2021年6月15日〜16日にパシフィコ横浜で開催されたフォトグラファーズ&フォトビジネスフェア「PHOTONEXT (フォトネクスト) 2021」。2年ぶりに開催されたリアルイベントの会場から、注目を集めていたセミナーの一つ「ドキュメンタリー ファミリーフォト」の様子をお伝えしよう。
報道カメラマンからブライダルフォトグラファーに転身
ポージングやディレクションを一切しない新しい家族写真のスタイル「ドキュメンタリー ファミリーフォト」を解説するのは、東京・吉祥寺を拠点にウェディング撮影やファミリーフォトを中心に活動する写真家の藤田努 (Tsutomu) さん。最近は、結婚式以降の家族の様子を追い続ける「家族の専属ドキュメンタリーフォトグラファー」として活動している。国内のニューボーンフォトの第一人者でもある。
藤田さんは、19歳の時に単身で留学のために渡米。大学卒業後、サンフランシスコ郊外の新聞社で10年間、報道カメラマンとして活動し、2005年に帰国した。帰国後は、AP通信社などの仕事をしながらウェディングフォトグラファーとして活動を開始する。2006年にウェディングフォト撮影を専門とするbozphoto & stylesを設立して、スタイリスト・ヘアメイクを担当する奥さんの藤田麻希 (makky) さんとともに活動している。この日もふたりで登壇されていた。
ある写真家の養子縁組が「ドキュメンタリー ファミリーフォト」を撮り始めたきっかけ
藤田さんが「ドキュメンタリー ファミリーフォト」を撮り始めるようになったのは、2年ほど前から。アメリカでニューボーンフォトを撮影している女性カメラマンが養子縁組をしたことを知って、話を聞きに行ったときのことだ。初めて親子になる日の1日の様子をほかのカメラマンに撮影してもらった写真を見せてもらったことがきっかけだった。七五三のように、特別な日にポーズを決めて撮る写真よりもずっと魅力的で、自分でも撮ってみたいと思ったのだそうだ。
「ドキュメンタリー ファミリーフォト (Documentary family photo)」は、いろいろな呼び方がある。藤田さんは「デイ イン ザ ライフ フォト (Day in the life photo)」の響きが好きでそう呼んでいるが、イギリスでは「レポテージ ファミリー (Reportage family)」、日本では「日常写真」などと呼ばれている。
自分に厳しい「ルール」を課すことで工夫して撮るようになる
藤田さんは、「ドキュメンタリー ファミリーフォト」の撮影に、ヤラセを許さないアメリカの報道写真と同じような厳しい倫理ルールを自分に課している。被写体に指示を出さない、じゃまなものを動かさないといった「ディレクション (演出) をしない」ことが中心で、フラッシュも使わずに、その場の光だけで撮るスタイルだ。子どもたちに「こっち向いて!」と声を掛けることもしない。ハードルを高くすることで、「これができないんだったら、ほかのやり方を考えてみよう」と工夫して撮るように心掛けているのだそうだ。
いい写真の3要素とは
ドミュメンタリー写真で「いい写真」と言われるには、3つの要素がある。「光」「決定的瞬間」と「構図」。この中で、ドキュメンタリーフォトグラファーが自分で作ることができるのは「構図」だけ。藤田さんが撮影でもっとも気をつけているのも「構図」だ。撮影の8割くらいを35mmレンズだけで撮るそうだ。
35mmが好きな理由は、「写真にレイヤーを作れるから」と藤田さんは言う。わかりやすく言うと、奥行き感が出せて、立体的な画面構成ができるということだ。見る人の目線に近い画角というのも重要なポイントになっている。
予測できない子どもの行動を狙って「決定的瞬間」を捉える
子どもの行動は予測できないことが多い。ディレクションできない中でどう決定的な瞬間を狙うのかはコツがある。「子どもは同じことを何度も何度も繰り返す」と藤田さんは言う。なので、いいシーンが撮れそうだなと思ったら、同じ場所でじっと待っていると、決定的な瞬間が訪れることが多いのだそうだ。
