ASEAN加盟国の中でも、3番目に人口の少ないラオス。直接投資では、中国やタイ、ベトナムなどの周辺国の存在感が大きく、日本ではビジネス対象としての認識が低い現状がありますが、近年じわじわと経済発展を遂げています。都市部から会社勤めをする人々が増加し、ライフスタイルも大きく変わり始めています。そんなラオスで、今、日本の日用消費財を提供するスーパーマーケットが盛況です。日本企業の進出が進んでおらず、在留邦人が700人程度のこの国で、なぜ日本の商品が人気を集めているのか? ラオスで日本の商品を輸入販売している守野雄揮氏に話を聞きました。今回は、その中でも「食」に焦点をあて、その背景について考えます。
お話を聞いた人
6~8%の安定した経済成長率が変えるラオスのライフスタイル
ラオスに来た多くの日本人が、「ゆっくりとした時間の流れ」をまず感じると言います。国土は、日本の本州と同程度ながら、その人口はおよそ700万人と日本の人口の1割にも満たないラオス。街を走る車やバイクの数も日本とは比較にならないほど少ないことがその一因です。さらにラオス人の国民性として、時間を厳密に守ることに重きを置かないという点も影響しているようです。
「おおらかな国民性は旅行者にとって魅力的ですが、ビジネスを始めるには、難しい面もあります。期限通りに仕事は進まず、雨が降れば、遅刻や欠勤も当たり前。仕事よりも自分の生活を大切にしながら暮らすのがラオスの風土です。だからこそ、衣食住に関する関心も高く、特に食事は、時間をかけて自分で調理し、しっかりと食べる価値観が根づいています。しかし、都市部から、その傾向に変化が見られるようになりました」
コロナウイルスの感染拡大以前は、工業やサービス業の拡大もあり、概ね6~8%の経済成長が10年以上続いていました。産業分野別の就業人口構成比では、いまだ農業が7割近く、国民の多くが自給自足的な農業に従事する貧しい国というイメージもありましたが、2019年の産業構造は、サービス業(GDPの約42%)、工業(約32%)、農業(約15%)。農業の比率は年々減少しています。
「最近では、残業することが増え、都市部では渋滞も発生しています。仕事や通勤に時間を取られ、ゆっくりと市場へ食材を買いに行く時間はなくなりました。共働き家庭が多いので、子どもの送り迎えなどでも忙しく、食事を作る時間が取れず、外食やテイクアウトを利用する方が多くなっています。私がラオスに赴任した10年前と比べ、会社勤めをする方が増えているので、ラオス経済の発展という視点では良いことなのですが、それによって都市部から徐々に仕事を優先する、仕事を中心としたライフスタイルに変化しています」
富裕層の増加とライフスタイルの都市化が日本食ニーズの追い風に
現在、守野氏は、変化するラオス人のライフスタイルに対応すべく、日本の食材や日用品を扱う「Phin Tokyo Plaza」というスーパーを国内に4店舗展開しています。
「現地法人を設立した当初は、ホテルやツアーなどの観光業がメインでしたが、並行してJICAの事業にも参画していました。地域住⺠の⽣計向上と産業振興を目的に、地方の手工芸品や農産加工品などの特産品を開発し、都市部で販売するプロジェクトです。その一環としてラオスで日本米を作ったのですが、それがすごく人気で。これなら日本の食材のニーズがあるかもしれないと思ったのが小売業立ち上げのきっかけです。年々富裕層が増えていると感じていましたし、当時はまだ、直接日本から商品を輸入して販売している会社がなかったのでビジネスチャンスだと思いました」その読み通り、「Phin Tokyo Plaza」は順調に売り上げを伸ばしています。
忙しくなったラオス人の食卓に、手軽に取り入れられる日本食
