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岩合光昭さんに聞く「動物を撮るということ」写真展会場で撮影秘話をインタビュー

東京・品川のキヤノンSタワーで、岩合光昭さんによる3つの写真展が開催されている。キヤノンギャラリーの50年を超える歴史の中で、1人の写真家が品川の3会場で展示するのは初めてのこと。作品を見ながら、岩合さんにとって動物写真とは何なのかを伺った。

岩合光昭インタビュー

岩合さんの撮影スタイルに迫る「Masai Mara」

キヤノンギャラリー Sで開催されている「Masai Mara (マサイマラ)」は、「キヤノン/WWFカレンダー2024」の撮影で訪れたアフリカ・マサイマラ国立保護区で撮影した作品で構成されている。

岩合光昭インタビュー

撮影期間は20日間だったという今回の撮影。岩合さんはどんな風に撮影をしているのだろうか。20日間で撮ったカット数は定かではないそうだが、作品のセレクトはその日のうちにやるのがルーティンとのこと。撮影してすぐに見るのではなく、宿泊地のロッジやテントに戻ってから画像をチェックして、自分でいいなと思ったものにマーキングしていく。

「ここに展示している作品は、ほとんどそうやって選んだものです。だからもう1回、全部をあらためてゆっくり見直したら、違う作品が選ばれるかもしれませんね」

それくらいたくさん撮ったカットの中から選び抜かれた作品というわけだ。ただし、ただ現地に行けばいい作品が撮れるというものではない。

「僕が東アフリカのこの地を最初に訪れたのは1971年なんです。今回は20日間でしたけど、50年以上かかってこの作品ができていると思っています。ぱっと行ってぱっと撮れるかと聞かれたら、答えはNOなので」

何度も訪れている地だからこその経験があって、一つの作品が生まれたということだ。

岩合光昭インタビュー

野生動物撮影の常用レンズは600mmクラス

レンズやカメラの機能についても尋ねてみた。焦点距離的には800mmが欲しいところだが、機動性を考えると400mm、600mmクラスのレンズが扱いやすいという。「RF600mm F4 L IS USM」にテレコンを組み合わせて使うことが多かったそうだ。この撮影では「EOS R3」「EOS R5」を使用しているが、瞳AFや動物検出の機能を使っているとのこと。

「昔はMFで撮っていたんですけど、最近はカメラの性能が格段に良くなっていますからAFで撮ります」

ただ、体の奥深くでは、機械というのをまだ信用しきっていないところがあるんじゃないか、とも感じているそうだ。

「まだ自分の感覚を信じたいのかもしれません。でも実際に撮った画像を液晶モニターでチェックすると、“おお、凄い” と思うことは最近多々あります」

岩合光昭インタビュー

動物写真の難しさはコミュニケーション

動物写真の難しさを尋ねると、コミュニケーションを取るのが難しいことなのだという。

「動物とのコミュニケーションは一方通行ですからね。肩に力を入れすぎると見誤ってしまうことがあります。だから頭を白紙状態に持っていって、既成概念や自分の知っていることを過信しないように心掛けています。この動物はこうやって動くんだと思い込んでしまうと、それが枷になって、せっかくの瞬間を捉えることができなくなってしまったりする場合もあります。そういったことにすごく気をつけて、いわゆる無手勝流 (むてかつりゅう) に撮影に挑んでいるつもりです」

被写体とどう向き合うかということは、実はもっとも重要なことのようだ。コミュニケーションが取れない野生動物の場合は、その重要性がさらに増すのだろう。

ちなみに、撮影モードはシーンによって柔軟に切り替える。速いシャッターを切りたいときにはシャッター優先、深度を稼ぎたいときには絞り優先で撮るといった具合だ。動物の動きは1/250秒程度で捉えられることが多いそうだが、1/1000秒以上でも被写体を追って流し撮りをするように意識しているそうだ。そうするだけで、仕上がりのシャープさが違うのだという。

「その動物のリズムに合わせてカメラを動かすことは重要です。おそらく、動画をやっていたからそういう撮り方が身についたのかもしれません」

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音楽をイメージしながら鑑賞したい「What a Wonderful World -この素晴らしき世界-」

キヤノンオープンギャラリー1で開催の「What a Wonderful World -この素晴らしき世界-」は、大自然の素晴らしさを感じさせる作品群で、会場には岩合さんがセレクトしたBGMが流れる。

岩合光昭インタビュー

動物のいないフィルム時代の風景作品もお披露目

「展示してある作品の多くはフィルムカメラ時代のもので、動物の写っていない風景写真もあります」

ここで展示されるのは、50年の写真家生活を通して目にしてきた神秘的な大自然と、多様な生き物たちをまとめたものだ。自然の中でカメラを手にしたとき、頭の中に一番多く流れていた曲が、ジャズの名曲として知られる『What a Wonderful World -この素晴らしき世界-』だったそうだ。

「動物写真家ですから、やはり撮りたいのは動物なわけです。なので、どんなに美しい風景を見てもフィルムの残りの本数を考えてしまって、躊躇することが何度もありました。この風景を撮ってしまうと、動物を撮るのに足りなくなるんじゃないかと。ですから、本当に自分がこれぞと感動した光景でシャッターを切るようにしていました」

会場には作品を解説した小冊子が置かれているが、そこには作品ごとに岩合さんが選んだ曲名も添えられている。音楽をイメージしながら作品を鑑賞するというのも楽しい。

岩合光昭インタビュー

フィルムからデジタルへの移行に抵抗はなかった

岩合さんはデジタルカメラを使い始めた時期も早かった。デジタルカメラが登場したときには、すでにテレビの撮影でデジタル撮影に慣れていたこともあって、それほど抵抗なく移行できたそうだ。

