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在宅ケア関連の製品や健康長寿事業にビジネスチャンス?タイで急速に進む「高齢化の今とこれから」

2021/10/29

今、タイで、急速に高齢化が進んでいます。既に2005年に「高齢化社会」に突入しており、2022年には「高齢社会」入りする見込み。さらに、経済産業省の調査などによって、2040年には2018年の日本と同程度の「超高齢社会」になることが予測されています。なぜタイでここまで急速に高齢化が進むこととなったのか。現在、どのような高齢化対策が行われているのか? タイならではの課題や伸びているサービスとは一体どのようなものなのか……? アイ・シー・ネットのタイ拠点(タイIC Net Asia Co.,Ltd.)代表者として長年、タイの社会経済開発に関わってきた岩城岳央氏に話を聞きつつ、「タイの高齢化に関する今とこれから」について紐解きます。

 

タマサート大学電子・コンピューター技術学部が開発した音声によるアルツハイマー病及び軽度認知障害のスクリーニング用アプリケーション(https://siamscope.com/thammasat-university-came-accurate-application-screen-alzheimers-disease-using-voice/

 

お話を聞いた人

岩城岳央氏

金沢大学にて経済学を専攻。民間の電機メーカーに2年間勤務したのち、アジア経済研究所開発スクールを経て、イギリスにてRural Developmentの修士号を取得する。大学院修了後は、ネパール及びタイ東北部の日系NGOプロジェクトに参加。2002年にIC Net Asiaに入社。2009年からは同社の代表を務めている。

タイは2022年に、人口の14%が65歳以上になる「高齢社会」に突入する

タイは、2005年に、人口の7%に当たる人が65歳を超えた状態になる「高齢化社会」に入りました。2022年には、人口の14%以上に当たる人が65歳を超えた状態になる「高齢社会」に到達する見込み。たった17年で、急速に高齢化が進んでいるのです。

 

急速な高齢化の背景にあるのが、日本と同じく少子化の問題です。経済が発展して社会が大きく成熟し、これに伴って出生率が下がり子どもが少なくなりました。また、医療が発達し、平均寿命が延びたことも大きく影響していると考えられています。

 

こうしたことが、開発途上国や新興国では、「一気に起きる」というところも特徴です。日本の場合は時間をかけて比較的緩やかに高齢化が進んできましたが、開発途上国や新興国の場合は、急速な経済成長や医療の充実により、人口の高齢化がより速いペースで進みます。

 

2019年に野村総合研究所の調査によって、「タイの人口はASEANの中で4位に位置するが、高齢化率ではシンガポールとタイが抜け出る」「タイでは高齢化率が11.8%になっている」ことが示された(「平成30年度国際ヘルスケア拠点構築促進事業(国際展開体制整備支援事業)アウトバウンド編(介護分野)報告書」より抜粋)

 

2015年頃から高齢化対策の機運が高まるが、追いつかない状態が続く

 

そこで問題になるのが、「対策が追いつかない」という点です。タイで20年以上暮らし、タイの社会経済の変化を体感してきたIC Net Asia Co.,Ltd.の岩城岳央氏は、「タイのような開発途上国や新興国の場合、高齢化社会の他にも注力すべき社会経済課題が山積していることが多くあります。経済対策にも力を入れなければならないし、インフラも作らなければならない。社会福祉制度や健康保険制度もまだまだ。教育や産業育成の仕組みも整えなければいけません。様々な開発課題があり、先進国に比べて財政基盤や社会的基盤が弱い中で、同時に人口の高齢化にも対応しなければならない。社会経済対策をしながら急激に進む高齢化対策をしなければならないという、難しい舵取りが求められています」とその現状や難しさについて話します。

 

「タイの高齢化対策は、今から約5年前、2015年頃から、やっとその機運が高まってきたように思います。最近では行政機関が介護士や介護施設の資格登録制度の整備や、年金制度の強化に乗り出したりしています。高齢者支援分野に投資する民間企業を税制面で優遇する動きも出てきました。これに伴い、高齢者向け施設建設に加えて、例えば、ユニバーサルデザインを用いた高齢者向けのコンドミニアムや、IT機器を使って遠隔で在宅高齢者を見守るネットワーク、高齢者向けの柔らかく食べやすい食品、などの高齢者を対象にしたサービスが見られるようになってきています。ほかに、高齢者のための認知機能のトレーニング施設などを作る医療機関も出てきました」

 

とはいえ、高齢者向けの施設やサービスはまだまだ充足している状態とは言えません。人口の高齢化に伴い行政機関による政策的な支援や、民間企業によるサービス・商品開発が進み、徐々に状況は変わってきていますが、「高齢化が進んでいるけれど、まだ元気なお年寄りも多く、興味は引くが購買にはつながっていない段階ではないか」と岩城氏。5年後、10年後、例えば寝たきりの方など要介護の高齢者が増えたときに社会が対応できるような技術、ノウハウ、アイデアが求められているのです。

