11月19日は「世界トイレの日」。2013年に国連が世界各国の衛生状況を改善するために設けました。タイでは19世紀のコレラの蔓延を契機にトイレの普及に力を入れ始め、1980年代の経済発展を経て、今日ではほぼ全世帯にトイレが設置されました。タイ政府は2036年の先進国入りを国家目標とし、公衆衛生の向上に力を入れています。タイのトイレ事情について、その歴史から現在の動向までを説明しましょう。
タイのトイレ史
18世紀末までのタイでは王族や貴族、僧侶のみがトイレを使用し、庶民は川や森、野原などで用を足していました。昔の俗語で「森に行く」や「畑に行く」は排泄を意味しています。
ところが、1817年にインドのガンジス川流域でコレラが大発生し、ラーマ2世統治下のタイ(サイアム)にも被害が及び、バンコクを中心に多くの人が犠牲となりました。その後もコレラはたびたび発生したため、1897年にラーマ5世が「バンコク都公衆衛生法令」を発し、バンコク市民はトイレで排泄するように義務付けられ、トイレの普及に乗り出します。
20世紀に入り、米国のロックフェラー財団から援助を受けたタイ政府は、地方でのトイレ建設を進め、設置数を増やしましたが、本格的な普及にはまだまだ及ばない状況でした。1930年代からはトイレ使用と入浴に関する児童用教材を製作し、国民の衛生意識育成を強化。その結果、第二次世界大戦後よりトイレが本格的に普及し始めたのです。タイ国家統計局のデータによれば、全世帯におけるトイレの普及率は2000年に約98%に達したとのこと。
日本とかなり異なるタイのトイレ
このような歴史を持つタイのトイレには日本と異なる点が多く見られます。主な違いを3つ挙げましょう。
1: トイレットペーパーを流せない
タイのトイレはトイレットペーパーを流せません。タイは水不足に悩まされることも多いので、水不足に備えて下水は配管が細く、水の勢いも弱く設定されています。トイレットペーパーを流すとすぐ詰まるので、トイレットペーパーは使用後に備え付けのゴミ箱に捨てています。
2: ハンドシャワーで流す
日本では自動でお尻を洗い流すシャワートイレが普及していますが、タイでは空港や高級ホテル、高級大型商業施設にしか設置されていません。普通の商業施設や一般家庭トイレでは、設置されたハンドシャワーでお尻を流します。下水道の流れは弱くても、商業施設のハンドシャワーの中には水の勢いがとても強いものも。そのため、下着やズボン・スカートが濡れてしまうこともあるので注意が必要です。
3: タイ式トイレ
近年は便座式トイレが普及してきましたが、公衆トイレや古い商業施設、地場レストランでは旧来のタイ式トイレが残っています。和式トイレのデザインと似ているものの、和式とは逆にドアに向かってしゃがんで用を足します。水洗式ではない場合、トイレ内にある水槽の水をバケツに汲んで汚物を流します。
このように日本とは異なる点が多いタイのトイレ事情ですが、先進国入りを果たすには公衆衛生意識のさらなる向上が不可欠。そのために、官民挙げたさまざまな動きが見られます。
タイ政府は2010年代以降、世界トイレの日に合わせて公衆衛生のキャンペーンを実施してきました。さらに近年では学校教育にSDGsカリキュラムを取り入れ、トイレを中心とした公衆衛生の向上に取り組んでいます。
2018年には「20年間国家戦略」に沿い、保健省主導で「2019-2030年 安全衛生管理のためのマスタープラン」が以下のように策定されました。
1: 社会的弱者のための衛生的な家庭用トイレの増加
2: 衛生的な公衆トイレ、特に学校のトイレの増加
3: 安全なし尿管理システムの増加
各施策の予算配分を厚くし、すべての人の健康増進と伝染病の予防、健全な環境と生態系維持への貢献を目指しています。
日本企業もしのぎを削るトイレビジネス
1980年代におけるタイの経済発展に伴い、トイレは旧来のタイ式トイレから便座式に変わってきました。タイ王室系の最大財閥・サイアムセメントは1984年に日本のTOTOと合弁会社「COTTO」を設立し、便座式トイレの展開に着手。その後、アメリカン・スタンダード社が参入し、現在でもタイのトイレはCOTTOとアメリカン・スタンダード社の2社がシェア1位と2位を占めています。
TOTOは2013年にサイアムセメントとの合弁を解消し、以降はTOTOブランドでシャワートイレを販売。大型商業施設や高級ホテル、高級コンドミニアムを主な販売先として事業を展開しています。
近年、タイ人の日本へのビザなし渡航が解禁されたことで多くの人が日本のシャワートイレの良さに気づき、家庭用シャワートイレ(ウォシュレット)を望む声が高まりました。現在は一般家庭向け低価格モデルのシェア争いで、各社はしのぎを削っている状態です。
先進国入り目標に向けてトイレに関しても公衆衛生プロジェクトを推進するタイでは、10年後にはハンドシャワーやタイ式トイレがなくなってしまうかもしれません。タイらしさが薄れる一方で、誰でも利用できる衛生的かつ現代的なトイレが国中に普及するでしょう。
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