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2019/3/24 18:30

相模川に沿ってのんびり走るJR相模線−−秘められた10の謎に迫る

 

【相模線の謎④】走る205系に最初からスカートを付けた理由は?

相模線を走る電車は205系。相模線が1991(平成3)年3月に電化されたときに導入された205系の500番台という車両だ。

 

205系といえば、平成初期の通勤形車両としてはポピュラーな車両で、山手線を始め多くの線区で使われていた代表的な車両だ。相模線に導入された205系車両は、他の路線の205系とは形が違っている。

 

前面は左右非対称なデザインで、京葉線用205系に取り入れられていたFRP(繊維強化プラスチック)を採用している。さらに205系では初めて、登場当初からスカート(排障装置)が付けられていた。

↑1991年の3月から走る205系500番台。前面が非対称のFRP素材を利用。助士側窓を下に延ばした姿とした。また正面下には登場当時からスカートを取り付けていた

 

他線を走る205系には当初、スカートが付けられていなかった。現在、付いている車両もあるが、それは後付けされたものだ。なぜ最初から相模線の205系にはスカートが付けられていたのだろうか。その理由は踏切が多いから。

 

当時の鉄道誌の解説でもJR東日本の開発担当者は「踏切事故対策としてスカートを新設した」(月刊「鉄道ファン」1991年3月号)と書いている。確かに相模線は高架区間がほぼなく踏切が多い。そのため事前の対策として、スカートを取り付けたということが興味深い。

 

205系もJR東日本では古参の車両となりつつある。すでに首都圏では武蔵野線と鶴見線、南武支線、日光線や、東北地方を走る仙石線ぐらいのものになりつつある。武蔵野線から205系が消える時期も近そうだ。さらに残る線区も更新された新しい形の205系が主流となりつつある。

 

相模線の205系に関してはJR東日本から何もアナウンスされていないが、登場してからすでに30年近いだけに、ここ数年のうちに何らかの動きがあるのかも知れない。

 

【相模線の謎⑤】全線を通して乗車する人が少ないその理由

実際に相模線の電車に乗ってローカル線の旅を楽しんでみよう。相模線は、JR東日本の路線の中で「幹線」という扱いを受けている。

 

だが、実際に乗ってみると、朝夕を除いて空いているローカル線そのものだ。そして乗った実感としては短い区間を乗車する人が多いことだった。長い区間は乗車せず、自宅に近い駅から乗車、橋本駅、海老名駅、厚木駅、茅ヶ崎駅などで乗り換え、東京や横浜方面を目指す人が多いことを予測させる。

 

通して乗車する人が少ない理由の一つとして、速度の遅いことがありそうだ。路線には表定速度(「運転時刻表制定速度」の略)と呼ばれる路線スピードの目安がある。例えばJR横浜線は朝8時台の表定速度が44kmに対して、JR相模線の表定速度は32.5kmだ。

 

単線のため複数の駅で上り下りの待合せ時間がある。そのため表定速度が上げることができない。ちなみに茅ヶ崎駅〜橋本駅間が所要約1時間かかる。そう長い乗車時間ではないのだが、待たされること嫌い、通して乗る人が少ないのではないか、と感じた。

↑橋本駅では京王相模原線(写真上の高架)とJR横浜線と接続する。横浜線へ乗り入れ八王子駅まで直通運転する列車もある。リニア中央新幹線の駅も2027年に誕生の予定だ

 

今回は路線の起点となる茅ヶ崎駅でなく、終点となる橋本駅から旅をスタートさせた。

 

橋本駅では4・5番線ホームが相模線のホームとなる。列車はすべてが4両編成だ。車両にはドアスイッチが付いていて、寒い日、暑い日などにはドアスイッチの開閉ができて便利だ。

 

列車は平日の朝夕のみ10〜15分間隔、日中や土・休日はほぼ20分間隔で走る。橋本駅発の列車はすべて終点の茅ヶ崎駅行きで、途中駅止まりの列車はない。

 

【相模線の謎⑥】相模川が長年かけ造りあげた相模原台地って何?

橋本駅は相模原台地(相模野台地とも呼ばれる)の最も上段(相模原段丘)にある。

 

相模川は山中湖を水源に道志渓谷を造り、橋本付近で急に平野部に出る。その流れが相模川の左岸(東側)に、長年にわたり堆積物を積みあげ、また隆起して広大な河岸段丘形状の「相模原台地」を造り上げた。この相模原台地の南側は、はるか海老名付近まで続いている。

 

橋本駅付近から遠望がきかず、相模川が直接に見えないため、そのような気配をまったく感じない。だが、相模線の列車に乗ると、そうした相模原台地の地形がわずかながらも見てとれる。

 

相模線では次の南橋本駅から上溝駅の間に、上段から中段(田名原段丘)に路線が降りていく。さらに番田駅、原当麻駅が中段の地形が続く。その先、下溝駅付近が中段と下段(陽原段丘)のちょうど境にあたる。

 

上段、中段、下段のそれぞれの段の間には10〜40mほどの急斜面(段丘崖)があり、そこには小河川が浅い谷を刻む。相模線でいえば上溝駅、下溝駅という名は、その浅い谷を表している地名なわけである。

↑下溝駅の近くにある三段の滝展望広場。手前は下段となる台地上、眼下に相模川(台地地形では低地とされるエリア)が見える。段の上に立って見ると、相模原台地が河岸段丘地形ということが良く分かる。ここでは相模線は手前の下段の上を走っている

 

下溝駅から相武台下駅までは相模川と相模線が最も近づく駅区間で、路線の右手に急傾斜があり電車から相模川と川のたもとに広がる住宅街が見える。

 

相武台下駅から先は相模原台地も徐々に、ゆるやかになっていく。そして路線の左右に田畑が広がり始める。相模線の駅名には上溝、下溝、相武台下、入谷といった、相模原台地そして河岸段丘をうかがわせる地名が多く付いていることが改めて分かった。

↑入谷駅と海老名駅間に広がる田園風景。この写真の左手にも河岸段丘の地形が見えている。こうした段丘の境目となる場所には湧水が多い。入谷駅付近にも「神井戸湧水」や「根下南湧水」といった湧き水がいくつか流れ出ている
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