人口削減が加速する日本社会で、外国人材は日本の重要な働き手となっています。 法制度のもとでは、外国人材を受け入れる体制が整わず、技能実習制度が実質的な労働力の2019年、この状況に変化が生じました。新たな在留資格「特定技能」制度が開始されたことにより、日本は労働力として外国人材を受け入れる方針に踏み切りました。
この大きな方向転換の中で、パーソルグループは外国人材に特化した新会社PERSOL Global Workforceを設立。 2021年度には100社以上の日本企業・400名以上の外国人材の採用を支援するなど、外国人材と日本をつなぐ架け橋として、事業を拡大しつつあります。PERSOL Global Workforceの代表取締役社長・多田盛弘氏に、変革期にある日本の外国人材採用の最前線について聞きました。前後編でお送りします。
技能実習開始から30年、日本の外国人材市場の変化
井上 PERSOL Global Workforceの活動内容と、事業内容と特徴をお聞かせください。
多田 当社は2019年の特定技能認定の開始に合わせて、外国人材紹介と定着支援に特化した事業会社として活動をスタートしました。透明性が高く、クリーンな外国人材外国人材の育成から、採用、日本での就労、そして帰国後のキャリア形成まで、一気通貫での支援を行っています。
井上 日本の外国人材市場の現状について教えてください。
多田 外国人材は、日本社会を支える貴重な働き手となっています。 特に介護や農業などの業種では、外国人材なしでは立ち行かないとは過言ではないでしょう。そして今、 日本の外国人材市場は、大きな転換点を迎えています。
歴史を遡ると、約30年前の入管法改正により、日本で働く外国人労働者数が本格的に増え始めました。ただし、その時は技術・人文知識・国際業務などの高度人材を受け入れる労働目的として在留資格以外で来日する人材が3割以上を占めます。例えば日本への職能を学ぶための「技能実習」制度や留学生として来日し、在留資格「留学」の資格外活動という形で働いています外国人材がそれにあたります。日本でコンビニエンスストアで働くことを目的として在留資格は存在せず、よく見かける外国籍のスタッフの多くは留学生の立場で来日してアルバイトとして働いています。
これに対して、2018年に成立した改正入管法では、新たな在留資格「特定技能」が定められました。2019年4月からスタートしたこの在留資格は、介護や農業などの国内人材を確保することが困難な状況にある産業において、一定の専門性・技能を有する外国人材を労働者として受け入れる制度です。
井上 これまでの制度の課題とは何だったのでしょうか。
多田 技能実習生も留学生も、これらの在留資格は、「働くため」ではなく、「学ぶため」という前提がありました。こうした前提があるために、人材紹介ビジネスモデルを成立させることが難しく、さまざまな課題が生じていました。
その1つが、報道でよく知られるところとなった「送り出し機関」の課題ですね。従来の技能実習制度は、技能実習生の母国に所在する「送り出し機関」と、日本にある「監理機関」が連携して、外国人材を日本の企業に紹介する仕組みとなっています。多くの送り出し機関や監理機関は真っ当な仲介を行っていますが、中には送り出し機関の中には働き手の外国人材から搾取を行うような機関も存在します。技能実習生の中には、日本で働くための100万円~200万円の借金を背負っている人も存在するのです。
さらに、技能実習生の失踪問題もあります。技能実習生を受け入れている職場の一部では、適切な労働環境が用意されておらず、技能実習生が耐え切れずに失踪してしまうケースもあります。送り出し機関は日本国外に存在しており、日本から管理・監督が難しいという問題、また労働環境に関しては、受け入れ企業を管理・監督すべき監理団体が機能していないという構造的な問題があります。
井上 技能実習制度の仕組みでは、適切な労働環境を確保するのが難しく、悪質な事業者の介在を許してしまう、ということですね。
多田 はい。外国人材にとっては、日本の市場で働きたいというニーズがあり、日本企業にとっては労働力を受け入れたいというニーズがありました。双方に需給がある一方で、特定技能資格の創設前は、それに相応しい在留資格が存在しませんでした。制度の不在が技能実習の悪用に繋がり、さまざまな問題を引き起こすことになったという訳です。
特定技能制度は、こうした技能実習の反省を踏まえて創設されました。看護、建設、製造など12の分野を対象とした在留資格で、2019年〜2023年度までの5年間で最大34.5万人を受け入れ上限としています。これまで労働力として外国人を受け入れることに及び腰だった日本にとって、特定技能の開始により、ようやく門戸を開いたことになります。
井上 日本で働きたいと思う外国人材にとって、大きな変化と言えますね。特定技能制度には、どのような特徴がありますか。
多田 特定技能制度は、「働く」ことを前提とした在留資格ですので、原則として外国人材と企業側が直接雇用契約を結ぶことになります。そのため、この制度において人材紹介を行う事業者は、職業安定法に基づく職業紹介事業者としての許可が求められるようになりました。つまり日本人が日本企業で求職する場合と、より近い制度設計となっています。
技能実習で認められていなかった「転職」が可能になったこともポイントです。特定技能で働く外国人労働者は、技能を有する業種であれば、別の企業へ転職することが認められています。また、農業と漁業の分野では派遣労働が可能となっており、繁忙期に合わせて柔軟に雇用先を変える働き方も可能となりました。
特定技能には1号と2号という、2つの分類があります。1号は介護、ビルクリーニング、自動車整備、農業、食品製造、外食業など12分野の14業種が指定されています。2号は特に習熟した技能を有する外国人に付与される在留資格で就労期間の上限がなく、配偶者や子どもの帯同も可能となっています。現在、2号は建設業と造船業のみに限定されていることから対象者が少なく、現在は特定技能1号を利用されている方がほとんどですが、政府は特定技能2号の対象業種を拡大する閣議決定を2023年6月にしています。
井上 外国人にとって、より健全な制度設計になっていますね。
多田 はい。外国人材市場の形成という観点からも、特定技能制度よりも透明性の高い市場形成が可能になったと考えています。一方で、解決されるべき課題が残されていると当社は考えています。
5年上限は妥当?
