはいたが、それでもつのだ氏特有の陰鬱なタッチで描かれる「防空頭巾の女」たちは衝撃的だった。該当エピソードはすでに僕らの時代には単行本になっていたが、クラス内で男子にも女子にも長期に渡って回し読みされ、誰もが「マ、マ、マジ怖いっ!」とおののいていた。

 

該当エピソードは第7章にあたる「磯幽霊怪異変」。主人公「一太郎」が少女の心霊に海中へ引きずり込まれて死んでしまう……という、けっこうハードな展開のエピソードである(まあ、「一太郎」くんはその後もしょっちゅう死んだり生き返ったりしているが)。

 

タイトルの「磯幽霊」とは、国内の多くの港町に伝わる古典的な心霊譚。沖に浮かぶ船に柄杓で水を入れて沈没させてしまう幽霊にまつわる話だ。懐かしのTVアニメ『日本昔ばなし』で取りあげられたことを覚えている人も多いだろう。本エピソードでは、「磯幽霊」をはじめとしてさまざまな海の幽霊について語られるが、そのなかで「一太郎」の父である心霊博士が「海の幽霊が実在する確証」として重々しく披露するのが、「津の水難事故怪談」の顛末なのである。現実に起こった怪事件を新聞記事や写真を引用しながらリアルに解説するのが『うしろの百太郎』の特徴だったが、この「津の水難事故怪談」についても、当時の新聞記事や前回の本コラムで紹介した1963年の「女性自身」の手記などを引用元にしながら、非常に詳細・具体的に語られる。小学生としては、その圧倒的な現実感というか、「本当に起こったことなんだっ!」という迫力に満ちた「実録感」に打ちのめされてしまった。これを読んでからの数年間は、海水浴場で泳ぐ際、自分の足元の暗い海中が妙に気になるようになってしまったのだ。

 

ちなみに、実は「津の水難事故」は『うしろの百太郎』よりも先に少女マンガが取りあげている。それが丘けい子・作『海をまもる36人の天使』だ。1967年に「週刊マーガレット」に掲載された作品だが、こちらにはまったく心霊の話は出てこない。当時としてはかなりジャーナリスティックな視点で構成された「実録社会派マンガ」であり、事故の経緯、原因究明調査のプロセスと頓挫、混乱を極めた裁判の様子などを描きながら、周囲やメディアから「事故を起こした張本人」のように扱われてしまった引率の先生の悲劇と、彼を支えようとする生徒たちの交流が描かれる。もちろん娯楽要素のある悲劇的な少女マンガとしての脚色は相応になされているが、当時の子どもたちに事故について考えさせるきっかけとなる作品としては非常に質が高く、こうした作品がごく普通に「マーガレット」に連載されていたことに改めて驚いてしまう。

 

さらに、これは子ども文化の話とは離れるが、「津の水難事故怪談」の「完成形」を提示したといわれているのが、松谷みよ子が80年代を通じて手がけていた『現代民話考』シリーズである。民俗学的な「伝承物語=フォークロア」収集を現代を舞台にしてやってみようという試みで、つまり我々同時代人たちの『遠野物語』を構築するという壮大な仕事である。僕も刊行時は夢中で読んだが、時代と社会の根底にある「見えない物語世界」が徐々に浮きあがってくるような独特のスリルを持つシリーズだった。残念ながら90年代に入ると、単に「日本における都市伝説研究のさきがけ」みたいな浅薄な評価で語られるようになってしまったが、松谷氏が目指していたのは本来そういうことではまったくない……という話をしていると長くなるのでやめておくが、この『現代民話考』の5巻「あの世へ行った話・死の話・生まれかわり」に、「津の水難事故怪談」が採取されている。事故から約30年間、地元で語り継がれ、シンプルに「物語化」(つまり完全な「怪談化」)された説話が掲載されており、そっけないほどコンパクトでありながら、すべての要素がギュッと詰まった語り口が、この怪談の「完成形」「最終形」とされる由縁である。

 

次回は、お世話になっている「ムー」本誌に掲載された5年前の「衝撃の記事!」を紹介しつつ、この「津の水難事故怪談」をまったく別の観点から眺めてみたい。

左:『海をまもる36人の天使』(丘けい子・作/1968年/集英社)、右:松谷みよ子『現代民話考5 あの世へ行った話・死の話・生まれ変わり』(松谷みよ子・著/2003年/筑摩書房)。『海をまもる36人の天使』は1967年10月から11月にかけて『週刊マーガレット』に連載された。『現代民話考』は1986年に立風書房より刊行され、その後ちくま文庫で文庫化された。

 

初見健一「昭和こどもオカルト回顧録」

◆第33回 あの夏、穏やかな海水浴場で何が?「津の水難事故怪談」

◆第32回 「小坪トンネル」は本当に「ヤバい」のか?

◆第31回 「小坪トンネル怪談」再現ドラマの衝撃

◆第30回 70年代っ子たちと『恐怖の心霊写真集』

◆第29回 1974年『恐怖の心霊写真集』の衝撃

◆第28回 「コティングリー妖精写真」に宿る「不安」

◆第27回 コティングリー妖精写真と70年代の心霊写真ブーム

◆第26回 ホラー映画に登場した「悪魔の風」

◆第25回 人間を殺人鬼に変える「悪魔の風」?

◆第24回 「幸運の手紙/不幸の手紙」の時代背景

◆第23回 「不幸」の起源となった「幸運の手紙」

◆第22回 「不幸の手紙」のはじまり

◆第21回 「不幸の手紙」…小学校を襲った「不安の連鎖」

◆第20回 80年代釣りブームと「ツチノコ」

◆第19回 70年代「ツチノコ」ブーム

◆第18回 日本産ミイラ「即身仏」の衝撃

◆第17回 1960年代の「古代エジプト」ブーム

◆第16回 ユニバーサルなモンスター「ミイラ男」の恐怖

◆第15回 昭和の「ミイラ」ブームの根源的な謎

◆第14回 ファンシーな80年代への移行期に登場した「脱法コックリさん」

◆第13回 無害で安全な降霊術? キューピッドさんの謎

◆第12回 エンゼルさん、キューピッドさん、星の王子さま……「脱法コックリさん」の顛末

◆第11回 爆発的ブームとなった「コックリさん」

◆第10回 異才シェイヴァーの見たレムリアとアトランティスの夢

◆第9回 地底人の「恐怖」の源泉「シェイヴァー・ミステリー」

◆第8回 ノンフィクション「地球空洞説」の系譜

◆第7回 ウルトラマンからスノーデンへ!忍び寄る「地底」世界

◆第6回 謎のオカルトグッズ「ミステリーファインダー」

◆第5回 東村山水道局の「ダウジング事件」

◆第4回 僕らのオカルト感性を覚醒させた「ダウジング」

◆第3回 70年代「こどもオカルト」の源流をめぐって

◆第2回 消えてしまった僕らの四次元2

◆第1回 消えてしまった僕らの四次元1

 

関連リンク

初見健一「東京レトロスペクティブ」

 

文=初見健一

 

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