 

チュラロンコン王記念病院のなかに設立された認知機能フィットネスセンター。月曜~金曜日の9:00~15:00、気功、音楽療法、ニューロビクス、栄養指導などの認知症予防プログラムが提供されている。(https://www.facebook.com/cognitivefitnesscenter/photos/?ref=page_internal

 

今、タイの高齢化対策を支えているのは、地域の「保健ボランティア」たち

 

現在、タイにある高齢者向け施設は、富裕層向けのものが大多数を占めています。比較的リッチなコンドミニアムや介護サービスが多く、ここに関しては現時点で既にオーバーサプライ気味になっています。一方で、低・中所得者層向けの施設やサービスは不足しており、受け皿がないという状況になっています。

 

そもそも、タイでは日本のような年金制度や介護保険制度がなく、高齢者のケアは本人または家族の負担になり、なかなかサービスを受けられません。財政的な制約から大規模な公的負担による高齢者向けサービスの提供も難しく、タイ政府は地域コミュニティでの高齢者のケアを推進しています。タイには以前から地域の末端で保健医療サービスを提供する「保健ボランティア」制度があり、こうした地域でのネットワークやリソースを使い、家族とコミュニティが支え合って高齢者をケアしていくことが推進されています。保健ボランティアは地域で生活する女性が中心で、地方自治体や医療機関と協力しながら感染症の予防活動をしたり、公衆衛生や健康増進に関する啓蒙活動を行ったり、ケアが必要な人のご家庭を訪ねてサポートをしたりしてきました。高齢化が進む中で、保健ボランティアの役割が再認識され、こうした地域の人材を活用しながら、家族とコミュニティが連携して高齢者をケアする新しいモデル作りが進められています。

 

こうしたボランティア制度が根付き、地域の強さが機能しているのは、一体なぜなのでしょうか? その背景には、「タイ特有の母系社会の影響もあるのではないか」と岩城氏は話します。

 

「タイには伝統的に女性が家を継いで両親の面倒を見るという習慣があります。末の娘が継いだ家に男性が婿入りするという形で家を継いでいくケースが多く、女性が、慣れ親しんだ土地で、子供のころから知っている人々と、ずっと子育てや自分の両親の世話をするという文化があるんです。地域にしっかりと根を下ろした女性たちを核に、子育て、健康、介護など暮らしの強固なネットワーク基盤が出来上がっており、地方にいるとこれが非常にうまく機能していると感じます」

 

今後も、地域のボランティアを中心とした在宅コミュニティケアが推進されていく見通しです。これに伴い、「在宅でのケアをサポートするような製品の需要が見込めるのではないか」と岩城氏。「冒頭で述べたIPシステムを用いた見守りソリューションや高齢者向けの食品の他に、例えば、床ずれを防ぐマットなども出てきています。在宅ケアそのものに外国企業が参入するのは文化・習慣の違いにより難しい面もあるかもしれませんが、その周辺のサービスや製品については、ビジネスチャンスがあるのではないかと思います」と、その可能性について示唆しました。

 

労働者の6割を占める自営業者の社会保障制度が危機的に薄いという課題も

 

次に、タイの社会保障制度について見て行きましょう。公務員や国営企業の従業員に関しては、公務員医療保険制度、政府年金など、比較的手厚い保障制度が整えられています。公務員医療保障制度は、公立病院での医療サービスが無償で受けられ、家族にも適用が認められます。

 

民間企業の従業員の場合は、雇用者と被雇用者が負担する社会保険制度があり、登録医療機関で一定の医療サービスを無料で受けることができます。また、最近、企業の被雇用者を対象にした国民年金基金がスタートしました。まだ加入者は少ないですが、将来的には定年退職者の生活を支える上での役割が大きくなっていく可能性もあります。

 

もっとも手薄で課題が多いのが、インフォーマルセクターで働く方や農家の方をはじめとする自営業者向けの社会保障制度です。タイでは、全労働者の6割を自営業者などが占めているといわれていますが、彼らへの年金制度は整備されていません。65歳以上の高齢者に支給される高齢者福祉手当がありますが、支給額は年齢により1カ月に600~1000バーツ程度で、日本円にすると、2240円~3400円ぐらいの金額です。「例えばタイの物価が日本の1/5だとして、日本円に換算すると、1万~1万7000円ぐらいの金額ということになります。これでは到底、生活できません」と岩城氏は話します。

 

「さすがにまずいだろうということで政府が始めたのが、任意加入の国民貯蓄基金です。国民と政府がお金を出し合って貯蓄をする国民年金に近いシステムなのですが、加入者が少なく、全体をカバーすることはできていないというのが実情です。自営業者や農家向けの社会保障制度は、まだまだこれからといったところです」