井上 特定技能制度のどのような点が課題と考えていますか。
多田 実際の運用において課題となるのは、5年という在留期間の上限です。閣議決定で2号への適用業種の拡大を決めて5年以上働ける可能性も出てきましたが、狭き門にする議論もされており、せっかく外国人材を受け入れても、5年働いてもらったら母国へ帰らざるを得ない人たちも多くなる可能性があります。
井上 日本で働き続けたいと希望する人に、キャリアが用意されていないということですね。
多田 その通りです。特定技能1号の期間を修了した外国人材は、日本で5年も働いて、日本語もペラペラになり、各分野でスキルや経験を積んだ人たちです。日本で活躍できる即戦力といえます。そうした方々に日本での適切なキャリアパスが提供されないという状況は、改善されるべきだと私たちは考えています。
日本は少子高齢化が続いており、労働力不足は今後ますます深刻になるでしょう。そして、外国人材の市場は変化し続けており、日本の労働市場は魅力的ではなくなりつつあります。そのような状況下で日本を選び、一定のスキルを積んだ人材を帰国させてしまうというのは、長期的に見て日本社会の損失ではないでしょうか。
「給与の高い国」ではなくなった日本
井上 外国人材市場の動向についてうかがいます。外国人材市場において、日本はどのような国として見られているのでしょうか。
多田 技能実習制度が始まった頃の日本はバブル崩壊直後で経済的にも余裕があり、海外に働きたいと志す新興国の人にとって、魅力的な国の1つでした。しかし、今はそうではありません。日本は残念なことに、少なくとも外国人材にとって給与面での魅力はなくなっているのです。
介護業界を例に上げて説明しましょう。フィリピンは、看護師、介護士を育成して世界各国へ送り出しています。フィリピン人にとって、外国で介護の仕事をするというのは身近な選択肢です。
そんなフィリピンの方が海外で働こうと決めたシーンを想像してみてください。この人は次に、どの国で働こうかと比較することになります。日本の介護業界では、月給にして10万円台後半が一般的な水準です。一方でドイツの介護業界では、同じスキルの労働者を月給30万円〜50万円台で受け入れています。
待遇面で比較すると、ドイツで働く人は、日本で働く人の3倍近い給与をもらえる可能性があるわけです。この給与水準は2022年に円安時期にドイツの介護事業の経営者から聞いたものですが、円安を考慮しても、給与面での他国と日本の乖離は非常に大きくなっています。
井上 日本は給与水準で海外との競争に遅れをとりつつある、ということですね。
多田 おっしゃる通りです。特にスキルの高い人材は、日本市場を選ばなくなっている傾向があります。待遇面で見るなら、日本は消極的な選択肢になっています。「欧米で働きたかったけれど、行けなかったから日本に行く」というような選ばれ方をしています。
井上 日本市場を選ぶ人は、どのような理由で選んでいるのでしょうか。
多田 やはり、日本の経済力が伸びていた時代のブランド力がまだ持続しており、治安の良さなどを評価されて、日本を選ばれる方が多いようです。
また、アニメや漫画が好きという方も、一定数は日本を選択される方もいらっしゃいます。「日本が好きだから、給与は高くないけれど、日本で働きたい」という方ですね。
先ほど申し上げた通り、特定技能では、現状は上限5年、2号拡大後も多くの人材が帰国する可能性があります。ポジティブな理由で日本を選んで、5年間働いて日本語も慣れた外国人材を母国へ帰してしまう。これは非常にもったいないことだと思います。
井上 示唆に富むお話ですね。外国人材にとって、日本が選ばれにくくなっている現状を、働き手を必要とする日本企業は、どのように捉えているのでしょうか。
多田 企業によって様々ではあるのですが、「東南アジアの人材なら、日本人の最低賃金を出せば集まるんじゃないの?」と考えている方もいらっしゃいます。人材市場の現状を知る立場としては、その考え方で外国人材を集めるのは難しいということをお伝えしなければなりません。
