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2016/11/20 20:30

乗れば乗るほど“あじ”が出る!? 新旧電車が異国情緒ただよう港町を走る「長崎電気軌道」

全国を走る路面電車の旅 第16回 長崎電気軌道

 

建ち並ぶ家々が、山の頂きまで段々状につづく。長崎の街らしい光景が見受けられる市街の通りを、長崎電気軌道の古参電車が走る。港町・長崎を包む独特の情景……。異国情緒ただよう港町を走る路面電車の魅力に迫った。

↑大波止(おおはと)電停近くには、カステラで知られる「文明堂総本店」がある
↑大波止(おおはと)電停近くには、カステラで知られる「文明堂総本店」がある

 

【歴史】原爆投下で痛手を被った長崎の路面電車だったが…

長崎電気軌道の歴史は1915(大正4)年、病院下(現・大学病院前の近く)~築町(つきまち)間が開業したことに始まる。その後、路線網を拡大していく。

 

太平洋戦争のさなかの空襲、さらに原爆投下による、車両の消失、多くの社員の殉職という惨劇が長崎電気軌道を襲う。大きな犠牲をはらったものの、残った社員一丸で復旧にあたった。終戦の1945(昭和20)年の11月末には、早くも一部区間の運行を再開。壊滅的な被害を受けた長崎駅前~浦上駅前間が翌年の2月、原爆が投下された爆心地に近い浦上駅前~大橋間が1947年の5月に復旧された。

↑松山町電停のすぐ近く、原爆公園内に原子爆弾落下中心地碑が立つ。訪れる人が絶えない
↑松山町電停のすぐ近く、原爆公園内に原子爆弾落下中心地碑が立つ。訪れる人が絶えない

 

1968(昭和43)年に思案橋~正覚寺下(しょうかくじした)間の開業で、現在の路線網ができあがった。他の都市の路面電車のほとんどが自動車に押されて路線の縮小を余儀なくされるなか、長崎では路線の縮小が行われていない。

 

運賃は現在、全線均一で120円と低料金に抑えられている。2009年にいまの運賃となる前は100円で、この金額はなんと25年間も据え置かれたという事実に驚かされる。物価が著しく推移した時代背景を考えると奇跡的なことであり、この金額は利用者にとってなんともありがたい。

↑1950(昭和25)年に造られた201形電車。この時代の車両がいまも元気に街中を走っている
↑1950(昭和25)年に造られた201形電車。この時代の車両がいまも元気に街中を走っている

 

【車両】造られて60年以上経過した電車が今も元気に長崎を走行

車両の多彩さは特筆ものだ。昭和20年代に自社で発注した201形、202形、211形、300形など。みな製造後50年以上を経過しているが、まだまだ元気に動いている。

 

さらに熊本市電、仙台市電、西鉄福岡市内線など、他社からやってきた電車も健在だ。西鉄北九州線の機器を流用して造られた改造車も走る。近年になって3000形、5000形といった低床の車両も導入されている。まさに多士済々、通る電車を見ているだけでも飽きない。

 

1911(明治44)年に造られた日本最古級、かつ木造電車160形も残り、イベント開催日に街中を走る姿を目にすることもできる。

↑1982年に導入された1200A形。西鉄北九州線の600形の機器を流用して造った車両だ
↑1982年に導入された1200A形。西鉄北九州線の600形の機器を流用して造った車両だ
↑5000形は2011年に導入された最新車両。長崎電気軌道にとって3000形に続く2形式目の低床車だ
↑5000形は2011年に導入された最新車両。長崎電気軌道にとって3000形に続く2形式目の低床車だ

 

【沿線】路線は4系統、人気の観光名所の大半をカバー

長崎らしさは、沿線の随所で目にできる。出島界隈では、洋館のすぐ横を路面電車が抜けていく、オランダ坂を降りてくると、坂の下を通りを抜ける電車と、通り越しに港が見える。長崎発祥の食べ物、カステラの老舗店のすぐ前を路面電車が走る。

 

こうした長崎らしい光景は、路面電車に乗っていれば、ごく当たり前のように味わえる。それがよそから訪れた人間にとってみると、すべてが新鮮に感じ、また楽しい。

 