「もちろん、フィルムが好きだというのはありましたし、初期のデジタルカメラには不満だらけでした。でも撮ったその場で写真が見られるのは素晴らしいことだし、それなりに凄いなと思っていました」

最近では、動画と静止画の両方を撮影することが多いそうだ。

「動画を撮っていてすごく勉強になったのは、いろんな角度から見ることをディレクターさんたちから教えてもらえたことです。でも最初の頃は、なんでここでカメラを止めちゃうんですか? と編集さんに言われたり。静止画だといい瞬間だけを切り取るわけですが、動画はその後も回し続けないといけない。動画と静止画の違いですよね」

動画と静止画の二刀流はなかなか難しいようだ。

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さまざまなネコの顔をアップで捉えた「ねこがお」

キヤノンオープンギャラリー2では、アップで撮影したネコの顔が並ぶ「ねこがお」を開催中だ。スクエアフォーマットの画面いっぱいに収められたネコたちがまっすぐ見つめ返してくる。

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ネコを撮る極意は、まず警戒心を解くこと

写真家になった当初から、野生動物と身近なネコを並行して撮影している岩合さん。ネコと野生動物で撮り方は違うのだろうか。「ネコを撮るのは400mmが多いですね。長くても500mmくらいです」とのこと。思っていた以上に焦点距離が長い。

「シャイなネコだと気にしてしまって、じーっとこちらを凝視する。そういう自然じゃない表情は、はっきりと写真に出てしまう。中には1〜2枚ありますけど、本当は撮りたくないんですよ」

そのためには、ある程度の距離を取る必要があるようだ。

「ものすごくヒトに慣れているネコだと、かなり近寄っても面白い表情を見せてくれることがありますが、ネコって大昔からの野性を引きずっている部分もあるので、一瞬の表情を狙ったほうが面白みがありますね」

自然な表情を捉えたいと思ったら、ネコも野生動物も撮り方に大きな違いはない。音や匂いも影響しそうだが、撮影者の服の色は特に問題ないそうだ。

「ネコは全然気にしないというか、むしろヒトのことをよく知っているので、こちらの行動をよく見ています。だからまず最初に、“あなたに危害を加えるヒトではありません、安全ですよ” と安心してもらうようにしないといけないんです。最初はとにかく仲良くなって、それからカメラを持ってくるというようにしています」

カメラを構えるよりも先に、声かけなどをして警戒心を解く。それがネコの写真を撮るときに一番最初にしなければならないことだという。

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ネコ好きとイヌ好きはこだわり方が違う?

写真集『ねこがお』も人気は上々らしい。写真展の来場者や写真集の売れ行きを分析をすると、ネコ好きが7割に対してイヌ好きは3割程度なのだという。

「ネコ好きの方はどんなネコでも好きという場合が多いんです。イヌ好きの方は、一緒に暮らしているイヌや自分に関わりのあるイヌが特別です。同じ犬種でもちょっと目が違うなとか、個々のこだわりがあることが多い気がします。そういう理由もあって、どうしてもネコの露出が多くなってしまいます」

被写体としてはイヌもネコも魅力的だが、ニーズとしては圧倒的にネコということらしい。ちなみに「ねこがお」をスクエアのフォーマットにしたのは、ネコの顔がちょうど画面に収まるからという理由からだそうだ。画面いっぱいの表情だけに、いっそうインパクトがある。

岩合光昭インタビュー
写真集『ねこがお』の表紙は岩合さんの愛猫だ。

ロシアやウクライナでも撮影したかった

海外に出かけにくくなってきている状況の中、取材活動に影響ないのだろうか。

「本当はロシアやウクライナにも行くはずだったんですよ。ウクライナ侵攻の前に申請を出していてOKは出ていたんですけど、全部なしになっちゃいました。すごく残念です。ネコはものすごく平和を愛する動物なので、早く戦争が終わってほしいですね」

中国でもネコの人気が高まっているそうだが、地政学的にも為替相場的にも海外渡航が難しくなっているだけに、思うように取材活動ができなくなってきているというのが実情のようだ。

岩合光昭インタビュー

撮ってみたい動物やシーンは?

最後に、今後の写真家人生で撮ってみたい写真について尋ねてみた。「それはもうよく言われるように、明日見るシーンが撮りたいシーンです。というか、動物たちが見せてくれる。それを期待しています」とストレートな答えが返ってきた。

「自分でこう撮りたいと思っても、動物たちは思い通りには動いてくれないです。現場に行かなければ、会えない、見られない、始まらないのは、すべてのことに当てはまるように思います。頭で考えるより、まず現場に、いつまでも居続けたいですね」

3つのギャラリーでそれぞれ違う一面を披露してくれた岩合さん。これからも素晴らしい映像や写真を見せてくれるに違いない。

岩合光昭インタビュー

岩合光昭写真展「Masai Mara」

会期 2024年6月18日 (火) ~7月30日 (火)
会場 キヤノンギャラリー S
住所 東京都港区港南2-16-6 キヤノンSタワー1F
時間 10:00〜17:30
休館日 日曜・祝日
入場料 無料

岩合光昭写真展「What a Wonderful World -この素晴らしき世界-」

会期 2024年6月18日 (火) ~7月23日 (火)
会場 キヤノンオープンギャラリー1
住所 東京都港区港南2-16-6 キヤノンSタワー2F
時間 10:00〜17:30
休館日 日曜・祝日
入場料 無料

岩合光昭写真展「ねこがお」

会期 2024年6月18日 (火) ~7月23日 (火)
会場 キヤノンオープンギャラリー2
住所 東京都港区港南2-16-6 キヤノンSタワー2F
時間 10:00〜17:30
休館日 日曜・祝日
入場料 無料