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2019/12/15 18:00

六本木で開催中の鉄色濃厚の「天空ノ鉄道物語」−−特別展の見どころに迫った

【天鉄展レポート③】気持ち良く感じる1964年からの歴史展開

天鉄展は1964年から鉄道の軌跡を見る催しである。前述したように1964年と2020年と、前後の東京オリンピックイヤーを結びつけ、その間の鉄道の移り変わりを中心に紹介している。

 

太平洋戦争前後、さらに大正・昭和の鉄道の歴史となると、多くの人が見ず知らずの世界になってしまう。身近さが感じられない。ところが、1964年のオリンピックイヤーは、ちょうど東海道新幹線が開業した年であるし、60歳前後から上の年齢ならば、何らかの記憶が残っている時代にあたる。1964年は、シルバー世代からは、懐かしい記憶を呼び起こすのにちょうど良い年と言えそうである。

↑新幹線の展示コーナーには開業当時の鉄道地図とポスターなどが貼られる。0系の2列シート、さらに0系の実物のノーズ部分が展示されていた。筆者の家にもここで展示されていた新幹線開業時の記念乗車券と同じものが残っていたなあ、などと思いつつ見て回った

 

 

【天鉄展レポート④】上野駅はやはり“心の駅”なのです

今回の展示では、52階の中側を回る「内周」と窓側を回る「外周」の展示に分かれている。さまざまな鉄道関連用品や、鉄道の歴史が主に展示されるのが「内周」である。

 

さて「内周」の入口。このコーナーに郷愁を覚える方が多いのではないだろうか。

 

井沢八郎の「あゝ上野駅」という唄が耳に残っている世代には、当時の上野駅を再現した改札口がやはりお勧めだろう。駅員が中に立つスチールの改札ボックス。その上には発車する列車の時刻を示す木の札がかかっていましたっけ。シルバー世代にとって上野駅はやはり“心の駅”なのかも知れない。

↑上野駅の改札口を再現したコーナー。改札ボックスの上には東北方面、新潟方面行き列車の札が下げられる。左から青森行急行十和田、急行北斗と並ぶ。特急というのは、後の時代に現れたという時代設定なのだろう

 

 

【天鉄展レポート⑤】寝台列車にロマンを感じる方におすすめなのは

1964年は新幹線開業の年でもあり、夜に列車で移動するため、多くの寝台列車が運転開始され、全盛期へ移りつつある時代だった。夕方まで出張先で仕事、夜は寝台列車の食堂車で食べて、2〜3段ベッドで寝て、翌朝、出社という、それこそ“猛烈サラリーマン”ご用達の列車が、当時の寝台列車でもあった。

 

そんなかつての寝台列車に、ロマンを感じてしまう人にうってつけのコーナーが充実している。

↑東海道・山陽本線を走った寝台列車のヘッドマークがずらり。今振り返ると、こんなに寝台列車が走っていたのだ、と改めて驚かされる。ちなみに2009年3月31日に走った「はやぶさ・富士」が東海道・山陽本線を走る最後のブルートレイン寝台となった

 

その後、寝台列車の旅は優雅に華やかになっていく。国鉄の分割民営化に合わせて、JR東日本が特急「北斗星」を、JR西日本が特急「トワイライトエクスプレス」を走らせたのは、記憶に新しいところだ。

 

今回は、大阪駅〜札幌駅間と日本一長い距離を走った記念すべき豪華寝台特急「トワイライトエクスプレス」の、長さ11メートルという原寸大レプリカが、展示された。同列車が走った糸魚川の杉材で造られたものだそうだ。台車をはいていないものの、外から見た限りは木製と感じられず、鋼製車体の本物のように感じられた。乗車した経験がある方は、きっと懐かしく感じられることだろう。