ラオスの食文化は、米とスープを食べるという特徴があります。ご飯と味噌汁を基本とする日本食に近く、出汁を取る料理が基本なので日本食との相性もいい。近年のライフスタイルの変化も相まって、忙しい中でも手軽で美味しく、栄養価の高い日本の食材のニーズが発生したと考えられます。こうした食材は、レストランとは違い、毎日の食卓で使われるもの。ですから、「ラオスの食生活と親和性が高く、日常的に取り入れやすい商品の人気が高い」と守野氏。特に「わさび」「乾燥わかめ」「ふりかけ」は、日本食材のスーパーだけでなく、コンビニでも人気の3商品です。
「隣国タイでサーモンが人気だということも影響して、ラオスでもサーモンの刺身を好む方が多く、少し高級なスーパーマーケットに行けば、普通にサーモンを購入できます。当社も冷凍サーモンを販売していますし、サーモンと一緒に、わさびを選んで購入する方が多いんです。乾燥わかめに関しては、スープの中に入れるだけという手軽さが受けています。商品のインパクトも重要ですね。乾燥わかめは、水に浸すことで、かなり量が増えるので、お得感もある。その点も人気の理由だろうと感じています」
ラオス人は、基本的にタイの影響を大きく受けています。タイ語とラオス語がかなり似通った言語ということもあり、タイ語を理解できる人が多く、タイの YouTubeやテレビを普段から視聴しているからです。日本食が流行したタイのトレンドを追い風にラオスで日本食市場が拡大したことも、日本の食材を受け入れる土壌になっているのかもしれません。今では、日本食レストランの数も増え、日本レストランをオープンするラオス人の経営者も現れてきました。富裕層のための高級店から庶民的なレストランまでお店の幅も広がっています。
医療体制の脆弱さから健康志向に。栄養価の高さも人気のポイント
ラオスの平均寿命は68.5歳(2019年時点)。周辺のタイ(77.7歳)、ベトナム(73.7歳)と比べても低い傾向です。食生活や経済的な要因もありますが、ラオスの医療体制の脆弱さの影響は小さくない。その事実が、ラオス人の健康に対する意識を高めていると言えます。
「ラオスの医療レベルは決して高いとは言えず、ラオス人もそれを実感しています。コロナウイルスの拡大前であれば、経済的に余裕があるラオス人は、出産や緊急時にタイの病院を利用していました。健康にまで気を配れる方が増えるぐらい豊かになっているともいえると思います。コロナ前は、エアロビやランニング、ジムに行くなど運動によって健康を保っていた方も、今年の4月から再び厳しいロックダウンが続いているため、外出せずに健康的な生活を送りたいと考えているという印象です」
国内の医療に頼れないからこそ、自助努力で健康を維持しようとするラオス人にとって、手軽で質の高い栄養素を提供してくれる日本の食材は魅力的に感じるのでしょう。特にラオスは、海に接していない内陸国という地理的な特徴により、海鮮系の商品が手に入りにくいためヨウ素と言われるワカメや昆布に含まれるミネラルが不足しがち。こうした点も日本の食材が求められる要因となっています。
さらに、食の楽しみを大切にするラオス人は、美味しいものを我慢するという考えはなく、足りない栄養をサプリメントで補うということにも抵抗がありません。以前から薬局で処方されるようなビタミン剤などはありましたが、より手軽に栄養を補いたいというニーズが日本食材の普及で顕在化し、最近では、サプリメントや日本の機能性表示食品などにも注目が集まっています。
ラオスの食市場参入を成功させるポイントは、商品認知とSNS
ラオス人の食生活に手軽に取り入れやすい商品が人気になりやすいことは、お伝えした通りですが、それ以上に、「商品をどう使い、どう食べればいいのか」が一目でわかるようなパッケージが、売れる商品の必須条件です。中身が美味しそうに見えることも重要。日本から入ってきた商品は、ラオス人には、馴染みのないものも多いですが、仕事で忙しさを増す中、商品の詳細をテキスト情報で確認するほどの時間的余裕はありません。
