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2018/8/12 19:00

【中年名車図鑑|スズキ・カプチーノ】ワゴンRのおかげで生き延びたスズキ初のリアルスポーツ

ホンダ・ビートの登場から5カ月ほどが経過した1991年10月、スズキ初のリアルスポーツ軽自動車が「カプチーノ」の名で市場デビューを果たす。開発陣が目指したのは、乗ることで心を解放してくれるオープンマインドの2シータースポーツだった――。

【Vol.80 スズキ・カプチーノ】

1990年1月に軽自動車の規格が改定されてエンジン排気量が660cc以内、ボディサイズが全長3300×全幅1400×全高2000mm以内になると、各メーカーはこぞって新規格に合わせた軽自動車をリリースする。当時はバブル景気真っ盛りのころ。豊富な開発資金を下支えに、まっさらなニューモデルが数多くデビューした。

 

軽自動車のトップメーカーであるスズキは、1989年10月開催の第28回東京モーターショーに出展した軽規格の試作スポーツカー「Cappuccino」を市販化する決定を下す。このころは軽自動車の高性能化が一気に加速した時代で、スズキのアルト・ワークス、ダイハツのミラ・ターボTR-XX、三菱自動車のミニカ・ダンガン、富士重工業のスバル・レックス・コンビ・スーパーチャージャーVXなどがハイパフォーマンス軽自動車の№1を目指して凌ぎを削っていた。ユーザー側にとっても安い価格と維持費で速いクルマを購入できるため、この流行を大いに支持する。軽自動車のピュアスポーツが造られる下地は、十分に熟成されていたのだ。

 

■軽FRスポーツカーのデビュー

ハードトップ、Tバールーフ、タルガトップ、フルオープンという4通りのバリエーションが楽しめるオープン2シーター

 

スズキの開発陣が目指した軽スポーツカーは、乗ることで心を解放してくれるオープンマインドの2シーターだった。開発に携わったあるエンジニアは、「当時の開発スタッフは英国のライトウェイトスポーツのファンが多かった。スポーツカーを造るなら、やっぱりオープン2シーターにしたいという意見が強かった」と、当時を振り返る。しかしそのルーフは、単なるソフトトップではなかった。頂上部は着脱が可能な3分割式のアルミ材パネルを採用し、外したパネルはトランク内に収納できる。リアガラスを組み込んだピラー部は、そのままの形でボディ後部に押し込むことができた。その結果、ハードトップ、Tバールーフ、タルガトップ、フルオープンという4通りもの走りが楽しめた。

駆動方式はFR。ロングノーズ&ショートデッキとスポーツカーの定石に則ったスタイルを持つ。前後重量配分は51対49と理想的

 

開発陣はメカニズムにもこだわった。エンジンはアルト・ワークス用のF6A型657cc直列3気筒DOHC12Vインタークーラーターボユニットを縦置きにして搭載し、後方に専用シャフトドライブを通してFR(フロントエンジン・リアドライブ)の駆動方式を構成する。パワー&トルクは64ps/6500rpm、8.7kg・m/4000rpmを発生。トランスミッションには専用セッティングの5速MTを組み合わせた。専用設計のプラットフォームおよびロングノーズ&ショートデッキのオープンモノコックボディ(全長3295×全幅1395×全高1185mm/ホイールベース2060mm)にフロントミッドシップ化したエンジン搭載位置は、前後重量配分51対49という好バランスを達成。エンジンフードや脱着式トップ、フロアトンネルカバーなどにはアルミ合金材を用い、車重は700kgと軽量に抑える。さらに、足回りには前後ダブルウィッシュボーンサスペンションと4輪ディスクブレーキ(フロントはベンチレーテッド式)、専用開発の165/65R14サイズのラジアルタイヤを奢った。

 

1991年10月、スズキ初のリアルスポーツ軽自動車が「カプチーノ」(EA11R型)の名で市場デビューを果たす。車名はイタリアのコーヒーの一種であるcappuccinoに由来。小さなカップに入ったちょっとクセのあるお洒落な飲物と小さなオープンカーのイメージを重ねて命名していた。車両価格は145万8000円~169万8000円と当時のリッターカー・クラスを上回る設定だったが、5カ月ほど前にデビューしたホンダ・ビートとともに、販売台数を大いに伸ばした。

 

■ライバルよりも長く生産された理由

ミッションは5MT(MC後に3ATが追加)。パワー&トルクは64ps/6500rpm、8.7kg・m/4000rpm

 

カプチーノは1995年5月にマイナーチェンジを受け(EA21R型)、オールアルミ製のK6A型658cc直列3気筒DOHC12Vインタークーラーターボエンジンに換装される。同時に5速MTに加えて3速ATを設定し、イージードライブを可能とした。

1998年まで7年あまり生産される。結果的にホンダ・ビート、マツダAZ-1に比べ長寿命となった

 

K6Aエンジンは、ヘッドカバーからロアケースまで本体部品すべてをアルミ合金材で仕立て、そのうえでシリンダーブロックのスカート部とロアケースを一体構造とする。また、シリンダーブロック自体には軽自動車用エンジン初の圧入セミウエットライナーを採用。さらに、ツインカム4バルブ(DOHC12V)のヘッド部には中空カムシャフトや直打式バルブ、ダイレクトチェーンドライブ・カムシャフト駆動を組み込み、メカニカルロスの低減や軽量化を図った。ほかにも、高回転までシャープに吹き上がるショートストローク設計(ボア68.0×ストローク60.4mm)や新タイプの複合センサーにより制御の精度を高めたEPIなどを採用する。もう1点、新オールアルミエンジンではトータルでのコンピュータ制御も試みられた。SHICと呼ぶこの制御機構では、コンピュータに当時最新の16ビットを採用。従来比で約5倍の処理速度を実現し、緻密で最適な燃料噴射&点火タイミングやターボ過給圧などを実現した。パワー&トルクは64ps/6500rpm、10.5kg・m/3500rpmを発生し、690kgあまりの車重を俊敏に加速させる。ユーザーからは「ノーズが軽くなったうえに、加速性能とレスポンスも向上した」と好評を博した。

 

カプチーノはその後、大きな変更を受けることもなく、1998年10月をもって販売を終了する。しかし、ライバルのホンダ・ビートやマツダ(オートザム)AZ-1と比べると生産期間は長かった。AT仕様を設定していた、ハードトップ時はトランクルームが使えた、ボディが丈夫だったなどのメリットもあったが、それよりも重要なのは、「ほかの大ヒット作が生まれたから」という事実だった。そのクルマとは、1993年9月にデビューしたワゴンRだ。バブル景気の崩壊で日本の自動車メーカーの多くは四苦八苦し、車種ラインアップの縮小を余儀なくされたが、スズキはワゴンRが大ヒットしたために車種の整理が少なくて済んだ。もちろん、同社独自の低コスト開発戦略なども効果をあげていた。スズキ渾身の軽リアルスポーツは、身内のクルマの助けを得ながら7年あまりの長寿を全うしたのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

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