家電
2020/3/17 19:30

「失われたプラズマテレビ」の技術が生きていた! パナが参入した「真空断熱ガラス」の背景に胸が熱くなる

液晶事業の撤退、半導体事業の売却と、昨年は寂しいニュースが流れたパナソニック。日本で唯一残った総合家電メーカーはどこに行ってしまうのかと寂しい気持ちになりましたが、そんな撤退事業の中から形を変えて製品が登場し、収益事業として立ち上がりつつあるものが出ています。それは、2014年に撤退したプラズマディスプレイパネル(PDP)の技術を継承した真空断熱ガラス。今年1月にアメリカで開催されたコンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)でお披露目された後、欧米から多くの引き合いが来ているとのこと。過去PDPの開発に従事し、現在は真空断熱ガラスの開発を担当しているパナソニック・ライフソリューションズ社のお二人に開発の経緯などをおうかがいしました。

↑CESでお披露目された真空断熱ガラス

 

撤退したプラズマディスプレイの技術を活用し、真空断熱ガラスを開発

一般的な断熱ガラスは2枚ないしは3枚のガラスを重ね、間にアルゴンガスなどのガス層または空気層を設けて密封しています。日本の場合、最近の新築住宅はほぼ100%がこのタイプの複層ガラスが導入されていますが、20年以上前の既築住宅は1枚ガラス窓が多く、断熱ガラス窓は新築・リフォームともにまだ大きなニーズを有しています。日本だけでなく海外でも需要が高く、高断熱ガラス市場は全世界で約1兆円、毎年7-8%の成長を続けていると見られています。特に、環境規制がシビアな欧米では、住宅だけでなく店舗やオフィスビルへの導入需要が高まっています。

 

この断熱ガラスの将来性に着目し、パナソニック・ライフソリューションズ社は2017年に真空断熱ガラスを開発。2019年4月からガラスメーカーのAGCと協業して欧州住宅市場に参入しました。

 

「プラズマディスプレイパネルは2枚のガラスの間を真空にすることに加え、発光体の発光効率を高めるためにキセノンガスなどの希ガスを注入したり、2枚のガラスがくっつかないようにするリブを設けたり、外気の侵入を阻止するための封着材を使ったりするなど、真空断熱ガラスとほとんど同じ技術で作られていました。むしろ、プラズマディスプレイが上位互換で、その製造設備がそのまま真空断熱ガラスの生産に使えるのです」と、ハウジングシステム事業部 建築システムBU 新建材事業推進部の木村 猛部長は説明します。

 

「当時、プラズマディスプレイの開発が終焉を迎える中、ある日、自宅近くのホームセンターで真空断熱ガラス窓が売られているのを見て、ほとんど同じ技術で作られているのに販売価格が高いことに驚きました。これは、これまでの技術が活かせるのではないか……? と。当時はまだプラズマの生産が続いていたので私の提案はすぐには採用されませんでしたが、経営陣に粘り強く提案し続け、それが実って発売に漕ぎ着けることができたのです」

↑パナソニック・ライフソリューションズ社の木村 猛部長

 

1枚ガラス並みの厚さで断熱性が3枚ガラス並み、しかも3枚ガラスより軽い

一般的な2枚ガラスは間にガス層を設けるため18mmの厚みとなり、熱貫流率(U値:数値が低いほど熱を通さない)は1.2~4.3W/㎡・K。また3枚ガラスは厚みが33mmにもなるものの熱貫流率は0.8W/㎡・Kと低くなります。対してパナソニックの真空断熱ガラスは6mmの薄さで熱貫流率が0.7および0.9W/㎡・Kとなります。「1枚ガラス並みの厚さで断熱性が3枚ガラス並み、しかも重量も3枚ガラスに比べると軽い。これが、PDPの技術を転用した結果」(木村部長)とのこと。

↑パナソニックの真空断熱ガラス(イラスト右)の断熱性能は高性能トリプルガラス(イラスト左)と同等以上。1枚ガラス並みの薄さで3枚ガラス並みの断熱性を誇る

 

↑水槽に氷水を入れて水槽の外側の表面温度を測るデモ。右は一般的な厚さの1枚ガラスで、左がパナソニックの真空断熱ガラス。厚さはどちらも6mm

 

↑パナソニックの真空断熱ガラスの表面温度は19.9℃(左)と室温(21.7℃)と大きく変わらない。一般的なガラスは表面温度が4.1℃まで下がっている(右)

