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掃除機
2021/7/6 19:10

「向いている」と言われて始めてみたら…バルミューダのクリーナー開発者「挑戦者ゆえの大きな苦労」と「ダブルブラシの新市場」を語る

バルミューダが2020年の11月に発売したホバー式クリーナー「BALMUDA The Cleaner」(バルミューダ ザ・クリーナー 直販価格税込5万9400円)は、独自の「ホバーテクノロジー」による浮いているような操作感と360°全方向に動かせる自在な動きで注目を浴びました。

↑BALMUDA The Cleaner。ホワイト(左)とブラック(右)のカラバリがあります。サイズは幅300×奥行165×高さ1240mm、質量は約3.1kg(フィルター含む)。運転時間は標準モード30分、強モード10分、充電時間は約4時間

 

さらに今年4月にはダイソンが同様のコンセプトの製品を日本でも発売し、再度話題に上っています。そこで今回、「BALMUDA The Cleaner」開発のキーマンであるプロダクトデザインチームの比嘉一真さんに改めて開発の現場で起こっていたことを、プロダクトマーケティングチームの原賀健史さんに今後の方針をうかがいました。

↑クリエイティブ部プロダクトデザインチームの比嘉一真さん(左)とマーケティング部プロダクトマーケティングチームの原賀健史さん(右)にお話をうかがいました

 

「掃除機の開発に向いている」と言われてその気になった

――まずは、「BALMUDA The Cleaner」開発の最初のきっかけを教えて下さい。

 

比嘉 最初は代表の寺尾からの発案でした。ランチのときに会社の近くの蕎麦店に連れて行かれて、「掃除機をやるから。(開発は)比嘉、行けるんじゃないか? 向いていると思うよ」といきなり言われました。驚きましたが、「向いている」と言われてやる気になりましたね(笑)。

 

――根幹技術のホバーテクノロジーは、すぐに思いついたんでしょうか?

 

比嘉 そうですね。早い段階で原案はできています。とはいえ、私自身は、生まれて何十年も使っている掃除機の固定概念があって、その範囲以上のものが考えられませんでした。しかし、寺尾が「掃除はもっと自由であるべきじゃないかな。いまの掃除機はひたすら前後にしか動かせないけど、掃除機の原点であるほうきは前後左右自由に動かせる。手元に重心があるわけでもない」と、新製品の基本的な概念、進むべき方向性を示してくれました。それをヒントに、その日のうちに何枚かラフデザインを書き上げて翌日に寺尾のところに持っていき、「試作まで進めていいですか?」と聞いたらOKを頂いたんです。

 

――おお、行動が早い!

 

比嘉 勢いが大事ですから(笑)。

↑開発当初のラフデザイン。ジョイント部が自在に動き、2本のブラシでスティックの軸に電源スイッチがあるなど、この時点ですでにBALMUDA The Cleanerの原型ができていたのがわかります。右下のスケッチのように、当初はダブルブラシのうち、カーペット用のブラシとフローリング用のブラシを分けることを想定していました(現行製品は2本とも同一のブラシを使用)

 

初期段階で浮遊感のある操作は実現していた

比嘉 実は、「前後左右に自由に動かすには軸はセンターがマスト」とは最初から考えていました。従来の掃除機は軸が後ろにあり、自走式ローラーヘッドによって引っ張られて前に進みますが、前に進む動作のときにゴミはあまり吸い込まず、後ろに引く時にゴミを吸い込みます。しかし、ローラーヘッドの前への推進力は、後ろに引く動作の時に負荷になり、腕への負担が強くなるんです。

 

――確かに、前に進む力に逆らう形になりますね。

 

比嘉 ええ。そこで、当初から「逆向きに回転する自走式ブラシをもう1本搭載すれば、前後に引っ張り合う力が打ち消し合い、力をかけなくてもスーッと動くのではないか?」という仮説を立てていたんです。その仮説を検証するために、市販の掃除機を2台買ってきて、2つのヘッドをつなげて試作してみたんです。すると思った通り、ホバークラフトのように浮いたような感覚になって、軽い力で前後左右、自由自在に動かすことができたんです。

↑BALMUDA The Cleanerはデュアルブラシ(2つのブラシ)をそれぞれ内側に回転させ、床面との摩擦を減らしています

 

やればやるほど課題が出た

――なるほど、初期段階でアイデアは出ていたんですね。とはいえ、蕎麦店での最初の打ち合わせが2018年末で、発売が2020年11月……。開発に2年近くがかかっています。

 

比嘉 そうですね。クリーナーの場合は、吸引性能を引き出すのに時間がかかりました。先ほどの2本のブラシをつけた初期の試作品は吸引機構を持っておらず、ただ動くだけのもの。ホバーテクノロジーを実現したはいいが、そこから掃除機として「吸う」という本来の性能を追求しなければならなかったんです。吸引することでせっかくの浮いた感触が失われ、逆に床に張り付いてしまっては意味がない……。ここからは検証、検証の毎日でした。

