全国を走る路面電車の旅 第14回 伊予鉄道市内電車
愛媛県松山市を中心に鉄道を運行する伊予鉄道。鉄道線と軌道線があり、鉄道線は「郊外電車」、路面電車が走る軌道線は「市内電車」と呼ばれている。今回は人気の坊っちゃん列車が走り、珍しい線路の平面交差(ダイヤモンドクロッシング)区間がある「市内電車」の魅力に迫ってみよう。

【歴史】夏目漱石が松山に赴任した1895年に走行開始
松山市といえば、すぐに思い浮かぶのが道後温泉に小説「坊っちゃん」ではないだろうか。道後温泉のシンボル・道後温泉本館が建てられたのが1894(明治27)年のこと。この翌年の1895年4月には、夏目漱石が松山中学の英語教師として赴任した。

市内電車の路線はいつ開業したのだろうか。実は漱石が松山に赴任した1895(明治28)年8月に三津口・現在の古町駅(こまちえき)~木屋町~一番町・現在の大街道付近の路線が開業した(当時は道後鉄道)。1896年4月、漱石は熊本へ移ったが短期間ではあるものの、市内電車に乗る機会があったのではないかと思われる。
ちなみに小説「坊っちゃん」(1906年に発表)のなかに登場する「マッチ箱のような汽車」は、1988(明治21)年に開業した松山駅~三津駅間(現在の伊予鉄道高浜線)を走っていたSL列車のこと。当時は軌間が軽便鉄道の762mmサイズだったこともあり、実際に“マッチ箱”のような小さい蒸気機関車が走っていた。
市内電車は1895年の開業後、1900(明治33)年に伊予鉄道に事業が継承され、1921(大正10)年には松山電気軌道と合併、現在の路線網が形作られた。

【車両】2001年から名物となった坊っちゃん列車
車両は通常の路面電車タイプの車両3形式が走る。1951年から1965年にかけて造られたモハ50形が主力車両。モハ2000形は京都市電だった車両で、5両が移籍して1979年から走り始めている。さらに2002年に導入されたのがモハ2100形。角張ったスタイルから“豆腐”と揶揄する声があるが、低床タイプで乗り降りしやすく利用者の人気も上々だ。

小説「坊っちゃん」に描かれた蒸気機関車を復活させたのが坊っちゃん列車。小説に登場した当時はもちろん蒸気機関車だが、市内で蒸気機関車を実際に走らせるとなると、ばい煙などの問題も起こる。そこで形はSL風に、中身はディーゼル機関車として復活させた。
坊っちゃん列車は、現在、D1形とD2形の機関車がそれぞれ客車(ハ1形とハ31形)を引いて走る。SL風の機関車といっても侮りは禁物だ。煙突からは水蒸気が出て、本物のSLのような“ドラフト音”、甲高い汽笛も鳴らされる。


【沿線】大手町駅前の平面交差区間は必見
市内電車の路線は現在5路線。1から6号線(4号線はない)の系統を走る電車が市内をくまなく巡る。およそ7分~10分間隔で走り(本町線のみ30分おき)、市内の移動や観光に便利だ。
市内電車に乗ったらぜひ訪れたいのが、まず道後温泉駅。駅の近くには古風な佇まいの道後温泉本館が建っていて、時間があればぜひ入浴したい。さらに坊っちゃん列車が到着したら、駅の奥に注目。小さな転車台(ジャッキ式の転換装置)があり、スタッフが機関車をぐるっと回し、機回し作業を行う。機械仕掛けでなく手作業というのがほほ笑ましい。

道後温泉以外に、ぜひ降りて見ておきたいのが大手町駅前の平面交差区間。鉄道の線路同士が直角に、もしくはX状にクロスすることをダイヤモンドクロッシングとも呼ぶ。このダイヤモンドクロッシングは、現在の高速化した鉄道では非常に少なくなり、しかも大手町駅前のように直角で交わるとなると、国内に数えるほどしかない。
さらに頻繁に電車が走り、路面電車だけでなく通勤型電車が走る区間となると、この大手町駅前しかない。音で表現するとダッターン、ダッターンではなく、ダタ・ダタ……というような。市内電車、郊外電車とも複線なので、さらにその“渡り音”が複雑化する。鉄道ファンならば、しばらくの間、ゆっくり鑑賞したくなるような場所だ。
ちょうどJR松山駅にも歩いて行ける距離にある。旅の締めに、このダイヤモンドクロッシングの“渡り音”を楽しんではいかがだろうか。


【TRAIN DATA】
路線名:城北線(古町~平和通一丁目間)、城南線(道後温泉~西堀端)、城南線・連絡支線(平和通一丁目~上一万間)、本町線(西堀端~本町六丁目間)、大手町線(西掘端~JR松山駅前~古町間)、花園線(松山市駅~南堀端)
運行事業体:伊予鉄道
営業距離:9.6m
軌間:1037mm
料金:160円(坊っちゃん列車は800円)
開業年:1895(明治28)年
*古町~道後〜一番町(現在の大街道付近)。当時は軽便鉄道(軌間762mm)で、1911年に1067年に改軌、電化。