中村文夫の古レンズ温故知新「キヤノン Serenar 50mm F1.9」
キヤノンが自社でレンズ製造を始めたのは1946年。レンズ名は「Serenar(セレナー)」で、ギリシャ神話に登場する月の女神セレーネから名付けられた。現在キヤノンはレンズ交換式カメラにEOS(イオス)という名を冠しているが、こちらもギリシャ神話に登場する曙の女神に由来。キヤノンは昔から光に関係する女神がお気に入りだ。
Serenar 50mm F1.9
キヤノンで初めて開放F値が2を切った大口径標準レンズ。このレンズの設計をベースにキヤノンは次々に新製品を開発。50mm F1.8、50mm F1.2などの名玉が誕生する。
誕生のきっかけはアクシデントだった
「Serenar 50mm F1.9」は1949年に登場したライカスクリューマウントレンズ。実はこのレンズ誕生には面白い逸話が残っている。
1946年、出荷を控えた「Serenar 50mm F2」の検査中、飛び抜けて性能の高い製品が発見された。さっそく原因を調べてみると、なんと光学系の一部に間違った硝材が使われていた。「この技術を応用すれば、もっとF値の明るい高性能レンズが作れるかも?」こう考えた技術陣は大口径レンズ開発をスタートさせた。いわば硝材の取り違えというアクシデントから生まれたのが、このレンズなのだ。
絞り開放付近の暴れる描写が楽しい
キヤノンの大口径標準レンズでは1961年発売の「CANON 50mm F0.95」が有名だが、個性的な写りが特徴のクセ玉という意味ではこのセレナーのほうが格上。もはやクセ玉を通り越して暴れ玉と呼ぶべきレベルだ。特に絞り開放時の画面中央と周辺部の画質差が激しく、ピントを合わせる位置の選び方で写真のイメージが大きく変化。撮っていてこんなにワクワクした気分になれるレンズは、ほかにない。
▲鏡筒は沈胴式。ヘリコイドはライカの沈胴ズミクロンと同じタイプで、前玉が回転しない直進式だ。メッキの仕上げも丁寧で高級感がある。
▲マウントはねじ込み式のライカスクリュー。「α7R」への取り付けには、レイクォール製ライカスクリュー→ソニーEマウントアダプターを使用した。
画面中央部にピントを合わせて撮影。コマ収差に像面湾曲の影響が加わり画面周辺部が大きく流れ、不思議な雰囲気の写真が撮れた。
ソニー α7R F1.9 1/60秒 ISO250
〈文・写真〉中村文夫