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2019/7/13 18:15

B級グルメのBは「ビンボーのB」? バブル期の「B級グルメ」は今とは違う食べものだった!

いまでは辞書にも載っている「B級グルメ」と「ご当地グルメ」、実は両方とも1980年代後半に誕生した新語である。ふたつの言葉が合体した「B級ご当地グルメ」は、まちおこしと結びついて大きく発展し、家族ぐるみで楽しめる平成時代の国民的ファッションフードになった。

■初期のB級グルメはこうして生まれた

バブルに向かって突っ走った80年代は、好景気を武器に、日本の食が急速に高級化した時代。外食ではまずフランス料理のブームが起こり、家庭料理では一丁1000円の豆腐や一袋1000円のインスタントラーメンが人気を博すなど、グルメブームが吹き荒れた。

 

世を挙げての高級グルメ志向に反旗を翻したのが、B級グルメである。

 

この言葉を世間に知らしめたのが、86年に発売された『スーパーガイド東京B級グルメ』(文春文庫ビジュアル版)。「A級の技術で味と伝統を守り、しかし値段はB級の心意気に燃える」という理念を掲げ、“五大丼”(天丼、うな丼、親子丼、牛丼、カツ丼)や“三大ライス”(オムライス、ハヤシライス、カレーライス)などをレポートした。

 

B級グルメが偏愛したのは、たとえば名もなき食堂の親父が頑固に味を守るメリケン粉たっぷりのカレーや、下町のパン屋のコッペパンやアンドーナツのレトロ感。ひたすら新しい流行を追いかけてきたファッションフードの世界で、新しいものより古いもの、非日常より日常を評価するという思想は革命的だった。

 

編集長の内藤厚は、この本以外にも、毎号全ページを過激なほど濃密な食情報で埋めつくした季刊誌『くりま』や、原寸大で丼を真上から撮影した大判ムック『ベスト・オブ・ラーメン』『ベスト・オブ・丼』等々、数々の傑作をヒットさせた名編集者で、里見真三の筆名で活動するルポライターでもあった。B級ではないが、「すきやばし次郎」を最初に世に出したのも内藤である。

■いまやB級で欠かせないご当地グルメの先駆け

一方、ご当地グルメの先駆けは、ラーメンだった。B級グルメが登場したのと同じ頃、人口3万7500人の福島県・喜多方が突如として「ラーメン王国」として注目され、年間40万人もがラーメン観光に訪れるようになった。

 

以来、佐野、白河、博多など、地元でしか知られていなかった地方のラーメンが次々と全国区で認知され、ご当地ラーメンブームが花開いた。ブームを強力に後押ししたのも、前出の『ベスト・オブ・ラーメン』である。

 

やがてB級グルメとご当地グルメが結びつき、「B級ご当地グルメ」という概念が生まれ、浸透していったのは、90年代である。

B級グルメは時代時代によってその内容は微妙に変化してきた

 

■郷土料理とは違う、B級ご当地グルメの魅力

B級ご当地グルメとは、昔からの郷土料理とはちょっと違う。戦後のまだ日本が貧しかった頃に発達し、地域に根付いた庶民の日常食である。当時は油脂が貴重だったなごりで、脂っこい料理が多い。ホルモンなどの格安材料を活用した料理も目立つ。だから、BはビンボーのBでもある。だが、そこには安いだけではない魅力がある。街と人が元気だった昭和のエネルギーに満ち、麺類やフライなど、身近な食べ物が中心なので、自分のスタンダードとの差異を楽しめるのも強みだ。

 

ブームの先駆けになったのは、東京・月島の「もんじゃ」、栃木県の「宇都宮餃子」、岩手県の「盛岡冷麺」など、いわゆる粉ものが中心だった。なかでも早かったのが、もんじゃである。

 

戦後、東京の下町の駄菓子屋ではどこでも食べられたもんじゃだが、具はせいぜいキャベツや切りイカ程度と、質素だった。月島では80年代に明太子や餅、チーズ、納豆など、斬新な具を組み合わせた大人向けメニューが開発され、グルメ志向にマッチして、バブル全盛期からメディアで盛んに取り上げられた。

 

バブル崩壊後も人気は衰えず、1997年には月島もんじゃ振興会が設立されて、もんじゃを核にした地域活性化がいっそう強化された。50年代は4軒しかなかった店舗数は、96年の35軒から2006年には71軒と、10年で倍増している。現在も「もんじゃストリート」こと西仲通り商店街は、日々たいへんな賑わいだ。インバウンド率も高い。

 

宇都宮餃子は、市の職員が日本一の消費量だった餃子で市をPRすることを思いつき、91年に餃子マップを作ったのが発端。93年には宇都宮餃子会が発足して餃子によるまちおこしが本格化して、全国に知られるようになった。

 

■進化と変化をするB級グルメ

B級ご当地グルメが、観光資源としてさらに重要な役割を担うようになったのは、2000年代。人気を決定的なものにしたのは、06年から16年まで毎年開催された「B‐1グランプリ」である。全国からまちおこし団体がそれぞれ自慢のB級ご当地グルメを持ち寄って、来場者の投票で順位を決める。地域活性化を目指すイベントだ。

 

第1回八戸大会の来場者は1万7000人だったが、主催者のメディア戦略が巧みだったこともあって年々増え続け、第6回北九州大会は60万人を超えた。このとき「八戸せんべい汁」でゴールドグランプリを獲得した八戸市の経済波及効果は、なんと563億円に上ったという。

 

冷えきった地方経済にとってB級ご当地グルメは救世主、というわけで特産品を使った新しいメニュー開発が各地で行われ、自治体のアンテナショップや道の駅も急増した。昔からの郷土料理の情報発信も活発化している。

 

今日、いきすぎたグローバリゼーションと食の均質化に対する危機感から、地産地消と地域主義が全世界的な食のキーワードになっている。食がメインの体験型ツーリズムも盛んだ。B級ご当地グルメは、そうした国際的な潮流と連動するファッションフードでもあった。

 

TPP11協定が発効した今後、海外からの食料輸入は増え、グローバリズムはますます進むだろう。食料自給率は、もっと低下するかもしれない。そのなかにあって、同じ粉ものでも国産小麦粉を使ったりした「地産地消のB級ご当地グルメ」が少しずつ増えているのは、明るいきざしだ。

 

【著者プロフィール】

食文化研究家 畑中 三応子

食文化研究家・料理本編集者
『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)編集長を経て、プロ向けの専門技術書から初心者向けのレシピブックまで、幅広く料理書を手がけるかたわら、近現代の食文化を研究・執筆。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」でジャーナリズム部門を受賞。著書に『ファッションフード、あります。–はやりの食べ物クロニクル』(ちくま文庫)、『カリスマフード–肉・乳・米と日本人』(春秋社)、『体にいい食べ物はなぜコロコロと変わるのか』(ベスト新書)など。編集プロダクション「オフィスSNOW」代表。

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