 

PDPのマザーガラス多面取り技術を使い、空気を抜く孔をなくした

ではどこにPDPの技術が使われているのでしょうか。具体的に見ていきましょう。「PDPの技術転用により、ガラスに真空引きするための排気孔を無くすことができました」とハウジングシステム事業部 建築システムBU 新建材事業推進部 基盤技術開発課の瓜生英一課長は説明します。他社の真空断熱ガラスは、あらかじめガラスを商品サイズに切ってから真空引き(空気を抜きとる作業)をするため、ガラス1枚1枚に真空排気孔が開けられています。「排気孔を塞ぐ封止材はどうしても目立ってしまい見た目が悪い。孔のないきれいな断熱ガラスが欲しいというニーズがあり、PDPの製造技術がある当社だからこそ、そのニーズに応えられたのです」(木村部長)。

↑瓜生英一課長

 

その方法について瓜生課長は「当社のPDPの工場では、大きなマザーガラスから複数のディスプレイを切り抜く多面取り工法を採用していました。それを真空断熱ガラスに応用したんです」と語ります。具体的には、マザーガラスの切り出しサイズごとに一部隙間が空いたシールを入れ、1か所から空気を抜いた後に隙間を閉じ、2枚のガラスを同時切断するという方法(※)を採用。これにより、排気孔跡のない美しいガラスが実現できたというわけです。

※多面取りはPDP由来の技術ですが、2枚同時に真空引き・切り離しする技術は真空断熱ガラスのために開発したものです

↑PDP由来の多面取り工法により、真空排気孔を無くすことができました。なお、真空排気孔のある部分は廃棄します

 

2枚のガラスの四辺を貼り合わせる封着材もPDP由来です。中の真空層を守るために外気の流入を防ぐ封着材は鉛を入れることで接着時の温度調整がしやすく、生産性が高まるのですが、鉛は健康被害があるためEUではその使用が規制されています。その点、パナソニックではPDPを生産中にいち早く鉛を使用しない素材を開発して封着材に使用しており、今回、その技術が断熱ガラスにも活用されているのです。

↑封着材にはPDPで実績のあった鉛フリー素材を使用しています

 

冷凍冷蔵庫などでニーズがある強化ガラス仕様もラインナップ

薄い・軽い・断熱性が高いという特徴を引っさげ、パナソニックは昨年4月から欧州で生産を開始。協業パートナーであるAGCが「Fineo」ブランドで販売をスタートし好調に受注を重ねていますが、このほど、パナソニックも「Glavenir(グラベニール)」という自社ブランド名で販売を開始しました。

 

自社ブランドの確立に合わせて、バリエーションも増やしています。その1つが強化ガラス仕様(※)。先述の真空断熱ガラス(フロートガラス仕様)の4倍の強度があり、割れても大きな破片が飛散せず、粒状になって崩れ落ちるため安全性が高いのが特徴。

※強化ガラス仕様の場合、ガラスを切断することはできず、一枚一枚製造してから真空引きするため、真空排気孔が残ります

 

こちらは、主に業務用冷凍冷蔵庫やビルの窓ガラスとしてニーズが高い製品です。欧米でのニーズについて、瓜生課長は以下のように説明してくれました。

 

「欧米のスーパーでは大きなカートで買い物をする店が多いのですが、スーパーの冷凍冷蔵庫に買い物客のカートが衝突することがあり、一般的なガラスでは衝撃で割れてしまう危険性があります。一方で、1枚の強化ガラスでは断熱性が低いため冷気が逃げてしまい、電気代が高くつくデメリットがありました。真空断熱強化ガラスならばこれらのニーズに応えられるため、開発要望が高かったのです。欧米の大型スーパーではウォークインの大型冷凍冷蔵室を備えている店もあり、その自動ドアとしてもニーズがあります」

 

このほか、ビルの窓は台風時の風圧や地震時の耐久性から、強化ガラスの需要があるといいます。

↑強化ガラス仕様は真空引きのための排気孔が残るものの、ガラス強度も断熱性も上がります

 

↑パナソニックの完全子会社である米国の冷凍・冷蔵ショーケースメーカー、ハスマン社のスーパー、コンビニ向け製品には既に同社製の真空断熱ガラスが採用されています。他社からの引き合いも多いため、今後は積極的に外販していく考え

