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クルマの本質を撮り続けた集大成の写真展「CHASING GRACE」を開催する小林稔さんにインタビュー

小林稔さんの報道写真・作品展「CHASING GRACE」が、2025年12月19日より開催されます。47年にわたり撮影し続けてきたモータースポーツの報道写真と、時代ごとに変化するデザインや空気感を捉えたロードカーの写真、その数々を年代順に展示する作品展になるとのこと。開催準備中の小林さんに、写真への向き合い方から今回の作品展への想いまでお聞きしました。

小林稔 報道写真・作品展「CHASING GRACE」
小林稔さん

ロードカーとサーキットの両輪を撮り続けた写真家人生

街を走るロードカーとサーキットのモータースポーツ。ずっとその両方を撮り続けてきました。最初から今もずっと両方なんですよね。先輩にも後輩にも、どちらかひとつを極める写真家はたくさんいるのですが、学生時代以来、私はずっと両方を撮ってきました。だから今回の70歳を迎えた区切りになる作品展は、その両方をしっかりと楽しんでいただこうと考えたんですね。両方とも頑張るのは大変なこともあるのですが、飽きないです。楽しいです。

小林稔 報道写真・作品展「CHASING GRACE」
1989年、初めて撮影したル・マン24時間レースのスタートシーン。

写真家としての出発点は自動車専門雑誌『CAR GRAPHIC』でした。新人時代に、日本のモータージャーナリストの草分けである小林彰太郎編集長をはじめ、多くの先輩方からクルマの本質を観ることを教え込まれたのは、後の写真人生においてとても幸運でした。

そこでは、クルマの写真は「姿形の美しさを超えて、その背景にある意思や情熱まで伝わってくるような映像を目指す」ということを何度も何度も教えていただいたんですね。デザイナーやエンジニアの意図を知り、クルマの造形に込められた思想や精神をどう写真に表現するか、生産国の文化や歴史はどう影響しているのか、常に意識し続ける日々でした。

読者の皆さんだけでなく、私の写真を見てくれた自動車メーカーのデザイナーやエンジニアさんから「うまく表現していただきました! ありがとうございます」と言われるのがとても嬉しいんです。

小林稔 報道写真・作品展「CHASING GRACE」
1990年、シェルビー コブラ427。丸みを帯びた特徴的なリアスタイルを夕景の中で狙った。

もうひとつ、私の表現の本質を支えてくれているのが、和の心「わび・さび」なのだと感じています。じつは、小学生の頃まで茶道と生け花を習っていたんです。母から強制的に仕込まれたのですが、子ども時代に身に付けた優美な和の所作が、精神的にも視覚的にも、私の映像表現の根本に影響しているのだと思います。

ロードカーとモータースポーツの「両方を撮ってきた」こと、そのどちらも「クルマの本質」を深く見つめ続けてきたこと、それらを「優美」な和の気持ちで映像にまとめる夢を追い続けてきたこと。写真家人生の大きな区切りとしての作品展を企画するにあたり、そんな3つがまとまったような作品展にしたいと考えて「CHASING GRACE」というタイトルにしました。

ル・マン24時間レースは特別な存在

思えば、モータースポーツを撮り始めたのも写真を始めたのと同時でした。中学生時代でしたね、お小遣いをためて中古の望遠レンズを購入。バスを乗り継いて富士スピードウェイまで行っての初撮影でしたが、もちろん上手には撮れなかった。悔しくて、国道沿いで道行く車の流し撮りを練習し続けて、翌年のレースでリベンジを果たした思い出があります。その後、クルマにのめり込んでゆく青春時代があり、いよいよ運転免許を取得して、大学時代にはレースにも少し出場していました。

小林稔 報道写真・作品展「CHASING GRACE」
ル・マン24時間 チーム郷が日本のプライベートチームとして初めての優勝を飾った2004年のル・マン。CAPA応援ドライバーの荒聖治選手が日本人2人目のウィナーとなった記念すべきレース。

そして、写真家としてさまざまなレースを取材撮影し続けてきた中で「ル・マン24時間レース」と出会います。そこに参加する人々の歓喜や苦悩や生活を追い続けるうちに、ル・マンは私の中で特別な存在になります。昼夜繰り広げられる決勝レースのドラマはもちろんですが、出場に至るまでの道程、出場する人、運営する人、地元で迎える人。ル・マン24時間レースという世界観を映像化していくことは私のライフワークになっていきました。

カメラの進化とともに歩んだ写真家人生

幸せな写真家人生だと思います。環境の変化はとても大きかったのですが、半世紀近くもカメラと写真で仕事を続けてこられました。

小林稔 報道写真・作品展「CHASING GRACE」
「キヤノン EOS・DCS 1」で1997年F1日本GPのスタートシーンを撮る。当時としてはプロ用最高級デジタル一眼レフカメラだが、その画素数は600万画素の時代だった。

