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2019/7/7 19:15

「これは売れるでしょ…」90年代、初代RAV4が大ヒットした納得の理由【中年名車図鑑|初代 トヨタRAV4】

4WDの駆動システムを採用したクロスカントリーモデル、いわゆる“ヨンク”ブームが巻き起こった日本の自動車市場。ランドクルーザーやハイラックス・サーフで同カテゴリーを牽引していたトヨタ自動車は、ここに新ジャンルの4WDモデル、具体的には小型車クラスのライト級SUV(スポーツユーティリティビークル)の導入を画策した――。今回は第5世代が今年4月に日本デビューを果たしたのを記念して、「Recreational Active Vehicle 4 wheel drive」を意味する車名で1994年に登場した初代RAV4の話題で一席。

【Vol.113 初代 トヨタRAV4】

1980年代後半から1990年代初頭に巻き起こったいわゆる“ヨンク”ブームに対し、トヨタ自動車は新しい回答作を1989年開催の第28回東京モーターショーで披露する。3ドアのコンパクトなボディにサイドの大型プロテクションモール、デタッチャブルタイプのルーフなどを備えた「RAV FOUR」を出品したのだ。このショーは幕張メッセでの初開催、しかも魅力的な高性能モデルが多数参考出品(トヨタ4500GT、ホンダNS-X、ユーノス・コスモ、スバルSVX、マツダ・オートザムAZ550スポーツ、いすゞ4200R、ピニンファリーナ・ミトスなど)されて百花繚乱の様相を呈していたため、小型ヨンクのRAV FOURはやや地味な存在だった。しかし、それでもヨンク好きからは熱い視線を集め、当時のトヨタのスタッフによると「完成度が高かったこともあって、発売時期や価格を尋ねる来場者が結構多かった」という。

 

■新ジャンルのトヨタ版4WDモデルのデビュー

ショーでの上々な評判を鑑み、トヨタの首脳陣は小型ヨンクの市販化を決定。また、開発チームは基本コンセプトをさらに発展させ、「アウトドアでも都会のシーンでも、見て、乗って、楽しいコンパクトサイズの4WD “フレキシブル・ビークル”」の創出を目指した。

 

開発陣の奮闘努力の結果は、まず1993年開催の東京モーターショーで開花する。車名を「RAV4」とした小型4WDのプロトタイプが、雛壇に上がったのだ。ショーでの注目度は非常に高く、その結果を踏まえたトヨタの首脳陣および開発チームはプロトタイプをほぼそのままの形で市販モデルに反映させ、1994年5月に「RAV4」の車名を引き継いで市場に放った。

 

トヨタカローラ店向けの「RAV4 L(Lは“Liberty”の頭文字)」、トヨタオート店向けの「RAV4 J(Jは“Joyful” の頭文字)」という2車種展開でスタートしたコンパクトサイズの新4WDモデルは、まずその基本骨格で脚光を浴びる。ラダーフレーム構造が主流だった当時のヨンクモデルに対し、RAV4は最新のコンピュータ解析技術を駆使するとともに、高張力鋼板を多用して軽量・高剛性に仕上げた新設計のモノコック構造を採用していたのだ。また、懸架機構は新設計の前マクファーソンストラット/後トレーリングアーム付ダブルウィッシュボーンの4輪独立懸架で仕立てていた。モノコック構造に4輪独立懸架という、一般的な乗用車と同様のボディおよびシャシーレイアウトを導入したRAV4。一方で、205mmという余裕のある最低地上高に樹脂のプロテクターで覆ったボディ下部、センターデフを組み込んだフルタイム4WDシステム、センターデフのメカニカルロックシステム(5速MT車)およびセンターデフの差動制限力を電子制御化したEC-ハイマチック(4速AT車)、リアのトルセンLSD、ハイトのある16インチの大径タイヤ(215/70R16)などを設定し、ダートやオフロードでの走行に対処する。パワーユニットには、車格に対して余裕のある第2世代ハイメカツインカムの3S-FE型1998cc直列4気筒DOHC16Vエンジン(135ps/18.5kg・m)を搭載した。