 

ガラスの間のピラー(支え棒)にヒミツの独自素材を採用

強化ガラスの熱貫流率は0.49/0.58W/㎡・Kとさらに断熱性が高いのも特徴。ただし、真空断熱ガラスの場合、間が真空になっているので、何もしないとガラス外側の大気圧に押されて2枚のガラスがくっついてしまいます。それを防ぐためにガラスの間にはピラーと呼ばれる支え棒が多数配置されています。このピラー、2枚のガラスに接しているため、ここから熱が伝わり断熱性を下げる要因でもあります。となると、断熱性を損なわないためにピラーはなるべく小さく少ないほうが良いのですが、小さすぎるとガラスを突き破ってしまうし、数を減らすと大気圧に耐えられず2枚のガラスがくっついてしまう……という課題を抱えているのです。

↑従来の真空断熱ガラスはよく見るとピラーの黒点が整列しているのが分かります

 

他社はピラーの素材にアルミやセラミックを採用していますが、パナソニックでは「低熱伝導性と高耐圧、高強度を保持する独自素材を開発しました。それが何かはヒミツ」(瓜生課長)。このピラーの性能に加え、強化ガラスの場合、ガラスの強度自体が高いためピラーの数を減らすことができ、さらに断熱性がアップしたのです。

 

景観を重視する欧州では、透明ピラー仕様に期待が掛かる

もうひとつの特徴が、透明ピラー仕様。先述のピラーは従来、使用している素材の都合上、黒色になっています。そのため、よく見ると黒い斑点が多数並んでおり、景観を気にする顧客からは不評でした。そこでパナソニックでは透明ピラーを開発することに成功、製品化に漕ぎ着けることができたのです。

↑透明ピラーを採用した製品。よく見ると薄く斑点が見えますが、ぱっと見ではほぼわかりません

 

欧州の都市部は住宅街でもオフィス街でも歴史的建造物が多く、中古物件が活発に取り引きされています。歴史的建造物の場合、新品のアルミサッシではなく、景観を保存するために既存の窓枠をそのまま使用したいというニーズが強いため、厚みのある従来の複層ガラスは使用することができませんでした。

 

その点、パナソニックの真空断熱ガラスは厚みが6mmなので既存の1枚ガラスの窓枠に組み込むことができるため、省エネ意識の高い欧州市場では注目されているのですが、課題となっていたのが有色ピラーの存在。しかし今回、透明ピラーを開発できたことで、真空排気孔がない点と併せて、景観を重視する欧州市場にマッチするのでは? と期待されているのです。なお、強化ガラスは2020年度の上期中に、透明ピラー仕様は2020年度内に市場投入できる見込み。

↑グラベニールのラインナップと仕様。透明ピラーの製品(表右)は排気孔がなく、通常のフロートガラス仕様と同様の厚さ、断熱性を維持しています

 

真空断熱ガラスに未来への希望とロマンを感じた

冒頭でも触れましたが、パナソニックは1月のCESに製品を展示しました。展示したのは、真空ガラス窓に有機ELディスプレイを組み込んだもの。有機ELディスプレイは熱に弱いため屋外での使用に向きませんが、真空断熱ガラスの中に組み込むことで太陽熱の影響を受けずに済む、という技術アピールです。将来的に、通りに面した店舗のショーウインドウに色鮮やかな映像を流すことができるようになるのです。

↑今年1月のCESでは、真空断熱ガラスと有機ELディスプレイを合体させた未来のサイネージを展示しました

 

グラベニールは1枚の最大サイズが2540×1600mm、網入りガラスがないなど、まだラインナップが少なく住宅1棟すべてを賄えないため、現状では国内一般住宅市場への参入が難しい状況です。そのため、より断熱窓のニーズが高い欧米から事業をスタートしていますが、徐々にバリエーションを増やして将来的には一般住宅市場にも参入していく考え。6mm厚のグラベニールは汎用性が高く、1枚ガラスのサッシにも2枚ガラスのサッシにも取り付けられるため、新築・リフォーム両方の市場を狙えると期待されています。

 

グラベニールは断熱性の高さも魅力ですが、その背景にあるストーリーも魅力。かつてAVファンに人気だったパナソニックのプラズマディスプレイの技術が自宅の窓で生き続けるなんて、なんだか胸が熱くなりますよね。ぜひ国内市場にも早く普及してほしいものです。