当社も、これまで、フィリピン、インドネシア、ベトナムといった東南アジアの国々の人材を中心に受け入れを行ってきていますが、今後は、バングラデシュやスリランカのような南アジアの新興国にも展開を広げ、外国人材と日本の企業を繋いでいきたいと考えています。
また、受け入れ先となる企業へ外国人材市場の現状を正しくお伝えすることも、私たちの重要な役割です。PERSOL Global Workforceでは、外国人材を受け入れたい企業に向けたセミナーを実施しており、私自身も北海道から沖縄まで、全国各地で講演しています。
外国人材と企業、受け入れ前の悩みと受け入れ後の実感
井上 受け入れる側の企業は、外国人材をどのように考えているのでしょうか。
多田 外国人を雇用していない企業の皆さんに悩みごとをうかがうと、具体的に課題があるというよりも「外国人を雇ったことがないため、対応が分からない」というような、漠然とした懸念をお持ちになられていることが多いようです。「文化や慣習が違うから、揉め事を起こすのではないか」と懸念される方も多くいらっしゃいます。
ただ、ここは強調しておきたいことなのですが、実際に外国人を受け入れている企業の方々に率直な感想をうかがうと、ほとんどの方が「働きぶりが想定以上でした」とおっしゃいます。文化や慣習の違いが大きな問題になることもほとんどありません。
井上 雇用する前の不安と、実際に雇用してみての感想が対照的ですね。
多田 そうですね。実際に受け入れた企業の方からは「日本人よりも熱心に働く」というお声をいただくことも多くあります。
これは当然といえば当然の話です。海外で働こうと志して、外国語と資格取得のための勉強をわざわざ行うような人材は、業務に当たる時のモチベーションも責任感も高い水準になるのは、ご想像に難くないでしょう。
井上 なるほど。そうなると、最初の一歩が課題となるわけですね。
多田 そうですね。そのハードルを下げていくためにも、外国人材市場の現状をご紹介するのは、私たちの重要な役割だと考えています。
研修は日本語能力を重視
井上 特定技能1号で働く外国人材は、入国前に日本語能力と技能を確認することとされています。入国前の研修は、どのような形で行われているのでしょうか。
多田 当社では、入国前の資格取得の段階から支援を行っています。研修期間は約3か月で、研修の大部分は日本語でコミュニケーションを取るための教育に充てています。
井上 日本語を重視したプログラムなのですね。
多田 はい。アプリを活用して、まずは特定技能を取得するために必要な、専門知識を身につけるための学習プログラムを提供しています。当社の日本語教育んも大きな特徴は短期間で実践的な語学力を身につけることができることです。講義を聞くのではなく、生徒自身が会話する、文章を作るというアウトプットを重視した内容です。
また実際、外国人材が日本で働く上で、最も重要なのはその分野のスキルよりも日本語でのコミュニケーション能力です。
井上 なぜ、日本語のコミュニケーションが重要でしょうか?
多田 日本語での情報伝達ができれば、業務知識自体はOJTなどの入社後研修で身につけることができるからです。建設、農業、製造業など特定技能の対象産業の現場で、日本人を採用する際に資格が義務付けられているケースは少ないです。例えば介護業界なら、介護福祉士の資格を取得して転職活動をされる方もいらっしゃいますが、業界未経験で、職務を通してスキルを身につけられている方も多くいます。
要するに、業務における情報伝達さえしっかりと行えれば、実践的なスキルは業務を通じて獲得することができるということです。これは外国人材でも同じです。
井上 短期集中で日本語をしっかりと身につけてもらって、スキル形成は就職後、現場での研修と業務経験でということですね。
多田 はい。研修にも費用はかかりますし、外国人材にとっても研修で長期間拘束されることは負担となります。研修期間を圧縮して、短期集中で行うことには、受け入れ企業と外国人材の双方にメリットがあるのです。
【後半記事】
外国人材市場における日本の課題とは? PERSOL Global Workforce・多田盛弘社長が語る真のグローバル化
取材・文/石井 徹 撮影/ 映美