 

――素人目に見ると、ヘッドに穴が空いていて、そこから単純に吸い込んでいるように見えますが……。

 

比嘉 実は、しっかり吸うにはさまざまな部分のバランスを取らなければなりません。先行のメーカーさんには、その点、独自のノウハウがある。しかし、我々はイチから始めましたから、最初の試作機は全く吸い込みませんでした。一般的な掃除機に比べて開口部が広いので、吸引効率が悪くて重いゴミや大きいゴミなどを吸うことができず……一般的な掃除機のレベルになかなか到達しなかったんです。さらに、2つのローラーの回転速度が少しでもズレると、浮いた感覚が失われたり、ヘッドのバランスが崩れてヘッド自体が回転してあまり吸わなくなったり。やればやるほど課題が出てくる状態でした。

↑ちなみに、開発時の苦労を語ってくれた比嘉さん(左)と広報の鈴木 聡さん(右)は、10年前は扇風機の修理ばかりしていたそう。「まさか掃除機や携帯電話を作ることになるなんて……」と感慨深げでした

 

吸引力と浮遊感のバランスを取りながら、手探りで開発を進める

――なるほど。吸引するにはモーターのパワーを高めるだけではダメなのですね。

 

比嘉 そうなんです。まず、ある程度ヘッドを床に密着させないと吸引しないのですが、ヘッド面を床に近づけすぎるとゴミは吸う一方で、浮遊感が無くなって床に張り付いてしまう。かといって、ブラシ部分だけを接地すると、浮遊感は上がりますが開口部分が広すぎてゴミを吸わない……。というわけで、各パーツのそれぞれのバランス、組み合わせを検証したんです。ローラーブラシの毛の長さ、ローラーブラシの両側に付いている硬いブラシの高さ、四辺にある固定ブラシの高さ、ヘッドを支える3つのキャスターの高さ、ヘッド中央の固定ブラシの長さ……これらを最適なバランスで組み合わせて、浮遊感と吸引力を両立できるポイントを見つけるのが難しかった。この検証には時間がかかりましたね。

 

――吸引口を中央ではなく、ローラーブラシ側に2か所空けているのも意味があるのですか?

↑吸引口はブラシの内側に設置(反対側のブラシも同様)

 

比嘉 はい。中央に吸引口をつけると、開口部が広すぎて吸わなくなるんです。それに、実は、ゴミは真上から吸っても持ち上がりません。水平に移動させてから引っ張り上げたほうが吸うんです。それもいろいろと試した結果わかったこと。こうした小さな積み重ねの毎日でした。試作品ごとに複数の社員に何度も使ってもらいました。「キャスターの滑りを改善したほうがよい」などの細かな意見をフィードバックして、量産直前まで改善に改善を重ねていったんです。

 

――ちなみに、使ってみた感触ではフローリングだけでなくカーペットでもゴミがしっかり取れる印象でした。これはモーターの力やサイクロン機構によるものですか?

 

比嘉 それよりもブラシの性能が大きいですね。実は、ゴミを吸う力は吸引力が3割、ブラシの力が7割と言われていて、ゴミをブラシで浮かしてしまえば、吸引力はそれほど必要ありません。そのため、ブラシの毛の素材、長さもさまざまな検証を重ねました。特にカーペットは毛の奥に入り込んだゴミを掻き出す必要がある。加えて、ホバー性能も大きく損ないたくはないので、ブラシの毛の素材や長さにはかなりこだわりました。その結果、フローリングよりはホバー性能は落ちますが、カーペットに張り付くことなく、しっかりゴミを掻き取れるブラシができたと思っています。

↑長さと硬さの異なる2種類の繊維を使用したブラシ。加えて、帯電防止用の繊維も織り込まれています

 

デザイン面ではほうきのような自然なたたずまいを追求

――デザインもバルミューダらしく、ミニマルで美しいですよね。どのような部分にこだわったんですか?

 

比嘉 デザイン面で追求したかったのが、自然なたたずまい。人が手に持ちやすい、使いやすい形であるべきという制約があるなかで、ほうきのように自然に部屋に溶け込むシンプルなデザインを目指しました。そのために、リビング内で悪目立ちしないよう無駄を削ぎ落としたシンプルなフォルム、モノトーンのカラーとし、表面には汚れが落ちやすく傷が目立たないシボ加工を施すなど、細部まで気を使いました。

↑本体表面は、目に見えないほどの小さな凹凸が刻み込まれたシボ加工が施されています。ホコリが付きにくく、マットな質感となることも魅力

 

――充電スタンドにもかなりこだわりがあるようですね。

 

比嘉 はい。目立たないように必要最低限の大きさとし、機能もシンプルにしています。充電スタンドに立てたとき、壁側に持たれかけるように斜めに傾けたのもこだわりのひとつ。自然で美しいたたずまいを意識した結果ですね。

↑充電スタンド収納時。絶妙な傾きが美しいたたずまいに貢献します

 