長崎の路面電車の魅力を楽しむためには、各電車の運転区間を、ぜひ知っておきたい。路線の系統は4つ。1系統は、市街北の赤迫(あかさこ)と正覚寺下を結ぶ電車。3系統は赤迫と蛍茶屋を結ぶ。4系統は正覚寺下と蛍茶屋間の電車、5系統は市街南側にある石橋と蛍茶屋を結ぶ電車だ。

 

ちなみに、3系統の蛍茶屋発→赤迫行きが、ポイントの不具合(後述)から運行できず、築町を経由する2系統の電車として臨時に運行されている。系統という電車のわけ方は、路面電車に乗り慣れないと、少し面食らう部分がある。目的地に向かったつもりが違うところへ行ってしまった、なんてことにもなりかねない。

↑乗るときは行先表示に注目。系統の「5」を大きく表示、色も系統ごとに異なる
↑乗るときは行先表示に注目。系統の「5」を大きく表示、色も系統ごとに異なる

 

そこで確認したいのが電車の行先表示だ。表示は、行先の電停名とともに、1から5までの数字が大きく表示されている。1系統は青、2系統は黒、3系統は赤、4系統は黄色、5系統は緑という具合に色分けもされている。

 

どこで電車を乗り継ぐかというのも大きなポイント。たとえば長崎駅からグラバー邸方面へ行きたいとする。その場合は、長崎駅前から青い表示の1系統・正覚寺下行きの電車に乗る。築町電停で緑表示の5系統・石橋行きに乗り換え、大浦天主堂下電停で下りればいい。そうすればグラバー邸もほど近い。

↑長崎駅前からグラバー園などがある石橋電停へ向かうときは、築町電停での乗り換えが必要だ
↑長崎駅前からグラバー園などがある石橋電停へ向かうときは、築町電停での乗り換えが必要だ

 

知らないとちょっとまごつく長崎の路面電車だが、使いこなせばもう鬼に金棒、怖いものなしだ。市内の観光スポットの多くが路面電車の沿線にあるから、路面電車で大概のところへ行くことができる。慣れればこんなに便利な乗り物はないと感じるだろう。

 

乗れば乗るほど楽しみが増す長崎の路面電車。訪れたときは数多く乗って、ぜひその良さを味わっていただきたい。

 

【番外編】直したのに、なぜか脱線してしまう…。これは新種の都市伝説か?

2016年6月3日、公会堂前交差点で蛍茶屋発の赤迫行き(3系統)路面電車が脱線した。わずか時速6kmという速度にも関わらずである。実はこの交差点、過去に3回も同じ方面へ向かう電車が脱線している。昨年10月の脱線があった後、慎重に原因を調べ、分岐のポイントを取り換え、5月23日に運転を再開したばかりだった。2016年11月現在も復旧しておらず、3系統の赤迫行きは築町経由のやや遠回りするルートで運行されている。

↑公開堂前のこの分岐ポイントが “魔の交差点”。ちょうど写真の地点でなぜか脱線が頻発した
↑公開堂前のこの分岐ポイントが “魔の交差点”。ちょうど写真の地点でなぜか脱線が頻発した

 

公開堂前の交差点は、それほど極端な急カーブではない。路面電車の路線には、良くある分岐ポイントだ。速度も人が歩くぐらいにスピードを抑えていたのに、なぜか脱線をしてしまう。まさに“魔の交差点”。長崎という土地のせいかあまり話題にはのぼらないが、これは不思議。専門家を交えての本格的な調査が望まれるところだ。

 

【TRAIN DATA】

路線(系統)名:1系統/赤迫~正覚寺下、2系統/赤迫→蛍茶屋(築町経由)、3系統/赤迫~蛍茶屋(桜町経由)、4系統/正覚寺下~蛍茶屋、5系統/石橋〜蛍茶屋

運行事業体:長崎電気軌道

営業距離:11.5km

軌間:1435mm

料金:120円

開業年:1915(大正4)年

*病院下(現・大学病院前の近く)〜築町間が開業。