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2018/8/26 19:00

【中年名車図鑑|ダイハツ・リーザ・スパイダー】「平成ABCトリオ」と同時期にデビューした超希少オープン

ダイハツの新世代スペシャルティ軽カーとして、1986年に市場デビューを果たしたリーザ。同車は1990年に新規格に移行し、翌91年にはユニークなオープンボディ仕様が追加される――。今回は平成ABCトリオと同時期にデビューし、往年のコンパーノ・スパイダーに倣って車名がつけられたダイハツ製軽自動車の超希少モデル、「リーザ・スパイダー」の話で一席。

【Vol.82 ダイハツ・リーザ・スパイダー】

軽自動車の個性化とハイパワー化が一気に進んだ1980年代後半の日本の自動車市場。この状況下でダイハツ工業は軽自動車のさらなる車種強化を図り、1986年12月にはミラ/クオーレに続く乗用軽シリーズの「リーザ」をデビューさせた。

モナ・リザのように“多くの人々に愛される”魅力的なクルマとの願いを込めて命名されたリーザ(Leeza)は、パーソナルユースをメインとした3ドアハッチバック車で、“エアロヘミサイクル”と呼ぶ半球形のクーペ風スタイリングに前席重視の室内レイアウトを採用する。また、電動ドアミラーやAM/FM電子チューナーといったクラス初の快適アイテムも装備した。車両タイプはL100S型系のセダンとL100V型系のバンを用意し、販売の主力には維持費の安いバンを据える。搭載エンジンはEB型系547cc直列3気筒OHCの自然吸気(32ps)とターボ仕様(50ps)の2機種を設定した。

 

リーザはその後、1989年1月にEFIの燃料供給装置を採用したターボ付きEB26型エンジン(64ps)を搭載するTR-ZZ EFIを追加し、同年中には特別仕様車のケンドーン/クラブスポーツをリリースする。そして、1990年8月になって軽自動車の新規格に対応したマイナーチェンジを行い、EF-HL型系659cc直列3気筒OHCエンジン(50ps)を積み込み、ボディも大型化したL111S型系に移行。キャッチコピーに“CRAFTSMANSHIP”“ダイハツしか作れない”と冠し、車種展開も大きく見直された。最大の特徴は、従来型では限定モデルのグレード名として使われたネーミングがカタログモデルに発展したことで、マイナーチェンジ以後はスポーティモデルが「OXY」(オキシー)、女性ユーザーをターゲットに据えた充実装備のモデルが「ChaCha」(チャチャ)を名乗るようになる。同時に、スタンダード仕様は「R」のグレード名に変更された。また、このマイナーチェンジではバン仕様が廃止され、セダンモデルに一本化される。物品税の廃止および消費税の導入などに伴う軽ボンネットバンの税制上のメリットが大幅に失われたための処置だった。

 

■参考出品時は4シーターオープン

専用ボディで開発された「平成ABCトリオ」とは異なり、「既存車のオープンボディ化」の手法をとった

 

市場ニーズに即したリーザの改良を着実に図る一方、ダイハツの開発陣は同車のスペシャルティ度をさらに引き上げる企画を打ち出す。“オープンボディ”の採用だ。1980年代終盤、軽自動車をリリースする各メーカーは後にバブル景気といわれる好況を背景に、スペシャルティ度満点の新型軽カーの開発に勤しんでいた。ホンダはミッドシップ・オープンスポーツのビートを、スズキはハードトップ/Tバールーフ/タルガ/フルオープンに変身するFRスポーツのカプチーノを、マツダはガルウィングドアを組み込んだミッドシップスポーツのオートザムAZ-1を企画する。これらのモデルは専用ボディを採用するまっさらな新型車として開発されるが、一方のダイハツは既存車のオープンボディ化という方策をとった。

 

オープンカーのリーザは、まず1989年開催の第28回東京モーターショーに参考出品される。車名は往年のコンパーノのオープン仕様に倣って「スパイダー」のサブネームが付けられた。このモデルは福岡のコーチビルダーが製作したもので、スポーツグレードのTR-ZZをベースとする。ハッチバックのルーフはAピラー以降を大胆にカット。そこに補強のためのドア三角窓フレームと折りたたみ式の幌を装着し、室内レイアウトはベース車と同じ4シーターのままとしていた。

ベルトラインのリアスポイラーやカラードバンパー、専用デカール、アルミホイールなどを装着

 

スポーティに演出されたショーモデルのリーザ・スパイダーは、現実的なフルオープン軽自動車として観客の注目を集める。当時のスタッフによると、「ちょっと見では展示車の完成度がかなり高かったため、多くの来場者がすぐに市販されると思ったようです。だから販売時期や価格を尋ねる人が予想以上に多かった」という。これに自信を深めたダイハツの首脳陣は、リーザ・スパイダーの市販化にゴーサインを出した。

 

■2シーターオープンに改良されて市場デビュー

既存車のオープンボディ化のため、ボディ剛性の確保と幌の設計に苦労した。人工皮革のプリセーム地バケットシートやモモ製本革巻きステアリングを装備

 

市販版のリーザ・スパイダーは、新規格モデルをベースとすることが決定される。オープン化に当たっては、幌の収納性やボディ後部の剛性確保を検討した結果、2シーターに変更。また、ボディ補強に伴う重量増(市販時の車重は730~740kg)に対応するため、搭載エンジンはEF-JL型659cc直列3気筒OHC12Vインタークーラーターボ(64ps/9.4kg・m)に1本化し、トランスミッションには5速MTと3速ATを組み合わせた。前マクファーソンストラット/後セミトレーリングアームの懸架機構にも専用セッティングを施し、滑らかでバランスのいい走りを実現した。

 

オープン化に当たって開発陣が苦労したのは、やはりボディ剛性の確保と幌の設計だった。ボディについてはフロアやドア、さらにコクピットまわりを可能な範囲で補強。幌に関しては防水性と格納操作性(手動開閉式)、デザイン性などを踏まえながら開発していく。とくに防水性能では、開発の最終段階までシールゴムの形状チューニングを繰り返した。

 

開発陣は内外装の演出にもこだわる。エクステリアではベルトラインのリアスポイラーやカラードバンパー、専用デカール、アルミホイールなどを装着。ボディサイズは全長×全幅×全高3295×1395×1345mm/ホイールベース2140mmとする。内包するインテリアでは、人工皮革のプリセーム地バケットシートやモモ製本革巻きステアリングといったスポーティなアイテムを標準で装備した。

 

当初リーザ・スパイダーは改造自動車扱いで発売することを予定していたが、役所から「指定自動車扱いにするように」という指導があり、急遽認証車両を製作して公式試験を受ける。これにパスしたのが1991年9月。その2カ月後の11月には、L111SKの型式をつけてついに発売にこぎつけた。

 

苦労を重ねた末に市場に放たれたリーザ・スパイダー。しかし、軽のオープンスポーツとしてはホンダ・ビートやスズキ・カプチーノの陰に隠れ、また走行性能の面でもクローズド時の幌のバタつきやボディの剛性不足が指摘されてしまう。結果的にリーザ・スパイダーは1992年に生産を中止。リーザの実質的な後継モデルとなるオプティではオープン仕様が設定されず、ダイハツ製オープン軽カーの再登場は2002年6月発表のコペンまで待たなければならなかったのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

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