事例集
2023/5/29 19:00

自然と共生する小屋の作り方~地球守のダーチャフィールドを訪ねる~

放置されて荒れた里山を整備し、生物が健康に循環する、美しい自然環境を作る。そんな活動が展開されるダーチャフィールドに建つ小屋には、現代の一般的な建物とは異なる工夫が施されている。
とはいえ、その工夫は昔の日本人が自然と共生するために当たり前に行なっていたもの。現代に生きるわれわれも受け継ぐべき知恵の結晶といえるだろう。

ダーチャフィールドに建つ、石端建ての小屋。独立基礎だから、傾斜がある地形を崩すことなく建てられる。なお、ダーチャとは、旧ソ連圏で多くの世帯が郊外に所有し、休暇や週末を過ごす宿泊小屋つきの菜園用地のこと

土中環境を改善して荒れた里山を整備する

ダーチャフィールドは千葉市緑区にある。広さは2000坪。造園・土木設計施工、環境再生の専門家である高田宏臣さんが、講座やワークショップの参加者、自身が代表を務める高田造園設計事務所やNPO法人地球守のスタッフとともに、2012年から整備を進めてきた。

その整備の方法こそが、重要なポイントだ。機械を多用して、大ざっぱに体裁よく整えたりはしない。土地の形や状態をよく観察し、どこにどういう処理を施せば、効果的に自然が本来の力を発揮できるかを判断し、実践する。そのときだけきれいに見えるように片づけるのではなく、自然が健康な循環を続けられるように促す。機械の使用は最小限にとどめ、ほとんどが人力での作業だ。必然的に、機械がない時代に、知恵を頼りに自然と向き合った先人たちのスタイルに近づくということだろうか。

もちろん、そのような整備方法のよりどころは、高田さんの豊富な知識と経験。知識も経験もなく荒れた土地に立ったところで、どこに手をつければ効果的に改善できるかはわからないだろう。ひとまずここでは、高田さんに教えてもらった、土地を改善するための主なテーマをふたつ挙げておきたい。いずれも対象は地上ではなく、土の中にある。荒れた森林を整備するには、地上の植物ばかりを相手にするのではなく、土中に着目しなければならないというわけだ。

ひとつは、土の中の水と空気の流れを整えること。もうひとつは、菌糸のネットワークを育むことだ。前者については、具体的な方法はさておき、意味は理解しやすいと思われる。一方、後者についてはピンとこない人も多いのではないだろうか。菌糸といえば、たとえば地面にある大きめの石を動かしたときなどに現れる、白い極細の糸状のもの。もしかしたら一般的にはあまり印象の良いものではないかもしれないが、自然環境においては非常に大切な存在なのだ。

菌糸は、水と空気が流れるすき間を持つ団粒土壌を形成するほか、落ち葉などを分解して林床を覆う腐植層を形成したり、木から木へと養分や情報(!)を運んだり、樹木根と連動して土中深くに水や空気を動かしたりと、豊かな土地作りに欠かせないさまざまな働きを担っている。そのため、菌糸をより広く深く張り巡らせることが、土地の改善につながるのだ。

このあたりのことを詳しく知りたければ、高田さんの著書『土中環境』(建築資料研究社刊)をぜひお読みいただきたい。NPO法人地球守が主催するワークショップに参加するのも、高田さんの話が直接聞けておすすめだ。

自然の働きを利用して安定した基礎を作る

ダーチャフィールドには、複数の小屋が建っている。どの小屋にも、土地の改善過程に悪影響を及ぼすことのない、自然と共生できる構造を採用している。そういった構造の多くは、昔の日本人が一般的に用いたものだという。象徴的なひとつが、石端建てだ。

石の上に束柱を載せる石端建ては、古民家などで見かけることがある。ここで私は自分の無知を告げておきたいが、石を基礎に使うのは、作業の簡略化や資材の節約が理由ではないかと考えていた。石の下には、せいぜい砂利を敷く程度だろうと想像したからだ。

