リコーは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と宇宙用の小型全天球カメラを共同開発したことを2019年8月28日に発表した。このカメラは、9月11日に打ち上げ予定の宇宙ステーション補給機「こうのとり」8号機に搭載され、国際宇宙ステーションの実験棟「きぼう」に送り届けられる予定になっている。
市販モデルをベースに宇宙空間での使用に耐えられるよう改造
宇宙で使用されるTHETAは、市販モデルの「THETA S」をベースに、宇宙空間での使用に耐えられるように改造されたもの。具体的には、打ち上げの衝撃や宇宙放射線などの影響に耐えられるよう、回路設計上の弱点に対策を施してファームウェアを大きく見直したほか、外装をアルミボディにし、記録メディアも耐性の高い大容量のものに変更されているという。
一方で、民生機として必要だった「省電力」といった機能は省かれ、宇宙空間での使用に特化したものになっている。実験では民生品のままでも半年〜1年間は宇宙で使えるレベルだったとのことで、元々の性能の高さがうかがえる。
このカメラの本来の目的は、探査用ではなく監視用だ。小型衛星用の光通信モジュール「SOLISS」の2軸ジンバル機構の動作確認がメインの用途だが、全天球カメラということで、撮影された画像や映像には周辺の宇宙空間や実験施設、地球の様子なども映り込むことになる。JAXAもその映像に大きな期待を寄せている。民生品のカメラが、宇宙船外で360度撮影を行うのは国内で初めてのことだ。
共同開発に踏み切った背景と今後の期待
リコーとJAXAの共同開発は、はやぶさ2の打ち上げ直後の2015年あたりに、JAXA側からリコーへのアプローチでスタートしたのだそう。 JAXAは「JAXA宇宙探査イノベーションハブ」という取り組みで、様々なジャンルの企業との共同開発を進めている。最近では無重力空間でのロケットや人工衛星への取り組みだけにとどまらず、月面での活動を前提に開発が進められているとのこと。将来的には、重力のある地上での技術にフィードバックできるような取り組みも行っている。
JAXA宇宙探査イノベーションハブの澤田弘祟主任研究員によると、宇宙に打ち上げる衛星や探査機の重さはかなりシビアで、カメラについても小型で軽量のものを採用する必要があるという。以前はドライブレコーダーに使われているカメラを採用していたのだが、全天球カメラ THETAの映像に興味を持った澤田氏が、リコーに話を持ちかけたのだそうだ。
THETAの開発を初号機から手掛けてきたリコー Smart Vision事業本部長の大谷 渉氏は、「開発担当者が澤田氏の話を聞いて、『宇宙に持っていくことは考えたこともないのでお役に立てそうにもない』と断ろうとするタイミングで自分のところに話がきた。新しいことをやってきたTHETAなので、せっかくならやろうと背中を押した」と共同開発に踏み切った当時のやりとりを披露した。
続けて、「THETAのコンセプトは “ 空間と時間を記録する”。宇宙空間は、その究極という意味で期待している」と語った。また、宇宙で使用するという今回の共同開発を通じて、通常の使用では気がつかないような製品の弱い部分を見つけ出せたということで、製品のさらなる改良にも繋がっていることを示唆した。
澤田氏のTHETAの映像に対する期待も高い。「月の着陸シーンで、カメラを何個もばらまいて全周で撮影し、立体的な着陸シーンを撮りたいという妄想があった。THETAがあれば、何個もカメラを飛ばさなくて良い。地上にいる皆さんも映像や画像を楽しんでくれるのでは」と期待を述べる。一方で、実験棟「きぼう」には機密部分もあるため、全天球カメラ THETAが意図せぬ部分まで写してしまって映像を公開できない可能性があるということも語られた。
リコーの山下良則社長は、「きぼうに載せるTHETAにリコー社員全員の希望を乗せたい」と熱い想いを語るとともに、「宇宙で使われることは信頼性の向上に大きな意味を持つ」と今回のミッションには、会社としても大きな期待を寄せていることを述べた。
撮影した写真や映像がいつ公開されるのかは、現時点では未定とのこと。予定通りに「こうのとり」が打ち上げられたとしても、「きぼう」の実験パレットへの取り付けが完了してからでないと撮影が開始されないからだ。実験が始まれば、約1週間程度で撮影した映像が地上に送信される見込みになっている。それらの映像は、 JDA (JAXAデジタルアーカイブス http://jda.jaxa.jp/)で、無料で公開される予定。
全天球カメラの THETA がどんな映像を送ってくれるのか、そして宇宙で活躍したTHETAがどんな形で進化していくのか、いろいろなことを想像するだけで、ワクワクさせられる発表会だった。まずは「こうのとり」打ち上げの成功を祈ろう。