オンロードとオフロードの走行性能を高次元でバランスさせる――。開発陣は相当な時間をかけて、入念かつ緻密な走行テストを実施した。最終的にはかなりの自信作に仕上がったのだろう、当時開催された報道向けの試乗会では、一般道のほかにクローズドした未舗装の山岳路をわざわざ試乗コースに設定し、そのポテンシャルの高さを存分に味わわせてくれた。

 

RAV4はスタイリングも斬新だった。3ドアのショートボディ(全長3695×全幅1695×全高1655mm、ホイールベース2200mm)は、大胆な曲線と大型のプロテクションモール、リアに向かって小気味よく跳ね上がるサイドラインなどによって、玩具のチョロQのようなアクティブかつキュートなエクステリアを創出。開放感あふれるドライブが楽しめるアルミ合金製のツインサンルーフ(外したルーフパネルはリアゲート内側に収納可)もオプションで用意する。また、悪路の走破力を決定づける各アングルも、アプローチで39度、デパーチャーで43度、ランプブレークオーバーで31度という優秀な数値を確保した。

乗車定員4名に設定したインテリアも、使いやすさを追求しながら遊び心あふれるデザインで演出。コクピット感覚あふれるインパネ造形や立体感を持たせた機能部品、ホールド性が高くかつ洒落た表地を張ったシート、分割可倒式の後席、前後席フルリクライニング機構などを組み込んだ。

 

■5ドア仕様、ワイドボディ、ソフトトップモデルの追加

新ジャンルの4WDモデルで、車両価格も159万8000円~189万8000円と決して安いモデルではなかったため、月販目標台数は2000台と低めに設定したRAV4。しかし、販売は好調に推移し、目標台数を大きく上回る月が続く。当時人気を急速に高めていた木村拓哉さんをイメージキャラクターに起用したこともあって、女性ユーザーからの注目度も非常に高かった。

 

RAV4の人気は、1995年4月に追加した派生モデルによってさらなる高みに達する。ホイールベースを210mm延長し(2410mm。全長×全幅×全高は4105×1695×1660mm)、乗車定員5名の5ドアボディに仕立てた「RAV4 Ⅴ(ファイブ)」を追加したことで、ファミリー層のユーザーが一気に増えたのだ。さらに1996年4月には、3ドアと5ドアの2ボディに、前後バンパーおよびサイドプロテクションモールをシルバー仕上げとした特別仕様車のエクストラツートーンパッケージを設定。見た目の上質感を重視するユーザーから好評を博した。

 

1996年8月になるとマイナーチェンジを行い、スポーツツインカムの3S-GE型1998cc直列4気筒DOHC16Vエンジン(165ps/19.5kg・m)を搭載したうえでオーバーフェンダーを装着したワイドボディ仕様(全幅1760mmの3ナンバー規格)の「タイプG」を新設定。また、全モデルにデュアルSRSエアバッグと4輪ABSを標準装備して安全性を向上させた。

 

翌97年9月にもマイナーチェンジを実施。シティユースを重視するユーザーに向けた2WD(FF)モデルを追加するとともに、リアセクションにソフトトップ、前席部に脱着式サンルーフパネルを備えた3ドアの「ソフトトップ」を新設定(発売は同年12月)する。また、内外装パーツの一部仕様変更やGOAボディへの進化なども敢行。さらに、外板色40パターン、内装色20パターンからの選択が可能な「パーソナルセレクション」をカタログモデル化した。

 

1998年に入ると、まず1月に3S-FEエンジンを搭載するワイドボディの「タイプX」を追加。8月には一部仕様変更を行い、3S-GEエンジンのVVT-i化(180ps/20.5kg・m)やエアロスポーツパッケージの設定などを実施した。

 

■クロスオーバーSUVの先駆モデルに昇華

モノコック構造のボディに既存の乗用車用のパワーユニットを組み込んで、都会派志向のライトな“ヨンク”モデルに仕立てられたRAV4は、日本のみならず世界市場、とくに北米市場で大いに販売台数を伸ばし、大ヒット作に発展する。

 

そのクルマ造りから、一般的な乗用車とクロスカントリー4WDが融合する、いわゆるクロスオーバーSUVの先駆の1台に位置づけられたRAV4。幅広く支持されたこの基本コンセプトは、世界基準のさらなる強化を図った第2世代(2000年5月デビュー)にも着実に継承されていったのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

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