「光を捉える」には光を読むことが大切
撮影するために照明をつけたりはしないので、現場では光を捉えることが、実は一番難しいと藤田さんは言う。家の中でも光が差し込む場所だったり、逆光になるような場所を見つけたら、そこをメインに撮るように心掛けている。
自分の存在を消さないことで素のままを捉える
「ドキュメンタリーフォト」を撮るには、自分の存在を消して透明人間になることだと思うかもしれないが、それは難しい。だから、初めのうちはなるべく写真を撮らずに話すことから始める。仲良くなってきたところで、様子を見ながら少しずつ距離を詰めて近づいていくようにするといいのだと藤田さんは言う。
撮影中も、結構な頻度で子どもたちと話しをするのだそうだ。知らない人が黙ってそこにいるという状態ではなく、友達が家に遊びに来たような感覚で居ながら撮影をする。自分の存在を出せば出すほど、子どもたちはこちらの存在を認めてくれてカメラを気にしなくなる。心を許してくれるようなコミュニケーションが重要なのだと語る。だから、食事時間になると子どもたちと一緒にご飯を食べて、質問攻めにするようなことも珍しくない。
shoot more, less often
報道カメラマン時代の先輩が教えてくれた言葉に「shoot more, less often」がある。「少ない回数でたくさん撮れ」と言う意味で、「今だ!」と思ったときには、いい写真が撮れたと思うまでシャッターを押し続けろということ。一緒にいる間ずっと撮り続けるのではなく、光がきれいな瞬間や子どもたちが感情的になるときが、1日一緒に過ごしているとわかってくる。その瞬間を逃さず撮る。逆に、何をやってもいい写真が撮れないと思えるときは一緒に遊んだり、一緒に昼寝をすることもあるのだとか。そうしているうちに、子どもたちだけで遊び始めたら、また撮り始める。
撮影の始まりと終わりの時間
撮影は、朝の7時ぐらいから始めることが多いが、前泊することもある。休日の朝、親が起きる前にリビングで遊ぶ子どもたちを撮ってほしいという依頼があったときには、寝袋を持ち込んで、子どもたちが起き出すのを待ち構えたこともある。
終わりの時間は、子どもたちが眠りにつくまで。眠りにつく前、子どもたちが疲れて眠そうになったときに面白い写真が撮れることが多いので、なるべく遅くまで粘るようにしている。
ずっと撮影していると、精神的にも肉体的にも持たくなってしまうので、撮影時間は6時間ぐらいから始めるのでも構わないが、12時間ぐらい密着したほうが、面白いものが撮れると藤田さんは言う、子どもたちの表情も朝と夜とでは、全然変わってくるからだ。
予想がつかないことが起きて、それを撮影できることが楽しい
子どもたちの予想がつかない行動を撮れることが楽しいと語る藤田さん。家族の写真は、予定通りにいかないことばかり。そこを先回りして、どう面白く捉えるかを考えなくてはいけなくなる。それが逆に楽しいのだと語る。また、親が知らないような子どもたちの様子を残してあげられることも楽しみの一つなのだそうだ。
通常の家族写真だと、可愛いところや喜んでいるところを記録するものだが、「ドキュメンタリー ファミリーフォト」では、泣いている場面や苦労している様子、大変なところも残すことができる。それが「ドキュメンタリー ファミリーフォト」の醍醐味じゃないかと語る。
記念写真だけが家族写真じゃない
最後に、海外でメジャーな「ドキュメンタリー ファミリーフォト」の3団体と、藤田さんが参考にしているという3人の写真家を紹介して、セミナーは締めくくられた。100人が定員のセミナー会場は、最後まで立見の人であふれていた。
記念写真だけが家族写真ではないと気付かせてくれた藤田さんのセミナー。考えてみれば、SNSなどで日常の写真を記録し、それを公開している人は少なくない。日本でも「ドキュメンタリー ファミリーフォト」は。新たな家族写真のあり方として受け入れられるように感じた。