ハービー・山口 You are a peace of art.
『CAPA』本誌連動企画としてスタートした、ハービー・山口さんの人気連載「You are a peace of art.」。写真をめぐるエピソードを綴った心温まるフォトエッセイです。
第8回「What I learned from my exhibitions」
『CAPA』の特集から写真家3人展に発展
2018年7月から8月にかけて、偶然とはいえ東京で4か所同時に写真展の機会を頂戴した。そしてライカの故郷、ドイツのヴェッツラーに新しくできたライカミュージアムでの展示と、イギリスのロンドンでの個展も合わせると、実に6か所で同時に展示しているという光栄なこととなった。
そのうちの一つに、新宿にある自主ギャラリー「ニエプス」での3人展『Trinity』があった。CAPAのスナップ特集に、大西みつぐさん、中藤毅彦さん、そして私の3名が参加したことから、「この機会に3人展を開いてみましょうか!」と誰かが言い始め、「それでは私のギャラリーでどうですか?」とニエプスの主宰者である中藤さんが会場の提供を買って出てくれた。
「街、人間、モノクローム」という3点をキーワードにして3人がそれぞれ最近撮影した15点を提出する。展示ではあえて写真の下に作者名は明記せず、お客さんに作者は誰なのかを想像していただく。そうした案が次々と挙がった。幸運なことにイルフォードのインクジェット紙の提供と、山の手写真がプリントを手がけてくださることになり、写真展が現実のものになった。
自分の写真とは何か?
2週間の会期中には、多くの方々が絶え間なく出入りし、お客さんの滞在時間がとても長かったという印象が残った。私にとっても3人展という形式は初めてのことで新鮮な気持ちを味わったのだが、さらに自分の写真スタイルとは何だろうということを深く考えさせられた結果となった。
私の写真の上下左右に大西さんや中藤さんの写真が並ぶわけで、その中で自分の写真がどういう存在感を持って受け入れられるかなど、特性や強弱がいやが応にも露呈された。写真を長く続けて行くと、自分の得意なスタイルに行き着き、それに人生を賭けて続けて行くということになるのだが、そのスタイルを3人展で比較できたことは貴重な体験だった。
そこで「自分の写真とは何か?」を振り返ると、良し悪しや好き嫌いは別として、私の写真では、①目の前の被写体を捉えているが、背景をできるだけ画面から外すか、または背景を開放気味の絞り値でぼかし、スナップではあってもシンプルなポートレートにしている。②被写体と自分との間に一種の共感を生み出し、ここに写っている人たちは良い人なんだという印象を与えている。
対し、大西さんや中藤さんは、フォーカスした被写体を取り巻く周囲の状況を巧みな構図力と瞬発力で画面に取り込み、被写体と社会、時代との関係性を表現しようとしている。その中で中藤さんはミュージシャンのようにギターのエフェクターから出る歪みを使い、街の中で音楽を奏でていて、大西さんはあくまでも街に潜む観察者としての視点を冷静に押し出している。
そして山の手写真のプリンターは個々の表現スタイルを見抜き、3人のプリントの色調を微妙に個別化しているのだ。例えば中藤さんのプリントでは高いコントラストの白と黒を作り出すことで街のざわめきや高揚感を閉じ込め、大西さんのプリントでは豊かな階調を失わず、情報をすべて伝えようとしている。それに対し、私のプリントはウォームトーンで仕上げ、街のここだけを切り取ると、まるで絵本に出てくるおとぎ話のような優しいドラマを感じてほしい、というグルーヴを押し出している。
こうしたプリントの仕上げの差も手伝い、参加したわれわれ3名はそれぞれのスタイルを改めて思い知ることになった。今後、そのスタイルを固辞していくのも、また変化させていくのも個人に委ねられているのだが、私も自分の写真に欠けているところを補い、さまざまな刺激を受けつつ微妙に進化させていきたいと願っている。
約50年の間、何にカメラを向けてきたのか?
さて、このニエプス以外にもほかの会場で展示が行われていたのだが、2018年3月に銀座にリニューアルオープンしたギャラリー「フレームマンエキシビションサロン銀座」での『Almost 50 Years』があった。1階には1970年前後、私が20歳のころに撮影した写真、そして2階には23歳でイギリスに渡ってから今年までの写真など全50数点を飾った。
1階のBGMは邦楽で、今まで私が撮影したことのあるミュージシャンの楽曲、2階は洋楽で、やはり私が撮影したミュージシャンやロンドン時代によくラジオから流れていた楽曲を流した。このギャラリーでも自分の新たな発見があった。1970年代から2018年までのほぼ50年間で、一体何に私はカメラを向けていたのか、ということをはっきりと自覚させられたのだ。
特に1階の展示写真からは、まだプロではなく大学生の私の心持ちが浮き彫りになっていた。例えば東京の自宅近所の神社のお祭り、日本に返還される前の沖縄、すぐ近くに住んでいた中学生の女の子のスナップなど、今となっては見られない素朴な光景や人々が写っていた。
特にお祭りでのカットに写る女性手品師の表情や、その手品を食い入るように見つめる浴衣姿の幼い子どもたちの表情からは、当時の子どもたちが夢中になっていたものや、現在とは違う希望があった時代が哀愁とともに思い出された。そのころの私は、写真家になる夢を胸いっぱいに抱き、周囲に存在する人間の飾らぬ素の姿に共感を持ち、憧れや親近感を募らせて彼らに近づきシャッターを切っていた。
ニエプスでの『Trinity』と、銀座での『Almost 50 Years』を通し、およそ50年間の経過の中の私自身の歴史をたどることができた。いわば自分を縦軸と横軸から、あたかもMRI画像を3Dにしたようにはっきりと分析できたのである。自分を正しく俯瞰しながら人の心をもっと穏やかに、また生きる力をより喚起できるような写真を撮りたいと改めて願うのだった。
■ハービー・山口さんの新著『HOPE 2020- 変わらない日常と明日への言葉』が近日発売
諧調豊かなモノクロ写真と、2020年に感じた明日への希望を込めたフォトエッセイ集です。2021年9月2日にKADOKAWAから発売。1,980円 (税込)。
■ハービー・山口さんの写真展開催中
ライカそごう横浜店でハービー・山口さんの写真展が開催されています。小山薫堂さんをゲストに迎えた写真展開催記念オンライントークイベントも、2021年10月5日までアーカイブ配信中。
ハービー・山口写真展「DJたちのポートレイト展 〜FMヨコハマの番組を彩る12人の素顔〜」
2021年4月1日 (木) 〜9月30日 (木) 10:00〜20:00
ライカそごう横浜店 (神奈川県横浜市西区高島2-18-1 そごう横浜店5F)
会期中無休
TEL 045-444-1565 (ライカそごう横浜店)ライカオンライントークイベント「ハービー・山口 モノクロポートレートを語る 〜ライカM10モノクロームとDJたちのポートレイト〜」
https://youtu.be/mcQ05UMbRZg