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2018/3/14 16:30

よく聞く「人間工学に基づいて」って具体的に何? 日本人間工学会に解説してもらった

「人間工学」の規格はあるが、使い方はまちまち

――これまでのお話をうかがっていると、「人間工学」とはつまり、「人が使いやすくするための概念」「そのための工夫」とも思えるのですが、それで良いのでしょうか?

 

山田 そうですね。それだけに限りませんが、そのような部分を聞いたことがあるのではないでしょうか。

 

――でも、そうなると主観でも良いこととなり、使いにくいものでも「うちなりの『人間工学』ですよ」と言い切ることも出来ます。そういったことを避けるために、「人間工学」には規格や基準が設けられているのでしょうか?

 

松田 JISで人間中心の設計のガイドラインがありますので、「人間工学」の規格はあります。ただ、この規格に沿っていなくても、「人間にとって使いやすい工夫をした」ということで、「人間工学」を謳っている例もあります。

どのような根拠で「人間工学」と謳っているのかについては、留意する必要があります。確かにより良い製品を作る、人間に優しい製品を作るという気持ちはあるのでしょうが、イメージだけで「人間工学」を謳っているものもあります。「人間工学」に基づく製品と謳う場合には、何らかの科学的な根拠に基づいてほしいと思っています。

 

山田 ただ、「人間工学」自体がとても幅広い考え方で、色んな分野の要素が入っています。例えば、工業製品の開発だけでなく、労働環境にまつわるマネジメントの面で、「働きやすい環境を作っていこう」というものも「人間工学」の考え方の一つなのです。

ですので、一口に「これです!」とも言い切れないことと、「こうしなければ『人間工学』とは言っていけない」ということもなく、まだまだ明確化されていない面もあります。我々研究者としては、ここが悩みの種です。科学的根拠に基づいた「人間工学」をもっと広め、きちんとしていこうと取り組みを行っています。

 

↑JISの人間工学のハンドブック。なかにはガイドラインや実例が沢山載っていました。この規格に沿った開発であれば、「人間工学」に基づいてると言えるでしょう

 

 

必ず開発データを持った製品のみがエントリーする「人間工学グッドプラクティスデータベース」

――日本人間工学会では、「人間工学グッドプラクティスデータベース」というものがありますね。

 

松田 日本人間工学会が認定する人間工学専門家が推薦人となり、「人間工学」とその研究成果を取り入れた製品をエントリーしていただき、一定の審査を経て、データベースに掲載しています。現在、デザイン部門、グッドプラクティス部門、ガイドライン部門、伝統品部門と4つの部門があります。

 

山田 データベースへの応募は自薦によるものですが、単にイメージとして「『人間工学』っぽく、こういう製品を作りました」というものは受け付けていなくて、基本的には、極力データを伴う製品や取り組みを対象にしています。

現在、ホームページに約100件の事例を掲載していますが、その多くが科学的なデータをもっています。

 

松田 年に1回、特に優秀な事例について、表彰を行っています。この表彰は、人間工学専門家100名が審査員となって行っています。

 

 

↑「人間工学グッドプラクティス」のデータベース。自転車や椅子といった身体に連動して使うものから、フライパンや樽生サーバーといった製品まで幅広くエントリーされています

 

 

親指でスマホを操作する動きは人類史上、あり得ないこと

――福祉用の工業製品があります。例えばお年寄りの方、身体の不自由な方向けのベッドとか。こういったものも「人間工学」の部類に当てはまるのでしょうか?

 

松田 ユニバーサルデザインという分野も「人間工学」とかなり近い領域です。福祉系、医療系の製品は「人間工学」を謳っているかどうかは別として、使いやすさやエラー防止について、綿密に考えられている製品が多いように思います。

 

山田 あとは、ファストフードの現場もそうですね。某ファーストフードチェーンでは、例えば人が立ったその位置にいるだけで、振り向いたときにどれだけの動きが取れるかを考え、それを元に作業台や食品を作る作業などを科学的に考えたと言われています。

 

――現代で言うと、スマートフォンに様々なことが集約されつつありますが、こういったスマホ時代に対して「人間工学」はどんな取り組みが考えられますか?

 

松田 スマートフォンは、人間工学の立場から見て、課題が多い機器の1つです。実はスマートフォンは、片手で持ち、もう片方の手で操作することを想定して作られています。それが、片手のみで操作する人が多く、ほとんどの操作を親指で行うような使われ方になっています。でも、よく考えてみると、親指でスマートフォンを操作するような動きって、これまでの人類の歴史ではあり得ないことなんです。機能上、親指はそういう動きに対応するようにはできていないのです。

もちろん、何回かやったくらいでは弊害は少ないでしょうが、長時間の動作によって、指が腱鞘炎になることもあります。姿勢の問題で言えば、ずっと、下を向いて操作をしており、その結果、いわゆるスマホ首(ストレートネック)になる人も増えています。あれも「人間工学」の観点から見ると、改善しなければいけないものだと思います。

 

山田 歩きスマホなどはアメリカの一部では罰金になっています。スマートフォンはこれからもっと「人間工学」の概念を取り入れるべきですし、それが課題だと思います。

 

↑日本人間工学会が発行する学会誌。なかにはスマートフォンやタブレットPCに関する「触覚」の研究結果も掲載されていました

 

 

「人間工学」は製品開発の初期段階から取り入れることは難しい!?

――最後に、「人間工学」が今後どのように広まり、どう進化していくべきだとお考えですか?

 

松田 「人間工学」は実学です。新たな技術を進化させていくだけでなく、同時に「もっと人間が使いやすくしましょう」という研究や努力が必要になりますので、開発に関わる方には、是非、知っていただきたい学問です。ただ、どうしてもメーカーさんにとっては製品開発の段階から「人間工学」を取り入れることが難しいというケースが多いようです。メーカーさんはできるだけ開発コストを下げたいわけですが、そこで優先されるものは、性能そのものであったり、見た目であったりすることが多く、「人間工学」の考え方は、プラスアルファ、後付けになりがち。でも、これは残念なことです。技術の進化と同様に、設計の初期段階から「人間工学」の概念をもっと取り入れていって欲しいと思います。

 

山田 そうですね。先ほども言ったように「人間工学」の規格はありますけれど、その概念、考え方は広いものです。

人間にとって本当に使いやすい製品の開発、「人間工学」の役割がもっと世の中に浸透していくことで、より豊かな製品が生まれていくのではないかと思っています。

 

↑アウトドア用のリュックについている胸で止めるベルト。「これも『人間工学』の概念が取り入れられている」と山田さん

 

広報委員のおふたりのお話を聞き、「人間工学」とは「製品の機能性だけでなく、それを使う人のことを、より考えていこう」ということがわかりました。科学と思想を合わせ持った奥が深い「人間工学」の世界。これからも注目していきましょう。

 

 

 

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