「写真もなく、中身も見えず、文字だけのパッケージは、すごく売りにくい商品です。ラオスではスルーされてしまいますから、パッケージは参入の際の大事なポイントですね。タイからの情報が入ってきますので、タイのSNSでバズったものが、ラオスでも人気になるというようなことも多々ありますが、それでもまだ、“いい商品がない”というより、“いい商品が何かわからない”というのが実状」と守野氏。商品を見る目が養われておらず消費者としても発展途上の国。だからこそ「Phin Tokyo Plaza」では、商品情報を伝える手段としてSNSを活用しています。
「ラオスでは、Facebook がSNSの主流。当社の Facebookは4万人のフォロワーがいます。そこで美容部員や現地のスタッフが新しい商品や商品のポイントを伝えています。多くのお客様とは Facebook上でつながっているので、気軽に質問を受けられる環境です。Facebookライブの配信により、お客様がこちらに親近感を抱いてくれて、使い方や商品の問い合わせを頻繁にいただくようになりました」。さらにSNSの活用により、インフルエンサー的な影響力を持つ美容部員が生まれ、彼女が紹介すれば売れるという現象も起きています。とはいえ、日本でイメージするインフルエンサーとは違い店舗のオフィスに座っている一従業員。店舗を訪れれば、いつでも会えるインフルエンサーです。
「Phin Tokyo Plaza」は、スーパーマーケットの中にオフィスを構え、お客様からも全従業員が見えるように店舗を設計。「現地のラオス人が知識のない外国商品を購入する場合、誰かが説明してあげなければ売れるはずがない」という考えの元、お客様の質問にも対応しやすくしています。特に日用消費財のような商品は、お客様との距離を近くして、商品の良さや使い方を説明することが重要です。お客様との距離が近い昔ながらの商店のような良さとSNSを活用した現代的なコミュニケーションを両立させた手法が、日本食材の普及に一役買っています。マーケティング活動において、新規顧客を獲得するだけでなく、既存のお客様との関係づくりの必要が高まっている今、注目すべきポイントが多い事例です。
市場規模だけでは測れない、優良顧客としてのラオスの可能性
「多くの日本企業にとって、ラオスは、人口やGDPの面からも直接投資をする対象としては小さすぎる面はあると思います。しかし、実際に投資する価値が低いかというと、私はそうは思っていません」タイなどの周辺国と嗜好性の近いラオスでなら、東南アジアで売れた商品を小規模、省コストでテストマーケティングすることも可能です。
「企業単体で直接投資する段階には、もう少し時間がかかるかもしれませんが、ラオスに支社や営業拠点を構えるのではなく、我々が商品を購入し、販路を広げていくことができるので、リスクを取る必要はありません。都市で流行した商品は、いずれ地方へと需要が拡大しますし、ラオスという国に商品を根づかせることが、次第に売上増加につながっていくと考えています」
日本の地方都市などでも、シャッター通りと呼ばれる地域の商店街の衰退により、買い物難民が問題になりましたが、市場規模の小ささから、多様な食品が手に入りにくい状況となれば、ラオスは東南アジアのフードデザートにもなりかねません。地域を問わず、すべての人に安全・安心で健康的な食品を届けることは、社会的な意義もあるはずです。
「所得が伸びているということもあり、最近では、オーガニック野菜や各国の食材を集めた高級スーパーマーケットが賑わっています。東南アジアでよく見かけるような市場とは一線を画し、ここはラオスなのかと目を疑うほどです」
今後さらに経済発展を遂げていくなか、さらに多様なニーズが生まれるでしょう。どんな商品がラオスに根づくかの予測がつかないからこそテストマーケティングの意味があります。市場規模は小さいとはいえ、今後、経済が伸びていく一方のラオス。食に対する関心もこだわりも非常に高い国民性です。早い段階からそうした国に参入し、商品の認知度を高めてアドバンテージを得ることで、将来、需要が爆発する可能性も充分期待できるのではないでしょうか。