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2016/11/20 18:00

【ムーコラム】あなたも「いそがし」に憑かれてない? 水木しげるが熱中した‟妖怪ではない”奇妙な存在

2015年11月30日に漫画家・妖怪研究家の水木しげるが、あの世への冒険旅行へと旅だってから、早いものでもう1年になる。創刊以来、本誌にもたびたびご登場願ったこともあり、多くの読者も感慨深いことだろう。

 

ところで、数多い本誌記事のなかで、水木がもっとも力を入れていたと思われるのが、1991年1月号から1995年12月号にかけて連載された「水木しげるの憑物百怪」だった。当時の担当編集者の記憶によると、水木が憑物に対する強い興味を初めて口にしたのは、「ムー」誌上における対談の場においてだったという。

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1990年11月号に掲載された、英文学者でイギリスの妖精研究の第一人者である井村君江との「超時空ミラクル対談」がそれで、このとき水木は本誌編集者に、これからの人生は憑物研究にも力を入れていきたい、と語ったというのである。

 

編集部がこのありがたい言葉を聞き逃すはずもなく、その場で新連載を依頼し、翌年1月号で早くもそれが実現したのだそうだ。ちなみに対談に先立ってふたりは、イギリスへ妖精捜しの旅に出ている。そのときの体験を水木は、対談内でじつに嬉しそうにこう語った。

 

「妖怪がそこらじゅうにおるんですわ。あのへんは特に、妖怪の磁場が強かった……」

 

おそらく、このときに感じた不思議な感覚も、憑物研究に向かうための強い動機になったと思われる。いずれにせよ、70歳を前にして憑物という大きなテーマに出会った水木は、その研究をライフワークとし、人生最後のチャレンジとすることにした。それこそが「水木しげるの憑物百怪」なのである。

 

「水木しげるの憑物百怪」より

「狸憑き」

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狸が人に取り憑くという話は、四国に集中していて、特に徳島県が中心になっている。

 

狸に取り憑かれると、その人はやたらと大食いをするようになる。腹は膨れるわけだが、体は衰弱して、やがて命を落としてしまう。これを退治するためには、修験者に頼むよりほかにないといわれる。香川県の山間部では、これを逆手に取るやり方で、古狸に食べ物を与え、仇敵視している家に祟るように依頼するということもある。これをこの地方では、動物(獣)の祟りと伝えている。

 

しかし、こうした話は珍しく、一般には狸が人に取り憑くのは、本人が狸にいたずらをしたとか、あるいは転んだといった理由によるものが多い。

 

また、こんな話もある。徳島県名東郡旧八万村のある娘が、山へ薪刈りに行った帰りにひと休みして薪を下ろした。さてそろそろ帰ろうと思い、再び薪を背負うとばかに重い。我慢してやっと帰ってくると、家にいた婆さんが、「ただ今は、(運んでくれて)ご苦労さま」という。じつは娘が先ほど休んだところに狸がいて、その狸がひょいっと薪の上に乗り、家に帰ったところで婆さんに取り憑いた、というのであった。

 

目に見えず形もない憑物の正体

ところで――そもそも「憑物」とは、何なのだろうか?

 

ためしに『広辞苑』を開いてみると、簡潔にこう説明されている。

 

「人にのりうつったものの霊。もののけ」

 

「もののけ」とあることからもわかるように、妖怪ともきわめてよく似ているようだ。だが決定的に違うのは、それが人に憑く(のりうつる)ことによって、さまざまな災いや幸運をもたらすということだろう。

 

実際、「水木しげるの憑物百怪」連載第1回の巻頭で、水木は高らかにこう宣言している。

 

「異界のものを妖怪、幽霊、憑物、変化の4つに分けるとすれば、憑物というのは、いわゆる『狐憑き』とか『犬神憑き』だけではなく、動物霊とか人の霊、あるいは今まで知られていないものも含めて人に憑くものすべてである。

 

すなわち私が憑物というのは、‟形がなくて人に憑くものすべて”なのだ。だから、地上に昔からいて、形を得たくても得られないある種の存在とか、あるいはあの宇宙から来る奇妙な方々まで含まれる」

 

ここに見られる「形がなくても」もしくは「形を得たくても得られない」という認識は、憑物研究において避けても通れないテーマだったようだ。事実、連載をまとめた単行本『水木しげるの憑物百怪』のあとがきでも、水木はこう記している。

 

「憑物というのは、まったく奇妙なものである。すなわちこれといった形がない」

 

さらりと書いてはいるが、そもそも水木の仕事は、妖怪という目に見えないものの存在を感じ、絵というスタイルでそこに姿形を与えることだった。

 

しかし、「目に見えない」と「形がない」とでは、根本的に意味が異なる。目に見えないからといって、決して形がないというわけではない。逆にいえば、妖怪には形がある。それを水木独特のアンテナでキャッチし、心に感じるままに妖怪の形を見出していくことは、水木の真骨頂だった。