 

さらに介護保険に至っては、公務員や自営業者などの別なく「いっさいなし」という状態です。民間の保険会社がようやく介護保険を販売し始めましたが、まだまだ普及はしていません。

 

タイのおもな社会保障制度についてまとめた一覧表。日本と同様に公務員の保障が手厚く、自営業者の年金部分が手薄であることが見て取れる

 

マーサーCFA協会が発表した調査によると、タイの年金指数は39カ国中最下位。すべての数値が平均を大きく下回り、改善が必要なことが明示された

 

在宅ケア、健康長寿支援、退職者ケアなどに商機あり。現地パートナーとのコラボも鍵に

2021年8月、タイのカシコーン研究センターが、「高齢者向け医療機器・施設の市場が2021年中に80~90億バーツ(272億~306億円)に達する見込みである」という予測を発表しました。あわせて、「市場は高齢化に伴い年平均7.8%で伸びている」「電動式車いす、電動式ベッド、センサー製品などの製品の需要も伸びている」「その一方で、こうした製品の多くは輸入に頼っており、質の高く安全な製品を供給する国内生産者に商機がある」ということも報告しています。

 

こうした情報や、ここまでで紹介した現状や文化的背景などを勘案すると、やはり直近では、在宅ケアのサポート領域にビジネスや支援の可能性があると言えそうです。

 

また、そのほかにも、「『健康寿命の延伸』と、今後大量に発生する『企業退職者の退職後の生活』にも潜在的な需要や商機がある」と岩城氏は分析します。

 

「経産省と野村総合研究所の調査によると、タイは2040年に、日本の2018年頃と同程度の高齢化率になると予測されています。『日本から20年遅れで高齢化が進んでいる』とも言われており、まさにこれから、健康ではない、要介護の高齢者が増えてくる段階です。そのため、健康体を維持して要介護にならないように、健康寿命を延伸するための取り組みも注目されています。例えば、地方自治体でのエクササイズ教室や健康相談、認知症予防アプリの開発と予防プログラムの実施などで、冒頭のほうでも少し触れた医療機関での認知機能トレーニングプログラムなどの提供です。こうした分野はまだまだ実験段階で、アイデア次第でいろいろな取り組みが出てくると見ています。タイはアプリ開発が意外に進んでおり、また、言語の問題もあるため、この分野では参入が容易ではないかもしれませんが、高齢社会の先進国である日系企業のノウハウがかなり活かせる取り組みは多いと思います」

 

地方自治体での高齢者向けエクササイズの様子(タイラット紙)(https://www.thairath.co.th/news/local/bangkok/2035389

 

もうひとつの「企業退職者の退職後の生活」とは、定年退職を迎えるセカンドキャリアの支援や、ソーシャルネット、セーフティネットなどのこと。岩城氏は「もともと農業国だったタイに、会社・工場勤めという働き方が広がり約40年が経過しました。これから、大量に、国として経験したことのない『大量の定年退職者』が発生します。そういう人たちにどんな活躍の場を作ればよいか、セーフティネットを整えればよいか。これは急いで考えなければいけない大きな課題です」と話します。

 

介護福祉施設の拡充、コミュニティケアをサポートする先端機器の導入、社会保障の整備や、退職者のセカンドライフ支援まで……。タイが、政府、民間の力を集めてやらなければならないことは、枚挙にいとまがありません。「タイでも高齢者向けのいろいろな取り組みが始められていますが、ノウハウに乏しく、日本が培ってきた技術やノウハウへの関心は高い。参入できる機会ではないか」と岩城氏。

 

「ただし、文化や言葉の壁もあり、日系企業が単体で参入しようとしても、なかなかうまくいきません。例えばタイの国立病院と組んで調査を行う、タイの民間企業とコラボレーションして実証実験を行うなど、現地のパートナーと一緒にプロジェクトに取り組むというのが、タイで成功するための大きな鍵だと思います。また、JICAの『中小企業・SDGsビジネス支援事業』などのスキームを活用して進出するというのも有効な手段です。経産省やジェトロにも類する支援制度がありますので、いろいろ調べて、周囲のサポートを受けつつ現地と信頼関係を築く道を探ることをお勧めおすすめします」

 

このように話す岩城氏。最後に、「今、現地で足りないのは、高齢者ケアの技術、情報、経験です。大雑把なアイデアやイメージはあるけれど、具体的なビジネスプランに落とし込めずに、なかなか進めない現地企業は多いと思います。日系企業の皆さんには、ぜひよい現地パートナーと出会って、タイの高齢化に寄与するビジネスを展開していただきたいと思います」と力強いメッセージを述べました。