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経済成長やコロナ禍で変化するインドの「食」ーー 食品加工分野の新たな可能性とは?

現在インドでは、人口増加による経済成長を理由に、人々の生活が変化しています。食生活の変化もその一つ。デリーやムンバイなどではインド料理以外のレストランや輸入食品を扱うスーパーマーケットなどが増え、女性の社会進出などによって調理に時間がかけられない家庭も出てきました。そんな変化の中で注目されているのが、インドの「食品加工」の分野です。

 

本記事では、インドに長年在住する大西由美子氏から、現地で実感しているインド人の食生活の変化や具体的なニーズを聞きながら、インドの農業や食品産業の現状を解説。「インドにおける食の変化」を探ります。

 

 

お話を聞いた人

大西由美子氏

2004年からアイ・シー・ネットで勤務。南アフリカの農村開発に1年半従事したのち、インドへ異動。2006年から4年間は旧 JBIC/JICAのインド事務所でODA事業に携わる。2011年頃からはODA事業のモニタリングや評価の業務をメインで担当。ビジネスコンサルティング事業部でインド進出を目指す日本企業の支援も行っている。

 

世界有数の農業大国・インド。生産性を高め、「産業化」することが課題

まずはインドの農業と食品産業について解説しましょう。インドは、農地面積が世界第一位で、世界の農地面積全体の11%を占めています。主な生産物は、さとうきび、コメ、小麦、ばれいしょ、バナナ、マンゴーなど。しかし、単位面積当たりの収穫量が世界平均から見てそれほど高くない作物もあります。世界有数の農業大国であるインドですが、その多くは小規模農家で、生産性や加工技術、物流網の脆弱さなどが課題となっており、フードロスが多いのが現状です。

 

 

しかし近年のインドでは、大規模な農家などが中心となり、農作物を扱うビジネスや企業との協働による流通システムへの関与などの新しい動きが出てきています。この背景の一つとして、現在インドでは人口が増加している一方、農業人口が減少し始めている状況があります。人口増加分の食糧をこれまでよりも少ない担い手で支えていかなければならず、より効率を重視した生産性の高い「産業」にしていくことが、喫緊の課題です。

 

そのためインド政府は現在、農産物の生産性や品質の向上、食品加工、コールドチェーン整備などに関する海外からの技術に大きな期待を寄せているところ。また、AIやIoT、データ分析といった先進的な技術に関連するベンチャー企業も活発化していて、それらの企業とのパートナーシップも見込まれています。

 

注目が集まっている「食品加工」の分野

近年、インドの食品産業で注目されているのが「食品加工」の分野です。なかでもレトルト食品などの加工食品のニーズは徐々に高まってきています。その理由の一つは、人口増加に伴う経済成長によって、富裕層・中間層や働く女性が増加し、人々の生活が変化したこと。大西氏も現地で、加工食品への需要の高まりを実感していると語ります。

 

 

 

「インドの家庭ではもともと、フレッシュな食材を調理して食べることが一般的で、出来合いのものより、作り立ての料理を好む傾向があります。そのため今も、長期保存ができる加工食品などはあまり多く販売されていないのが現状です。しかし、特に都市部で働く女性が増えたことで調理時間の確保が難しくなったり、若い世帯が自炊をしなくなったりと、ライフスタイルが変化していることによって、加工食品のニーズが徐々に増えてきています」

 

「私がこれから特に需要が増えると考えているのは、海外旅行や海外出張をするインド人をターゲットにした加工食品。現在インドでは、富裕層・中間層の拡大によって海外に行く人がとても増えています。しかしインドにはベジタリアンが多いこともあって、海外に行ったときでも肉を含む現地の食事ではなく、できるだけ普段の食事をしたいと考える人が多くいます」

 

「例えばインドの旅行会社では、インド料理やベジタリアン向けのレストランでの食事がツアーに組まれていることもよくあるほど。数日間の旅行であればなんとかなりますが、出張で長い期間海外に行く人のなかには、食事に苦労する人も多いようです。海外出張の際にレトルトのインド料理と一緒に、自宅で作ったロティ(全粒粉を使ったパンの一種)を持っていく人もいる、という話を現地で聞いたこともあります。家庭での使用はもちろん、海外に行く際に持っていくことができるような加工食品が、今まさに求められていると感じています」

 

「日常食」のレトルト食品にニーズがある

インドでは、市場に出回っている数がまだまだ少ないレトルトなどの加工食品。この市場に対して、日本企業が強みを活かせるビジネスチャンスはどこにあるのでしょうか。大西氏は、日本でも市場規模の大きいレトルトカレーやアルファ米の技術などは、インドのニーズともマッチするのではないかと分析しています。

 

日本では、レトルト食品総生産量の約4割をカレーが占めています。2017年度にはレトルトカレーがカレールウの売り上げを追い越し、その売上高は461億円にものぼりました。コロナ禍でも需要が増え、現在も市場規模が拡大しています。

 

そのほか、日本では備蓄食品としても重宝されているアルファ米についても、「インドへの流入が期待できるのでは」と大西氏。炊飯後に乾燥させて作られるアルファ米は、パックの中にお湯を入れると15分ほどで炊き立てのようなごはんに戻すことができます。さらにパッケージには酸素を通しにくい高性能フィルムなどが使用されているため、品質を保ったまま長期保存が可能。日本では現在、白米だけでなく、ドライカレーや炊き込みご飯など、豊富なバリエーションの商品が展開されています。これらを踏まえ、現地で感じた具体的な商品のニーズについて大西氏に聞きました。