 

ところが――。憑物には肝心の「形がない」というのである。「形がない」ものをどうやって見出し、どうやって紙の上に表現すればいいいいのか。

 

われわれ凡人であれば、絶望で立ち尽くしてしまうような状況に違いない。だが、水木はこの難仕事を見事にやってのけた。本誌連載では5年間、毎月2体ずつ、計120体もの憑物を描いただけでなく、それぞれの詳細な解説までこなしたのだ。

 

「水木しげるの憑物百怪」より

「琴古主」

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その昔、佐賀県神埼郡の南部地方は雑草が生い茂った平原で、ひとつの丘さえなかった。

 

あるとき、大足彦尊(景行天皇)がその光景を見て、こういった。

 

「地形から考えて、丘のないはずはあるまい。どこかに小高い土地があるように思われる。十分に捜してみよ」

 

捜索すると、はたしてひとつの丘が発見された。家臣たちは天皇の命により、草木を刈り払い、地を拓いて見晴らしのよいところを作り、宴ができるように整えた。大足彦尊は大いに満足し、宴の終わった後に一張の琴を丘の上に立てて記念碑とした。すると琴はみるみる姿を変えて一本の樟(クスノキ)になり、青々と繁ったという。

 

それ以来、夜更けにこの丘を通ると、どこからともなく琴の音色が聞こえてくるようになった。そして、だれということなく、この木を「琴古主」(ことふるぬし)と呼ぶようになったのだ。

 

じつは琴の怪というのは案外たくさんあるもので、これらはいわゆる付喪神の系統に属する。いずれにしても霊の世界の成立ちがわからないうちは、どうしてこのようなことが起こるのかもよくわからないのだ。

 

数限りない、身近な憑物たち

本稿の限られたスペースで、憑物について詳細に論じるのは不可能である。そのことについては重々承知のうえで、ひとつだけお断りしておきたいことがある。それは、憑物というのは現代社会に生きるわれわれにとっても、想像以上に身近なものであるということだ。

 

たとえばわれわれは何気なく、今日はツイているだとか、ツキがいいとか口にする。あるいは幸運が続いたときには、ツキが落ちないようにと気にしてみたりもする。

 

このツキとは何なのか? いうまでもなく、通常よりも幸運な状況を招く原因となるものだ。だが、その正体は何かと改めて聞かれれば、だれも答えに窮することだろう。

 

つまり、われわれが歓迎し、日々熱望しているツキも、憑物のひとつなのである。そう考えれば、憑物とは決してすべてが恐ろしく、おどろおどろしいものばかりではない、ということがわかる。

 

実際、前述の連載第1回で、水木はこうも書いている。

 

「私のそういう”異界の者”を見る立場は、妖怪と同じく、結論を急ぐことなく、先入観にとらわれることなく白紙で、いろいろと自由に観察するということである。いったいそれは何だろう、ということをいろいろな角度から観察したり考えてみたりするのである」

 

もちろん本記事で紹介する憑物たちも、水木が自由な立場でさまざまに観察し、考察したものばかりだ。恐ろしいものももちろんあるが、なかにはユーモラスであったり、感情をさりげなく代弁していたりするものもある。もしかすると憑物というのは、怪異の世界のなかでも、もっとも「人間らしい」ものなのかもしれない。

 

水木しげる自身、彼が描く憑物を見ているうちに読者が、「奇妙な考えが浮かび、なんとなく世の中がおもしろくなってきてたまらないということになれば、作者の本望である」(連載第1回の巻頭より)というのだから。

 

最後に、本記事の憑物イラストの解説は、『水木しげるの憑物百怪』の文章を要約したものであることをお断りしておく(文中敬称略)。

 

「水木しげるの憑物百怪」より

「いそがし」

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「いそがし」に取り憑かれると、やたらとあくせくし、じっとしていると何か悪いことをしているような気分になる。逆にあくせくしていると奇妙な安心感に包まれる。

 

昔からこの憑物はいたと思われるが、人がその存在に気づきはじめたのは、江戸時代のことらしい。というのは、この犬みたいな顔をした「いそがし」という憑物が初めて描かれたのは、江戸時代だからである。

 

私は4、5年前にこの「いそがし」の絵を発見したのだが、何年たっても「いそがし」の正体がわからない。そこで、「こういうものだろう」と想像して描くわけだが、現代社会はあまりにもこれに取り憑かれた者が多くて、はたして憑物といっていいのか判断が難しいほどである。

 

確かに昔の日本人は、あくせく働いて節約するのがモットーだった。しかしその胸中には、大きくいえば生存の不安といったものが働いていたことは確かである。狭い国土に人口が多いから、そのような気持ちになるのはわかるが、それでは何となく幸福になれないような気がする。ゆったりした心とゆったりした気持ち、これが大切なことだろう。

 

文=中村友紀

 

『愛蔵版 水木しげるの憑物百怪』

gakkenmu.jp_tukimonohyakkai

 

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