ハービー・山口 You are a peace of art.
『CAPA』本誌連動企画としてスタートした、ハービー・山口さんの人気連載「You are a peace of art.」。写真をめぐるエピソードを綴った心温まるフォトエッセイです。
第5回「The Third Rocket」
人生には三つのロケットがある
講演会を依頼されることがしばしばある。会場に若い人が多い場合は、次のようなことを話している。
「この分野なら一滴でも多く汗を流せると思ったら、 それが天職かもしれないから、ずっと続けてみよう!」
そして年配の方が多い場合には「人生、第三のロケット説」という話をする。
人生のロケットとは何だろう。第一のロケットは青春。第二のロケットは社会に出てからのもので、ある程度の満足、自信や幸福感のことだ。しかし、この第二のロケットは点火して数十年間が経過すると燃料が切れ、その先は老後という人生の下り坂が待ち受けているのではないのだろうか。
ところが私の場合、60代になって第三のロケットが存在し、人生が思いも寄らぬ幸せな方向に再上昇することを経験したのだ。
“I know your works.” その出会いが未来を変えてくれた
それは、一昨年のこと。小宮山書店という写真や美術書を専門とする古書店に行ったときのことだった。そこで店員の黒崎さんが、ちょうどお店に来ていたフランス人を紹介してくれた。彼女はノエルさんといって日本の写真家にとても興味があり、パリに自分のギャラリーを持っている方だった。
彼女は「あなたのお名前は知っていますよ。ロンドンで写真を撮っていましたね! I know your works. もっと写真を見たいです」と言ってくださった。
これがきっかけで、2017年5月、私は初めてパリで個展を開催する機会を得たのだ。個展の開催時期に合わせ、ノエルさんから気鋭の出版社スーパーラボを紹介され、『You should click away of whatever you want, That’s PUNK』と、少々長いタイトルの写真集を出版した。
これは私が1981年にザ・クラッシュのジョー・ストラマーから「撮りたいものはすべて撮るんだ、それがパンクなんだ!」と言われたのをタイトルにしたもので、70年代〜80年代に撮影したミュージシャンのポートレート集だ。この内容をフランスで展示、写真集を販売したいというのがノエルさんのリクエストだった。
パリの日常は時に美しく、時に寂しく、すべてが絶好の被写体だった
写真展が始まる2日前、私は次男のヒロキとパリを訪れ、1週間滞在した。宿泊先はギャラリーから徒歩2分、ノエルさんの娘さんが住んでいるアパルトマンを、娘さんが海外に滞在していたために私たちに開放してくれた。
そこはマレー地区と言って、ファッションブティックや洒落た本屋がたくさん並ぶお洒落な地域だ。近くにはピカソミュージアム、ポンピドーセンターがあり、逆の方向に15分歩くとセーヌの川岸に出た。
5月のパリは実に爽やかで、身も心も開放的だった。毎朝、部屋の窓からは朝焼けに染まる家並み、空には一番機が作る一直線の飛行機雲が見えていた。
毎日近くのマーケットでワインとチーズ、そして少し値が張ったイベリコ豚を買って来ては、その味を楽しんだ。カフェからの眺め、マーケットで見かける人々のフレンドリーな表情、パリで遭遇した日本人のフリューゲルフォーン奏者のTOKUさんのライブでの賑わい……。
雨の降り出したある夜のことだった。建物の軒先で、20代だろうか、 若い路上生活者が黒い布にうずくまっていた。
私たちが雨の中、傘を持たずに歩いているのを知ると、「この傘を使いなよ!」とビニール傘を私たちに差し出した。「宿はすぐ近くだから」と彼の申し出を断ったが、見知らぬ我々への親切や心遣いに驚かされた。できることなら彼の人生を覗いてみたいと思った。
そうしたパリの日常は時に美しく、時に寂しく、まるで映画の一場面のようにドラマチックで、すべてが絶好の被写体だった。
滞在中、パリ日本文化会館でトークショーも行なった。お客さんの中には日本に興味があるという中学生くらいの女の子を連れたフランス人の母娘や、アジアやアフリカから難民としてフランスに来て里親に育てられたという若者、芸術学科に通う長い髪と刈り上げのツーブロックのヘアスタイルが似合う20歳の女子学生、さらには公演のためにパリに滞在中だった狂言師の小笠原匡さんが席にいらした。
印象的だったのは、人それぞれが独自のルーツと価値観、好奇心を持ちながらも、私の話から何かを吸収しようとしている目の奥に宿るポジティブな輝きだった。
トーク終了後、狂言師の小笠原さんが私にこう言った。
「ハービーさんもトークの中でおっしゃっていましたが、表現物の中には作者の人格がすべて表れていて、我々の人格以上のものは舞台では表現できないんですよ」
滞在中、雑誌のインタビューを数誌から受けた。ロンドンが最も面白かった時代に、その時代を代表するミュージシャンたちの親しげな表情を日本人のフォトグラファーが撮影していたというのが、インタビュアーの最大の関心事だった。
「どうやって撮ることができたんですか?」という質問に、その時代にロンドンにいた私の幸運と、ミュージシャンたちへの感謝の念を熱く語った。そしてこのパリでの個展がきっかけで、6月にロンドンで個展を開催することになった。
ロンドンでの個展の会場は、1970年代からのレコードやポスター、ワイシャツなどを扱うお店の壁をギャラリーに見立てて展示された。正式な写真のギャラリーではなかったが、音楽が根付いているロンドンらしい熱さで満たされていた。
そして「イーブニングスタンダード」という無料配布されている夕刊紙に、私のインタビー記事が顔写真と一枚の作品とともに掲載された。記事の内容は、先に述べたジョー・ストラマーの言葉をはじめ、私がトークショーなどでいつも話していることだが、これはイギリス人にとっても十分に興味深いストーリーなのだと改めて知らされた。
この幸運は私だけに限らず、誰にでも訪れ得るといえるだろう
私たち一人一人の将来には、一体どういう展開が待っているのか。それは誰しもが思い巡らすことだが、私の場合は今まで一枚一枚積み重ねてきた写真や経験が、知らず知らずの間に人生の第三のロケットの燃料となり、偶然にそのロケットが点火されると、そこには思いも寄らない素敵な人生が待っていた。これはとても幸せなことだが、この幸運は私だけに限らず、誰にでも訪れ得るといえるだろう。
ここまで書いてきてふと気付いたのは、若い世代に対して言ってきた言葉、「この分野なら一滴でも多くの汗を流せると思えるものが見つかったら、それを決して捨てずに自分のペースで続けること」、そこからすべては始まるということだった。
■ハービー・山口さんの写真展開催中
ライカそごう横浜店でハービー・山口さんの写真展が開催されています。ハービー・山口写真展「DJたちのポートレイト展 〜FMヨコハマの番組を彩る12人の素顔〜」
2021年4月1日 (木) ~8月31日 (火) 10:00〜20:00
ライカそごう横浜店 (神奈川県横浜市西区高島2-18-1 そごう横浜店5F)
会期中無休
TEL 045-444-1565 (ライカそごう横浜店)