娘さんに部屋を明け渡してもあきらめないオヤジ。奥さんには物置を作ると言ってごまかしたオヤジ。好きなジャズを堪能するオヤジ。宴会で盛り上がるオヤジ。彼らはみんな、秘密基地を持っている。いろんな工具や材料を駆使して不足ない空間を作り、そこにはお気に入りのアイテムを盛大に取りそろえているのだ。余計なものは持ち込まない、自分の趣味嗜好だけを表す理想の空間。そんなオヤジたちの秘密基地を紹介していく。今回の秘密基地は、セルフリノベで実現したプライベートジャズバー。
音楽を愛する者ならば、誰もが一度は「誰にも邪魔されず、大音量で、好きなだけ、音の海に漂っていたい」と夢想したことがあるだろう。そして、そのジャンルがジャズだったら? さあ、想像してみよう。メロウでスムースな演奏に耳を傾けながら、ゆっくりと琥珀色の液体を喉に流し込む。ワンテンポ遅れて鼻から抜ける甘い香り……。そう、頭に浮かぶのは飴色の照明がともるジャズバーだ。そしてここにはそんな憧れのバーのマスターになった男がいる。方法はセルフリノベーションだ。
米山忠章さんは定年退職後、自宅の庭に捨て置かれた廃屋同然の大きな物置に注目。母屋からほどよく離れた場所にあり、これをただ取り壊すのはもったいないと工務店を営む友人に相談。雨漏りの心配がある屋根や壁の施工をプロに任せ、自ら内装工事にチャレンジした。
イメージはオーセンティックなバーだ。日曜大工の経験は犬小屋を作ったことくらいしかなかったが、とにかく手を動かした。広い壁には漆喰を塗布したが、手練りではラチがあかないので撹拌用のミキサービットを溶接して自作。床には20㎜厚の無垢板を敷き詰めたが、すき間があいたりしてなかなかうまくいかないこともあった。そんなふうにリノベーションに奮闘する米山さんの話は周囲に伝わり、自然と廃材が集まってくるようになった。バーカウンターの天板やスツール、それに出入口のドアは、いきつけのバーが改装する際にもらい受けたという“本物”だ。
そうして施工を進めること8カ月、ようやく物置は再生した。スペースの半分がバー、もう半分がオーディオルームという、まさに男の隠れ家の誕生だ。
携帯電話に友人から電話がかかってきたら、米山さんのバーが開店する合図だ。心地よい音楽とうまい酒のある空間ほど、友との語らいの場にふさわしいものはない。ドアを開けるとロリンズのテナーサックスの音色が優しく迎え入れてくれる。今日は何を飲む? 珍しいのが入ったんだよ……。話は静かに熱を帯びていき、夜は深くなっていく。ようこそ、NEWK’S BARへ。
This is MYこだわりモノ「カクテルレシピブック」
日本全国のバーを飲み歩くのがライフワークのひとつという米山さん。そんな米山さんがバーに行った際、注目するのがカクテルの作り方。ときにマスターに直接レシピを聞いたり、カクテルが生まれるきっかけになった逸話をメモ。それをもとにしたオリジナルのカクテルレシピを製作中。プライベートバーに来る友人がウイスキー好きばかりとは限らない。そんなときはこのレシピの出番。米山さんの描く味のあるイラストとカクテルエピソードに、自然と会話の花が咲く。
HIDEOUT DATA
オーナー…米山忠章さん(64歳)/用途…大音量でジャズが聴けるプライベートバー/建物タイプ…物置のリノベーション/所在地…長野県下伊那郡/延床面積…25㎡/製作期間…約8カ月/施工費…約200万円
写真◎田里弐裸衣
*掲載データは2018年6月時のものです。