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2018/10/28 19:00

【中年名車図鑑|初代いすゞ・ミュー】“実車版チョロQ”と呼ばれたショートボディSUVの元祖

ロデオ・ビッグホーンの発売によって、日本の自動車市場にSUVの先鞭をつけたいすゞ自動車は、1980年代後半に入ると第2のSUVの企画を推し進めるようになる。開発陣が目指したのは、スポーティ感あふれるショートボディのクロカン4WDモデルだった──。今回は車名で“ミステリアス・ユーティリティ”を表し、そのスタイリングから“実車版チョロQ”と呼ばれた初代ミュー(1989~1998年)の話題で一席。

【Vol.91 初代いすゞ・ミュー】

1979年にRV志向の4WDピックアップとなるファスター・ロデオを発売し、1981年にはアメリカ発のSUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)に属するロデオ・ビッグホーン(1984年にビッグホーンの単独ネームに変更)を市場に放ったいすゞ自動車。同社は1980年代後半になると、新たなSUVの開発に力を注ぐようになった。

 

■ヨンク人気への新たな回答策

新SUVを企画するに当たり、開発陣が目指したのは徹底したスペシャルティ感覚の創出だった。実用性の高さはビッグホーンで実現している。新しいSUVは、見ても乗ってもスポーティに感じる4WD界のスペシャルティカーに仕上げなくてはならない──。開発陣が最も心血を注いだのは、新SUVのスタイリングだった。造形力の高さで定評のあるいすゞのデザイナーたちは、ロデオのフロント部を流用したうえでロールバー風に仕立てたBピラー以降を大胆にカットし、縦横比の小さいスポーティなフォルム(市販時のボディサイズは全長4135×全幅1780×全高1695mm)を構築する。さらに、迫力のある前後ブリスターフェンダーや10.5R15-6サイズのワイドタイヤなどを装着した。また、キャビン空間は思い切って2シーターのレイアウトを基本とし、リアボディ部はFRP製の“ハードカバー”と折りたたみ式幌の“ソフトトップ”という2タイプのルーフで仕立てた。

 

スポーティなボディを支えるフレームは、ロデオなどにも使われる梯子型を切り詰めて採用する。ホイールベースは2330mmに設定。サスペンションはフロントがダブルウィッシュボーン式、リアが半楕円リーフスプリング式を採用し、クルマの性格に合わせて足回りはやや固めにセッティングした。動力源はビッグホーンにも積む4ZE1型2559cc直列4気筒OHC(120ps)のガソリンエンジンを流用。トランスミッションには5速MTを組み合わせる。駆動機構には、これまたビッグホーンと同様のパートタイム式4WD(2H/4H/4L)を搭載した。

 

■“実車版チョロQ”の登場

大柄なボディに関わらず2シーターという実用性を無視したパッケージングは賛否が分かれた

 

いすゞ渾身の新SUVは、“mysterious utility(ミステリアス・ユーティリティ)”の略である「mu(ミュー)」という車名を冠して1989年4月に発表、5月に発売される。グレード展開はソフトトップ(バン登録)とハードカバー(ワゴン登録)、そしてハードカバーにメッキパーツ(バンパー/グリル/ドアミラーカバー)を組み込んだハードカバー・ブライト(ワゴン登録)という3タイプを設定していた。

 

市場に放たれたミューは、当時のクルマ好きの大きな注目を集める。その評価は賛否両論。賛成派はデザイン性の高さや新ジャンルへの意欲を絶賛し、一方の否定派は税率の高い3ナンバー規格のガソリン車(ハードカバー)にもかかわらず2シーターという無駄なパッケージングを問題とした。ただし、両派に一致する肯定的な見解もあった。ユニークで存在感の高いルックスである。ついたニックネームは“実車版チョロQ”。1980年12月に玩具メーカーのタカラが発売し、その後一大ブームを巻き起こしたチョロQの寸詰まりフォルムに、ミューがそっくりだったのだ。実際にミューを街中でドライブしていると、大人よりもチョロQのユーザーである子供たちの方が高い関心を示してくれた。

 

■車種ラインアップの拡充と機構の進化

デビュー当初は写真のような2シーターのみだったが、後に4人乗りタイプが登場。さらに1995年には5人乗りの「ミュー・ウィザード」もデビューする

 

1台のモデルを長く造り続け、各部を熟成させて完成度を高めていくいすゞ自動車の方針は、ミューでも確実に貫かれていく。

 

1990年8月には、ボディ後部にスチール製のハードトップを付け、2名分のリアシートを内蔵した4人乗りのメタルトップを追加。同時にクロカン4WDの人気エンジンであるディーゼルユニット(4JB1-T型2771cc直列4気筒ディーゼルターボ。110ps)を設定した。1991年9月にはフロントグリルなどの一部デザインを変更するとともに、4速AT仕様をラインアップに加える。1992年11月にはマイナーチェンジを敢行。バンパーやグリル等のデザイン変更、新ボディカラーの設定、サイドドアビーム/シートベルトウォーニング/難燃性内装材の採用といった安全性の強化などを実施した。またこの時、ソフトトップ仕様はカタログから外れている。

 

1993年10月になると、環境および安全性能の向上を主目的としたマイナーチェンジが行われる。搭載エンジンは渦流室式の4JG2型3059cc直列4気筒ディーゼルターボ(120ps)に換装。ブレーキは4輪ベンチレーテッドディスクとなり、タイヤも16インチにサイズアップされる。また、パーキングブレーキは従来のステッキ式から一般的なフロアレバー式に一新された。もう1点、いすゞはこのマイナーチェンジと同時期に大きな戦略を実行する。RVのラインアップが手薄だったホンダに、ミューをOEM供給したのである。結果的にホンダ版のミューは、「ジャズ(JAZZ)」の車名で1996年12月まで販売された。

チョロQ風の“寸詰まりフォルム”で子供たちにも愛された

 

ミューの改良は、まだまだ続く。1994年12月には、グレード展開をベーシック仕様のタイプSと上級版のタイプXに一新。1995年12月には、インパネやステアリングといった内装デザインの変更や安全装備の強化などを実施する。同時に、乗車定員を5名とした5ドアロングボディ(全長4585×全幅1765×全高1750mm/ホイールベース2760mm。リアサスペンションは4リンク式)の「ミュー・ウィザード」をデビューさせた。1997年5月になると、ディーゼルエンジンの燃料噴射装置の電子制御化やステアリング機構の変更などを図り、SUVとしての走りの完成度をより高めた。

 

長い期間に渡って熟成を重ねたミューは、1998年6月にフルモデルチェンジが実施され、第2世代に移行する。スタイリングのインパクトは強かったものの、販売成績では目立った数字を残せなかった初代ミュー。しかし、ショートボディのスポーティなSUVという発想は他メーカーにも影響を与え、トヨタのRAV4やホンダのCR-V、日産のテラノⅡ(ミストラル)などを開発する際の参考車となったのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

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