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2018/8/26 18:00

【今週の大人センテンス】2歳児を救った尾畠春夫さんが見せた信念を貫く崇高さ

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

写真:読売新聞/アフロ

 

第106回 今後の心配は世間の「悪い癖」

「約束したから、たとえ罰を受けても家族に直に渡したかった。なんぼ警察だろうが、大臣が来ようが関係ない」by尾畠春夫さん(捜索ボランティア)

 

【センテンスの生い立ち】

山口県周防大島町で8月12日から行方不明になっていた2歳の男の子が、15日早朝、無事に見つかった。発見したのは、ボランティアで捜索に加わっていた尾畠春夫さん(78)。山中の沢で男の子を見つけ、バスタオルにくるんで抱きかかえて山を下り、家族に手渡した。途中で警察に「渡してください」と言われたが、きっぱりと拒否。その後の記者会見で、家族に「見つけたら必ず抱きしめて直に渡す」と約束していたからと、拒否した理由を語った。

 

3つの大人ポイント

●家族との約束を守るという強い決意を示している
●場の空気や権威よりも自分の判断を優先している
●ひれ伏すしかないボランティア活動の実績と信条

 

日本じゅうが、心の底から「ああ、よかったー」と言える出来事でした。2歳の男の子が遊びに来ていた山口県周防大島町の曽祖父宅付近で行方不明になったのは、8月12日の午前。それから68時間が経過した3度目の朝、いなくなった場所から約560メートル離れた山中の沢で、ボランティアで捜索に加わっていた尾畠春夫さんによって無事に発見されました。脱水症状はあったものの、健康状態はおおむね良好だったとのこと。

 

いなくなった翌日の13日に2歳の誕生日を迎えたばかりの男の子(名前はもう出さなくていいですよね)が、山の中で食べるものもなく過ごした3日間は、どんなに寂しく心細く辛かったことでしょう。目を離してしまった家族の後悔や心配はいかばかりか。発見後に取材に応じた母親は「生きて会えると思っていなかった」と涙ながらに語りました。ニュースを見て、もちろん無事の生還を祈りつつも、悲しい結末を予想した人も多かったでしょう。

 

私たちは、男の子の奇跡の生還を喜ぶとともに、発見して保護した78歳の尾畠春夫さんの行動や発言に、深い感銘を受けました。ニュースを見て大分県から駆けつけ、捜索ボランティアに参加。以前の経験に基づいて山の上のほうを捜しに行ったところ、20分後に沢の石の上に座っていた男の子と出会います。それまで警察を始め大勢の人たちが「子どもの足だからそれほど遠くに行っていないはず」という“常識”に基づいて捜索しても見つからなかったのに、自分の判断で山の奥に入っていったことが功を奏しました。

 

発見した午後にメディアの囲み取材を受けた尾畠さんは、発見したときの状況や思い、家族に引き渡したときの様子を詳しく語ります。とくに印象的だったのが、保護した男の子を自分の手で直に家族に渡した理由を説明したところ。男の子を抱きかかえて山を降りている途中で、警察に「渡してください」と言われたものの「だめです!」とキッパリと拒否しました。あの状況において、それはかなりの勇気と覚悟が必要な行動です。

 

尾畠さんは捜索を始める前、家族に「見つけたら必ず抱きしめて直に渡す」と約束したとか。「たとえ罰を受けても家族に直に渡したかった。なんぼ警察だろうが、大臣が来ようが関係ない」と毅然と語って、その男前っぷりに多くの人が心からの拍手を送りました。時間が経つにつれて、尾畠さんがこれまでも東日本大震災や熊本地震の被災地など、各地で超精力的にボランティア活動を行ってきた「すごい人」だということが明らかになり、拍手や称賛の声はどんどん大きくなります。

 

その後も、男の子の祖父からお風呂を勧められても「私はボランティアだから、そういうのはもらえません」と固辞する場面や、日頃のボランティア活動でも助ける相手側に負担をかけず「自己完結するのが真のボランティア」という信条に基づいていることが報道されたりなど、次々に尾畠さんの「すごさ」が伝えられます。長く魚屋さんをやっていて65歳で店を閉め、「学歴も何もない自分がここまでやってこられた。社会に恩返しがしたい」と決意し、年金を使って精力的に活動している姿勢にも深く敬服せずにいられません。

 

インタビューからも、尾畠さんのまっすぐで純粋なお人柄やボランティア活動に対する熱い想い、信念を貫く崇高な生き方をなさっている様子が伝わってきます。男の子が無事に見つかった15日以降、「尾畠さんフィーバー」と言える現象が巻き起こり、メディアは尾畠さんから目を離そうとしません。ただ、もちろん杞憂に終わってほしいのですが、この先メディアや世間の「悪い癖」が出てしまわないか、いささか心配です。

 

尾畠さんは、とても素晴らしい人であり、どんなに称賛を受けても受けすぎということはありません。これからもお元気で、ボランティア活動にやりがいを感じながら活躍していただきたいもの。しかし、これまでメディアや世間は、思いっきり持ち上げた人に対して、そのあとで極めて失礼でひどい仕打ちをしたことが何度もあります。どうでもいいアラを探し出したり、揶揄するような扱いをしたり、さんざんオモチャにしたり……。

 

今回の出来事を通じて、尾畠さんは自分の判断で行動する大切さを教えてくれました。「悪い癖」を持っているのは、メディアや世間という曖昧なものだけでなく、私たちひとりひとりも同じです。つい空気に流されたり、慣れたパターンに陥ったりしがち。今、素直な気持ちで尾畠さんを称賛し、拍手を送っている自分を裏切らないためにも、今後例によって残念なパターンの記事が出てきたら、そのメディアに思いっきり冷たい目を向けましょう。

 

メディアだけでなく周囲にも、気が利いている自分をアピールしたいのか、彼の行動や発言にケチをつけるようなことを言ったり笑ったりする人がたぶん現われます。その場合も、「ああ、そういう人だったのか」と思いっ切り冷たい目を向けましょう。他ならぬ自分自身がうっかり残念なパターンをなぞらないように、意地でも踏ん張るのは言わずもがなです。

 

せっかくの嬉しいニュースに、水を差すようなことを言ったかもしれません。しかし、いちばん信用ならないのは「せっかくの嬉しいニュースに水を差すな」と言ってくるような、常に世間の空気を「正義」と信じて行動や考えを決めているタイプの人です。備えあれば患いなし。どんなときも自分の中に「水を差す自分」を連れ歩くことが、自分も含めたすべての人間が持ち合わせている「悪い癖」を抑え付ける必須条件と言えるでしょう。

 

【今週の大人の教訓】

どんなニュースも貪欲に消費したがる「悪い癖」に十分な警戒心を持ちたい

 

【著者プロフィール】

コラムニスト 石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は、さまざまなメディアに取り上げられて、世に大人ブームを巻き起こした。近著に『大人の言葉の選び方』など。故郷の名物である伊勢うどんを熱烈に応援し、2013年に世界初の「伊勢うどん大使」(三重県製麺協同組合&伊勢市麺類飲食業組合公認)に就任した。

 

FBページ「伊勢うどん友の会」:http://www.facebook.com/iseudontomonokai

 

大人力ブログ:http://blog.otonaryoku.jp/

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