フィルム一眼レフカメラが一般に普及し始めた頃にカメラと出会い、職業として写真を始める頃に自動露出 (AE) が普及し、フリーの写真家になった時にオートフォーカス (AF) が登場し、仕事が成長する段階でフィルムカメラからデジタルカメラに変遷して、70歳の区切りを迎えてミラーレスカメラでインターネット時代を生きている。

こんなに大きな変化があったのに、ずっとカメラを持ち続けて、クルマの写真を撮り続けられた。私が新しいモノ好きであったことは幸いでした。写真とクルマは変わらないけれど、カメラもパソコンもインターネットも、時代の変化を楽しく受け入れて成長の糧にすることができた。写真家として幸運な時代に生きてきたと感じます。

アマチュア写真家のモータースポーツ写真を最も見てきた

CAPA「流し撮りGP」は、カメラと写真でレースを楽しむ「サーキットの流し撮りファンを応援する」。このコンセプトひとつでスタートして、気が付けば30年を超えていました。これもずっと変わらず続けてきたことのひとつです。

クルマ好き、レース好き、アンバサダー好きなど、サーキットにはいろいろな好きが集まります。カメラ好き・写真好きもたくさん居るので、CAPAといっしょに応援して流し撮りファンを増やしていきたい! そこが出発点でしたね。

今回、私の作品展と併催するかたちで、初の写真展イベント「CAPA 流し撮りGPフェス」を開催できて、とてもよかったです。30年前から投稿いただいている超ベテランから、初めてレーシングカーを撮ったビギナーまで、皆さんで楽しんでいただける写真展になっていると思います。

流し撮りGPフェス
「CAPA 流し撮りGPフェス」は2025年12月19日 (金) ~2026年1月29日 (木) キヤノンオープンギャラリー2にて開催。

「流し撮りGP」では、雑誌とWebの連載フォトコンテスト企画だけでなく、サーキットでの撮影会や写真教室を開催しながらファンとの交流を重ねてきました。それらをモデルケースにして、日本レース写真家協会 (JRPA) でアマチュアのファンのための「JRPA写真コンテスト」を開催したり、モータースポーツイベントで子ども向けの流し撮り教室を開催するなど、写真とカメラでレースを楽しむファンを応援して、拡大していくことが少しずつ定着してきていると思います。

小林稔 報道写真・作品展「CHASING GRACE」
2022年、SUPER FORMULAにデビューしたCAPA応援ドライバーの三宅淳詞選手と佐藤蓮選手を併走で撮影したカット。

楽しんで、喜んでもらいたい

今回の作品展にご来場の方々それぞれが「何かの喜び」を感じていただけることが願いです。作品を選んでいるのは私ですが、その映像から何を感じてどのように受け取るかは十人十色で、それぞれが違う。その中で「喜んでいたいだける何か」をお持ち帰りいただけたら最高なのです。その喜びが何らかのリアクションに繋がって、また次のアクションを生む起点やパワーになっていくかもしれない。

これまでの創作活動も同じ願いを持ってやってきました。喜んでもらうことが目標。喜んでもらえるから次に何かが起こる、未来に繋がる。作品展に際して、今そんな気持ちでいっぱいです。

小林稔 報道写真・作品展「CHASING GRACE」

会期 2025年12月19日 (金) ~2026年2月3日 (火)
会場 キヤノンギャラリー S
住所 東京都港区港南2-16-6 キヤノンSタワー1F
時間 10:00〜17:30
休館日 日曜・祝日・12月27日~1月4日
入場料 無料
問い合わせ キヤノンギャラリー S (TEL 0570-07-9264)

トークイベント

日時 2026年1月17日 (土) 14:00~15:30
会場 キヤノンホール S (キヤノンSタワー3F)
登壇者 小林 稔 (写真家)、松任谷正隆 (音楽プロデューサー)
参加費 無料
定員 先着200名
申し込み 1月16日 (金) 15:00までにWEBサイトより
※ただし定員に達し次第、締切となります。
https://personal.canon.jp/event/photographyexhibition/gallery/kobayashi-chasing

 

小林 稔 (Minoru Kobayashi)
1955年、神奈川県生まれ。日本大学藝術学部写真学科卒業後、自動車専門誌『CAR GRAPHIC』の社員フォトグラファーとして8年間活動。その後独立し、自動車メーカーのカタログや雑誌、Web媒体などさまざまなメディアを通じて幅広くクルマとモータースポーツの作品を発表し続ける。雑誌『CAPA』には、1980年代から作品掲載や機材レポートを寄稿。自ら審査員長を務める読者参加のモータースポーツ写真コンテスト「流し撮りGP」は、1995年の連載開始以来31シーズン目を迎える超長期連載となっている。そのほか、日本レース写真家協会 (JRPA) でアマチュアが参加する「JRPA写真コンテスト」の開催、母校・日本大学藝術学部写真学科で非常勤講師を務めるなど「アマチュア写真ファン」との接点と交流を持ち続けている。日本レース写真家協会 (JRPA) 会長、日本写真家協会 (JPS) 会員、カメラグランプリ選考委員。
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