 

 

日常の食卓に並ぶ、ヘルシーなインド料理

「現在もレトルトのインド料理はスーパーなどで手に入れることができますが、その種類はあまり多くありません。しかも販売されているのは、バターチキンなど、北インドのレストランで出されるようなカレーが中心です。油を多く使ったバターチキンのようなカレーは、インドの家庭で普段から頻繁に食べられているものではありません。庶民的な家庭で食卓に並ぶことが多いのは、豆などを使用し、脂分も少ないカレー類。このように日常的に食べる料理のレトルト食品がインドにはまだないため、求めている人は多いと考えられます」

 

ロティや米などの主食

「インドでは地域によって主食が異なっていて、例えば北インドではロティやナンなどのパンが主食、南インドではお米が主食です。現在、すでにレトルトのお米は販売されているのですが、温めてもお米の食感が固いものが多く、個人的にはまだまだ品質改善が必要だと感じています。日本とインドではお米の種類が違いますが、アルファ米のような技術はインドでもおおいに活かすことができると考えています。

 

パンに関しては、常温で長期保存できるロティなどがまだ販売されておらず、求めている人が多いと感じています。日本には缶詰や袋に入った長期保存できるパンがあり、その保存技術やパッケージ技術を活用すれば、いつでも出来立てのようなロティが食べられるようになるのではと期待しています」

 

インドの主食は地域によって異なり、北部では小麦、東部・南部では米、西部では米と小麦の両方が主に食べられているという

 

レトルトパウチのパスタソース

日本でも市場規模が拡大しているパスタやパスタソース。保存性の高さや調理の簡便さなどが人気の理由です。パスタソースは種類も豊富で、トマト系、クリーム系、オイル系、和風など、さまざまなものが販売されています。そのためイタリアン好きが多いインドで流入が見込める製品の一つではないかと大西氏は語ります。

 

「インドの都市部では、インド料理だけではなく、中華やイタリアンなど、さまざまな国の料理が味わえるレストランが増えてきています。なかでもイタリアンが好きなインド人は多いのですが、自宅で作ることにはあまり慣れていません。そのため、温めるだけで食べられるレトルトパウチに入ったパスタソースは需要があるのではないかと考えています。現在、スーパーなどで手に入るのはガラス瓶に入ったアメリカの輸入品くらい。日本のように様々な種類のパスタソースがあれば、インドでも購入する人がいるはずです」

 

大西氏は、「現在のインドでは、『誰でも知っているインド料理』しか、加工食品として販売されていない印象がある」と話します。インドの食文化が地域によって異なることや、日常的に家庭で食べられている料理がどのようなものなのかを、調査してニーズを正確に把握することで、インド人の生活に寄り添うような加工食品が生まれるのではないでしょうか。

 

「そのほか、日本の技術が活かせる可能性があるのは食品加工機械。例えば北インドでは、おやつとして『モモ』(餃子)がとても人気です。デリーやムンバイなどの都会では、夕方の6時頃になると街でおやつを買って食べる人が多くいて、私も度々買いに行くことがあります。モモは道端の屋台のようなお店で販売されていて、大量の皮は全て手作業で作られています。インドは人件費が安いため、小規模なお店ではなかなか機械を導入することが難しいと思いますが、今後、大規模なラインで作られるようになっていけば、餃子を包むような機械にもニーズが出てくるかもしれません」

 

コロナ禍は「食」を考え直すきっかけに

日本はコロナ禍で、長期保存食のニーズが高まったり、家庭で調理をする人が増えたり、食生活におけるさまざまな変化が見られました。インドでも、日本以上に厳しい外出制限が強いられ、食生活をはじめ生活のあらゆる面で変化があったと言います。

 

「インドでも日本と同じように家にいる時間が増え、自宅で食事を作ることに時間をかける人が多くいました。そのためか、さまざまな産業が打撃を受ける中、食品産業にはそれほど大きな影響は出ていないようです」

 

「コロナ禍でこれまで全く料理をしなかった人が、ケーキやクッキーといったお菓子を作るようになったという話も聞きました。その背景には、コロナ禍で『他人の手に触れたものを食べたくないから自分で作ろう』と考える人が出てきたこともあるのではと感じています。しかしインドでは日本のように、お菓子を作るときに使う調理器具や材料などがあまり販売されておらず、パティシエが利用するような専門店でないとなかなか手に入れることができません。そのため、材料があらかじめ全て入っているお菓子のキットなど、新たな需要も生まれました」

 

 

「またインドでは1回目のロックダウン中、飛行機の運航が全てストップしていました。そのため地方からデリーなどに働きに来ている若者の中には、田舎に帰ることができなかった人もいました。普段は自炊をせず3食外食をしているような若者たちは、レストランなどに行くことができず、相当困ったと聞きました。そんなときに長期保存できる加工食品の便利さを実感した人も多いはず。コロナ禍は、インドの人々が『食』についてあらためて考えるきっかけになったと思っています」

 

人口増加による経済発展やコロナ禍で変化しているインドの食。中でも食品加工産業で求められている「長期保存性」や「安心・安全性」などは、日本が得意とする技術をおおいに活かすことができるところです。今後、ここに新たなビジネスチャンスを見出し、インドに進出する企業が増えることが期待されます。