ライフスタイル
2018/8/25 19:00

【ファッションフードの平成史】イタ飯と「海外の和食」は同じである

イタ飯ブームの火付け役は、原宿の「バスタ・パスタ」※1 だったという人もいるが、違う。たしかに「バスタ・パスタ」は業界人のたまり場だったが、店のつくりはスタイリッシュなニューヨーク風。まるでイタリアっぽくなかった。

■「こういう店、イタリアにはないんですよね」

火を付けたのは、間違いなく「ボナセーラ系」のイタ飯屋だ。ボナセーラ系とは、店員が「ボナセーラ(こんばんは)!」と陽気に声をかけてくる店の総称。さすがにイタリア語のあいさつは消えたが、店のスタイルは現在にいたるまでイタリアンの標準規格になっている。その元祖が、いまも健在の恵比寿「イル・ボッカローネ」※2だ。

創業はバブル真っ盛りの1989年11月。現「アクアパッツァ」の日髙良実シェフが「ちょっと面白い店ができたんですよ」と、オープン直後に筆者を案内してくれた。

 

ドアを開けるやいなや、一斉に「ボナセーラ!」のかけ声。オープンキッチンの天井から生ハムの塊が吊り下がり、大きな竈では魚や肉を豪快にまるごと炭火焼きするパフォーマンス、壁は一面セリエAやイタリアオペラのポスターで埋め尽くされるという、まさに「頭に描いたイタリア」そのものだった。フォーマルなレストランではなく、カジュアルなトラットリア※3だったところも新しかった。

 

巨大な半割りパルミジャーノチーズの中で仕上げるリゾット(この店が日本で最初)にアッと驚くなど、楽しい時間を過ごしていたところに、日髙さんの衝撃的な一言。

 

「こういう店、イタリアにはないんですよね」

 

■生ハムを吊るしておけば流行る

「イル・ボッカローネ」はたちまち話題になって開店1か月後には行列ができ、予約を取るのも困難になった。いちばん「本場っぽい」と称され、店のスタイルは全国のイタ飯屋のお手本となった。

 

生ハムはイタ飯のみならず、その後ブームになったバルやビストロなど洋風居酒屋の必須アイテムと化し、「吊るしておけば、その店は絶対に流行る」といわれたぐらいだ。

 

ところが、日髙さんがポツリともらしたように、日本人がイタリアに抱くイメージを演出した店ではあっても、真実のイタリアとは違っていたわけ。海外の和食店で「へい、らっしゃい!」と迎えられ、琴の音が流れる店内の壁に浮世絵が描かれ、ゲイシャ風の着物美人がスシとラーメンを給仕する。そんな感じなんだろう。ファンタジーである。

 

■イタ飯ブーム、その後

店の雰囲気もそうだが、ブームのおかげでメニューがパターン化した。イタリア料理はパスタとリゾットだけでなく、その前に前菜があり、その後にメインディッシュを食べるという基礎知識が知られるようになった一方、前菜だったらモッツァレラとトマトのカプレーゼ、カルパッチョ、バーニャ・カウダに生ハム、パスタならペペロンチーニやアラビアータ、メインディッシュは魚や肉のグリル……というように、いくつかの料理に人気が集中し、あまりにも深く定着してしまった。そのため、メニューが硬直化し、いまだにその枠から抜け出せていない気がするのだ。

 

90年代いっぱい吹き荒れたイタ飯ブームは2000年代には終わっていて、最近のイタリア料理にこれといった大きな動きはない。ただ、店舗数は増え続けている※4。気楽で肩肘張らない雰囲気と、舌にしっくりなじむ定番メニュー。たとえそれが「紋切り型」であっても、やっぱり日本人はイタリアンが大好きなのである。

 

その一方で、イタリア各地の郷土料理に特化したマニアックなレストランも増えた。現在のイタリアンは紋切り型とマニア向けに二分化し、その中間がやや手薄な状態だ。

 

イタ飯ブームは家庭の食事にも大きな影響を及ぼした。本式のイタリア料理と食材が一気に普及し、なかでもオリーブオイルは体によい健康食品としてキッチンの必需品になった。

 

また、コーヒーショップでカフェラテやカプチーノが飲め、パニーニやジェラートや食べられるようになったのも、イタ飯以降。浮ついた現象ではあったが、いまコンビニでペペロンチーノやティラミスがかんたんに買えるようになったのも、イタ飯ブームのおかげなのである。

 

※1 1985年創業、初代シェフは山田宏巳。店のど真ん中に巨大なオープンキッチンがあり、客席がそれを取り囲むという劇場型レストランだった。
※2 創業者の岡秀行はその後、1995年にパリのカフェを再現した「オーバカナル」を原宿に開き、オープンエアカフェ・ブームの仕掛け人となった。
※3 気楽に入れる、小ぶりで庶民的なイタリア食堂。
※4 「タウンページデータベース」によると、2004年〜2014年の10年間で約25%増加。

 

【関連書籍】

ファッションフード、あります。』 (筑摩書房)

【著者プロフィール】

食文化研究家 畑中 三応子

食文化研究家・料理本編集者
『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)編集長を経て、プロ向けの専門技術書から初心者向けのレシピブックまで、幅広く料理書を手がけるかたわら、近現代の食文化を研究・執筆。著書に『ファッションフード、あります。–はやりの食べ物クロニクル』(ちくま文庫)、『カリスマフード–肉・乳・米と日本人』(春秋社)、『体にいい食べ物はなぜコロコロと変わるのか』(ベスト新書)など。編集プロダクション「オフィスSNOW」代表。

TAG
SHARE ON