↑寝台特急トワイライトエクスプレスの原寸大で再現したレプリカが展示される。1号車と3号車(食堂車)を合わせた造り。JR西日本から新潟県糸魚川市へ復興支援のために寄付された本物の車両部品が使われている。左上は側面に表示される列車名。行先は天鉄展が終了後に飾られる予定の「糸魚川」と表示されている

 

このトワイライトエクスプレスには思い入れがある。小社『トワイライトエクスプレスfan』(学研プラス・ネット書店で販売中)というムック誌を2009年から2016年にかけて計6冊、中心となって制作に関わった。

 

取材のための乗車経験も複数回あり、沿線で列車が走行する姿を数か月に渡って、北へ西へと追っかけた。残念ながら2015年3月12日に実際のトワイライトエクスプレスは定期運行を終えてしまった。そんなこともあり、レプリカとはいうものの、懐かしい車両に、久々出会ったような気持ちになった。

↑1号車のA個室スイート(通称・展望スイート)が再現された。札幌行き列車では、後部の展望が楽しめるとあって大人気だった。大きめのソファ椅子は、2脚を組み合わせるとソファベッドとなる。2人用個室だが、3人利用も可能だった

 

さて実物に触れる機会が多かった筆者としては、懐かしくもあり、食堂車「ダイナープレヤデス」などを見ると、今ふうに言えばそれこそ“インスタ映え”する車両であったことを実感する。

 

今回のモックアップは、車内に立ち入れなかったのがちょっと残念だった。天鉄展が終わったあとは、同レプリカは、糸魚川駅構内にある「糸魚川ジオステーションジオパル」で保存展示されるそうだ。

↑レプリカの内部、後方部分はトワイライトエクスプレスの3号車「ダイナープレヤデス」の車内となっている。テーブルセッティングなどが忠実に再現されていた

 

 

【天鉄展レポート⑥】これぞ究極!こだわり展示にどっぷり浸かる

つい思い入れがある列車に注目し過ぎた。他の展示も見ていこう。今回の天鉄展は、展示品のセレクトに関して、かなり思い入れが強いことが分かる。見せ方もざん新に感じられた。写真でいくつかの例を見ていこう。

↑廃線となる路線のさよなら列車や、急行「佐渡」などのさよなら列車のヘッドマークを集めたコーナー。こうして見ると廃線されたのは岩内線、幌内線、江差線、夕張支線と北海道に集中していることが改めて分かる

 

↑凝ったヘッドマークの展示方法。山陰本線を走った寝台特急「出雲」のヘッドマーク(写真左)、そして裏にまわるとヘッドマークの裏面が確認できる仕組み。「出雲 昭和49 11東京機関区」という記入がおもしろい

 

↑新幹線コーナーには0系の静電アンテナを展示。鉄道ファンからはツノとも呼ばれる静電アンテナ。このツノで架線を流れる電圧を検知、無線アンテナとしても使われた。アンバサダーの松井玲奈さんも「アンテナが目線の高さに置いてあって感激!」と話していた

 

懐かしい列車のヘッドマークの展示の中で、裏側を見せる展示には意表を突かれた。さらに下記のように今はなきレアな駅名標の展示も、うれしく感じた。

 

↑知内駅の駅名標。津軽海峡線が誕生した後の1990年に駅が開業、2014年に廃止された駅で、2002年以降は特急「スーパー白鳥」が1日に上り下りそれぞれ2列車しか停車しない不便な駅だった。隣駅の吉岡海底駅(青函トンネル内)も吉岡定点となり、廃止されている

 

今回の天鉄展のアンバサダーであり、また熱心な鉄道ファンとして知られる中川家・礼二さんは、JR各社の制服の展示が興味深かったと話す。

「JR7社の制服がズラリとならんでいて圧巻。JR貨物の制服まで展示されている、なかなかレアですよね〜」とうれしそうに語るのだった。

↑JR各社の制服が勢揃い。左側の5着は新幹線を運行する各社乗務員の制服。右側にJR7社(JR貨物を含む)の制服が並ぶ
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