↑余分なコードがはみ出ないよう、充電スタンド裏にコード巻取り機構を搭載。コンセント周りがスッキリ見えます

 

ダイソンには同じ開発姿勢を感じる

↑ダブルブラシを搭載するDyson Omni-glide。BALMUDA The Cleanerと同様、自在に動くジョイント部を持ち、ヘッドの底部にキャスターホイールを配置することで、全方向へスライドさせることができます

 

――2年の開発期間を経て、BALMUDA The Cleanerは2020年の11月に発売されるわけですが、それ以前の2020年7月、ダイソンは、同じ様にダブルブラシを持つ製品「Dyson Omni-glide(ダイソン オムニグライド)」を韓国で発売しています(日本での発売は2021年の4月)。これについて、どのように感じましたか?

 

比嘉 私としては、「これまでにない素晴らしい体験を世界で初めて提供する」という思いで必死で開発してきたので、韓国で発表されたという事を聞いた時は驚きました。しかし、世界No.1のクリーナーメーカーがスペックのアップデートだけではなく、常に新しい価値を追求している姿を改めて感じました。自分が開発していたこともあり、この1台を世に送り出すということは、掃除の時間・体験を良いものにしようという似たような開発姿勢があったのかなと思います。また、似てはいますが実際のメッセージは違うので、バルミューダは変わらず‟掃除の時間をよりよくする”という体験を押し出すことに迷いはありませんでした。

 

――ちなみに、ダイソンのオムニグライドは「フローリング専用」を謳っているので、カーペットでの使用は想定していないようです。また、BALMUDA The Cleanerのような浮遊感は感じなかったですね。

 

比嘉 バルミューダも一番得意なのはフローリングです。独自の浮遊感を一番感じていただけるのではないかなと。一方で、カーペットの上では毛足によってヘッドが転ぶこともなく、低重心のヘッドが活躍するでしょう。

 

――マーケティングご担当の原賀さんはいかがでしょうか?

 

原賀 市場ではスティッククリーナーが主流の中、「自由自在に動く掃除機」として、一つのカテゴリとして認識いただけたと思います。バルミューダは扇風機で「DC扇風機」、トースターで「スチームトースター」というカテゴリを作りました。実は今回、BALMUDA The Cleanerでも同様に市場のカテゴリを作ることも目指していたため、同様のコンセプトの製品が出ることで、お客様にも「こういう選択肢もあるんだ」と感じていただけたのではないかなと思います。今回、掃除機を担当して研究しましたが、各社それぞれいいところがあると思います。もちろん、僕はこれ(BALMUDA The Cleaner)が一番好きですが(笑)。

 

今後もクリーナーはラインナップの拡充や製品の改良を行う

――原賀さんがおっしゃるように、「BALMUDA The Cleaner」は2本のブラシを持つ掃除機の市場を作り出す可能性がありますよね。御社は高級扇風機や高級トースターの市場を作った例もありますし。

↑高級扇風機市場を創出したバルミューダ初期の代表作「The GreenFan」(写真は2021年モデル)。3万円台と高額ながら「自然に近いやさしい風」が体験できると話題を呼び、大ヒットとなりました

 

原賀 そうですね。特に、これまで積極的に掃除をしていなかった方に対して訴求するパワーは大きいかと。寺尾が試作機を家に持って帰って使ったところ、「掃除が楽しいんだよ」と言っていました。また、体験会や量販店の店頭でお客様が初めて手に取って使ったとき、みなさん、必ず驚きの表情をされるんです。その意味で、「BALMUDA The Cleaner」は新しい体験のもと、掃除に対する意識を変えることができると自負しています。ただ、一方で購入者アンケートやユーザーレビューを見ると、必ずしも良さが伝わってきているわけではありません。多くの人に素晴らしい体験をしてもらうためには、もっと製品を磨き上げていかねばならないと思っています。

 

――ということは今後、クリーナーはラインナップを増やしたり、改良版を出すお考えなのですか? 御社はこれまで、一度発売した製品のメジャーアップデートは行ってきませんでしたが。

 

原賀 昨年の発表会でもお伝えしましたが、この1本で終わるつもりはありません。今回、コンセプトとしては良いものができたので、この方向性を堅持しつつ、もっと多くのユーザーに手にとってもらえるようより良い製品の開発に取り組んでいきます。

 

――今後も楽しみにしております。ありがとうございました!

 

バルミューダはこれまで、「五感に訴える家電」を標ぼうし、家電を単に家事を代行する機械ではなく、「人生に寄り添うもの=人生の一部」と考えてものづくりをしてきました。今回は、動かしたときまったく新たな感触=触覚を生むクリーナーを開発することで、ユーザーの人生を豊かにしようとしています。しかし、「新しい体験価値」とは「いままでにないもの」であるがゆえ、やっぱりその裏には想像を超える生みの苦しみがあったんですね。……とはいえ、ユーザーにしてみれば、だからこそバルミューダの家電は面白い。今後も同社の製品に期待していきましょう!