写真家・広田尚敬さん、御年88歳。鉄道写真の世界では知らぬ者はいない先駆者的存在だ。今も現役で作家活動を続け、2023年は東川国際写真フェスティバルで「飛騨野数右衛門賞」を受賞。その長年の功績が称えられた。そんな広田さん、驚くべきことに最近は毎月電子書籍を自主制作し、発行しているという。そのいきさつや制作の裏話をお聞きすべく、ご自宅へ。広田さん、そして編集の江上さんにお話をうかがった。
たとえ読者が一人でも、自由に本を作れる楽しさ
── 今日はありがとうございます。広田さんの電子書籍『HIROTA SELECTION!』、毎月発行されているそうですね。
広田 そうなんです。2022年の10月に始めて、毎月14日が発売日です。そこにいる編集者の江上さんと佐藤さんの協力で、なんとか発行できているんです。
── そもそもなぜ、電子書籍を出そうと思われたのですか?
広田 書籍だと何千部も作らないと元が取れないでしょう。でも電子書籍なら、まぁ読者が一人でもいいや、みたいな本が作れるわけですよ。自分の作りたい本が作れるのは面白いなぁと思って。
── 江上さんとはどのようなつながりだったのですか?
江上 僕はもともと鉄道が大好きな「鉄ちゃん」で。仕事は漫画誌の編集者だったのですが、鉄道を題材にした漫画を作った時に広田さんと関わりができました。その後、当時務めていた会社から『Fの時代』という広田さんの写真集を出版することになって、その担当をやらせてもらったんです。
広田 それで、去年電子書籍を作りたいと思った時に、江上さんの顔が浮かんだ。電子に詳しそうだな、って (笑)。
江上 そこまで詳しいわけでもないのですが……。でも漫画の電子書籍にも携わっていたので。電子といえども、やはり個人が出版するのにはハードルがあって、販売会社で取り扱うには、決まった作業や手続きが必要なんです。
── 「鉄道写真の神様」から相談を受けて、江上さんはどう思われましたか。
江上 それはもちろん嬉しかったですよ。ただ、『Fの時代』の経験から、やっぱり書籍だと、ページ数やら編集方針、在庫の問題などいろいろな縛りがある。広田さんの著書は本当にたくさんあるけれど、ご自身の思いが届けきれていないと感じていたところがあるのかな、とも思いました。
企画、編集、レイアウトまですべて自分の手で
── 毎号の企画から写真のセレクト、レイアウトまではすべて広田さんが作業していらっしゃるそうですね。
広田 全部自分でやっています。インデザイン (書籍用のレイアウトソフト) やフォトショップを使って。わからない部分は、パソコンに詳しい佐藤さんに全部教わったんだけどね。本のサイズはA4の縦を想定して、毎号200ページ。見開きで写真を見せることも多いから、写真の数はだいたい100枚ちょっとくらいかな。
── 毎号200ページ! そうか、電子書籍だと上限もないのですね。
江上 実はそうでもなくて、200ページまでは同じ料金で作れるのですが、それ以上だと制作費が余計にかかってしまうんです。
広田 たまに間違えて、200ページ以上になってしまう時がある (笑)。そんな時はちょこっと写真を削って。
── 200ページもの写真集の構成は、どうやって考えているのですか。一度紙にプリントして……?
広田 その号のテーマにもよるけれど、時系列だったり、地域であれば北から南の順に並べればできる時もありますよ。頭の中で「あの写真が来て、次にこれが来て……」って考えて、その順にレイアウトしているだけ。
── えっ! 簡単におっしゃいますが、それはすごく難しいことですよ。頭の中だけで考えていたら、なかなか本の全体像なんて見えないです。企画はどうやって考えているのですか?
広田 考えない (笑)。散歩中や作業中に、ふと浮かんだアイデアを書き留めています。だから3号分くらいはいつも同時進行で作っています。
── すべて過去の作品から選んでいるのではなく、撮り下ろしもあるのですか?
広田 一日で撮影した撮り下ろしで作ることもあるし、過去の作品ももちろん多いです。フィルムのスキャンは、家庭用のスキャナーだとピントが甘くなることがあるので、高性能なスキャナーのあるスタジオまで出掛けるのね。
── そうなんですか! え? ご自身でスキャンするんですか。
広田 スキャナーの持ち主に教わりながら、一日貸し切りで使わせてもらう。でも1枚スキャンするのに4分かかるから、はかどらなくてねぇ。行くのに2時間かかるし、お昼を食べたりオーナーとしゃべったりしていると、手が止まっちゃうんですね。
── データ化しても、そのままで使うわけにはいかないでしょう?
広田 もちろん仕上げも必要です。それこそ4分というわけにはいきません。1冊の本の中でも、最初の方と最後の方で調子が狂っていたらやり直し。
── それは大変……!
広田 時間も限られているから、完全に100パーセントというわけにはいきませんが、まぁ80点くらいのところまでは何とか仕上げていきます。
── 当然のことですが、やっぱり電子書籍だからといってパパッと並べて済ませるわけにはいかないんですね……。
広田 でもあまり難しいとは言いたくない。これからみんなに電子書籍を広めていきたいのでね。
── デジカメの時代ですから、スキャンからやる必要はないですものね。
写真を組むことから新しい鉄道写真が生まれる
広田 ちょっと先の話かもしれないのですが、そのうちに文章も入れた本を作りたいと思っているんですよ。ハウツーもの。と言っても、撮影のハウツーではなく、こうして組写真を作る楽しさを伝えたい。最近の人は、写すのはすごく上手だけど、誰かがいい所で撮ったいい写真を出すと、皆が同じ場所にわーっと行くでしょう。それでもめ事になったりして。それを回避する意味でも、自分なりのストーリーで写真を撮ってみてはという提案をしたいんです。子どもの作文みたいなものでいいんです。「カメラを持って出掛けました。この電車に乗りました。途中でこんな人に会って、こんなものを食べました」。それでいいんです。そこからまた新たな鉄道写真が世の中に生まれてくるんじゃないかなと思って。
── それはいいですね! 写真集を作るって、楽しいですものね。
広田 あれこれ考えていると、200、300号は電子書籍ができそうな気がしてくる。月に1冊ペースじゃ間に合わないかもしれないけど、いろいろな人に参加してもらって、分業すれば何とかなるんじゃないかなぁ。
── 目指せ、『週刊 HIROTA SELECTION!』。夢はまだまだ広がりますね!
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広田尚敬 (Naotaka Hirota)
1935年、東京都生まれ。中学3年生のとき、初めて鉄道写真を撮影。高校時代には鉄道趣味各誌で写真や紀行文を発表し、鉄道ファン同士の交流を深める。1960年よりフリーランスの写真家として活動。1968年の初個展「蒸気機関車たち」で独自の表現世界を展開して評判となり、鉄道写真の世界を社会にアピール。1988年に設立された日本鉄道写真作家協会の初代会長を務めるなど、「鉄道写真の神様」として日本の鉄道写真界を牽引してきた。
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〈取材・文〉高橋佐智子