なかにはそんな石基礎もあるだろうが、石端建てはまるで違う。一例を紹介すると、まず、石を据える場所に、石よりひとまわり大きい深さ20㎝ほどの穴を掘り、穴底の中心に直径12㎝、長さ1・5~2m程度の丸太杭を打ち込む。丸太杭は表面をウロコ状に焼き焦がし、多孔質にしたものだ。目的は、この丸太杭をつたって土中に空気と水が流れるようにすること。それに伴い、丸太杭の周囲には菌糸が伸び、続いて木の根が伸びて、基礎石の下には安定した地盤ができる。

打ち込んだ丸太杭の頭のまわりには籾殻くん炭、竹炭、ワラなどを敷き、穴全体に直径10㎝前後の栗石をぎっしり詰め、すき間にワラをねじ込む。やはり空気と水が流れ、菌糸が乗りやすい環境を作るわけだ。とくにワラには菌糸が乗りやすい。その上に小石を敷き、籾殻くん炭をまくなどして、ようやく基礎石を据える。

基礎石のまわりにも栗石や小石を並べ、すき間にワラをねじ込んだり籾殻くん炭をまいたりして、土で覆う。そうすることで、基礎石の側面にも菌糸がよく絡み、根が生えたように安定感のある基礎ができあがる。しかも、コンクリートで局部だけをガチガチに固めた基礎とは違い、周囲の動きに連動する柔軟性を持ちあわせた基礎だ。そしてなにより、コンクリートのように土中の空気、水、菌糸の動きを遮ることがなく、それが周囲の自然を傷めないことにつながる。

作業の簡略化、資材の節約なんて、とんでもない。石端建ての作り方を知るだけで、身のまわりにある材料を有効に活用して、自然の摂理に沿う建物を作っていた先人の知恵に圧倒される。

 

便を効率よく分解し周囲の木を生かすトイレ

生活に不可欠な設備といえば風呂とトイレだが、ダーチャフィールドにある風呂とトイレは、自然とともにある暮らしにふさわしい。

風呂はドラム缶風呂。ただし、野天にドラム缶の浴槽をぽつんと置いたものではなく、レンガと土で作った立派な釜があり、浴槽を囲む屋根、壁、洗い場があり、洗い場の床下には竹で作った排水設備がある。野趣を感じられるデザインでありつつ、快適に日常使いできそうな構造を備えており、実用的なDIYアイテムのサンプルとして本誌読者の皆さんにもおすすめしたいところだ。

そしてそれ以上に注目したいのが、健康な土中環境を活用すると同時に、健康な土中環境を育むトイレの仕組みだ。主要な構造はシンプルで、地面に便槽となる穴を掘り、便が落ちる位置からずらしたところに、さらに深さ30㎝ほどの縦穴を掘って、節を抜いた竹、炭、枝などを差し込んでいる。理屈は石端建てのときに丸太杭を打ち込むのと同じで、土中の空気と水がスムーズに流れ、菌糸が広がるように促すのが狙い。それによって便が効率よく分解され、土地もいっそう豊かになる。

なお、このトイレは設置場所にも気を配る必要がある。望ましいのは、地面に段差がある付近で、近くに木が生えているところ。地面に段差があれば、切り立った側面から空気と水がスムーズに流れ、近くに木が生えていれば、菌糸を介した養分の運搬が活発になる。つまり、そういう環境であれば、便は素早く分解され、周囲に生えている木は元気になるという相乗効果が生まれるのだ。

里山で暮らしたり、週末を過ごしたりするために、どういうトイレを作ろうかと悩む人も少なくないのではなかろうか。浄化槽の設置計画がわずらわしいという人だっているだろう。もし状況が許すなら、こんなナチュラルなトイレを作ってみてはいかがだろう。処理に困っていた便は、数日もすれば消えてしまい、いつの間にか土地を健康にするために役立っている。こんなに効率的なことがあるだろうか。

取材・文◎豊田大作(編集部)/写真◎門馬央典

*掲載データは2021年3月時のものです。