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ESG経営の一つの形:住民理解を得ながらイラクの発展に貢献する

2021/11/30

世界有数の原油生産量を誇るイラク。しかし現在、度重なる紛争などの影響で製油所の稼働率が低下しており、国の経済は大きなダメージを受けています。イラクにとってこの基幹産業を立て直すことは急務である一方、脱石油や持続可能なエネルギー開発への動きが加速しているのも事実。それに伴い、今後産業人材のニーズもますます高まっていくと考えられています。今回は、イラクでプラント建設を行う企業と共同でCSR事業に取り組む、アイ・シー・ネットのグローバル事業部署長・徳良 淳氏に話を聞きました。イラクの“今”と“これから”の課題をどのように解決していけばよいのか、今回のプラント建設プロジェクトやCSR事業について解説しつつ、これからの途上国開発事業やCSRの在り方について探ります。

 

お話を聞いた人

徳良 淳氏

2001年、アイ・シー・ネットに入社。ODA事業のコンサルタントとして、行政機関の組織強化や役人の能力開発といったガバメント分野を中心に、アフリカやアジア各国で業務に従事してきた。現在は、親会社である学研ホールディングスのグローバル戦略室に在籍しながら、2020年に新たに設立されたグローバル事業部の署長も務めている。

イラクの復興・経済発展に貢献する「バスラ製油所近代化プロジェクト」

 

イラクにとって石油産業は、国を支える重要な産業であり、ほぼ唯一の外貨獲得源となっています。しかし現在、長年にわたる紛争の影響で国内各地の製油所は稼働率が低下。中でも北部や西部では操業停止状態となっていて、石油の精製量に大きな打撃を与えています。そのため国内の石油製品の需要を賄うこともできておらず、ガソリンなどの石油製品を他国から輸入せざるを得なくなっているのが現状です。

 

これらの課題を解決するために、2020年からイラク南東にあるバスラ地域で「バスラ製油所近代化プロジェクト」がスタートしました。このプロジェクトは、JICAの円借款融資によって調達された4000億円を資金に、日揮グローバル株式会社が実施するもの。戦災や老朽化の影響で生産能力が低下しているバスラ地域の2つの製油所の近くに、流動接触分解装置、減圧蒸留装置、軽油脱硫装置などの新たな装置を建設します。これにより環境への負担を軽減しながら、ガソリンや軽油を増産することが可能になり、石油製品の需要ギャップを減少させることができます。さらに装置の建設だけにとどまらず、プロジェクトでは、トレーニングセンターも新設し、1000人以上に対する技能研修の実施や、約7000人に対する技能労働者の雇用も行う予定。2025年のプロジェクト完工後には、2000人以上の雇用創出が見込まれていて、イラクの失業問題の解決も目指しています。徳良氏は、企業がこのような大規模なプラント建設などを行う際には、「地域社会への貢献」が重視されていることの一つだと話します。

 

「日本でも、例えば新しい道路や電車の線路をつくるときに、地域住民の理解を得ることは不可欠ですよね。途上国で大規模な開発事業を行うときも同じで、事業を円滑に進めたり、より意義のある事業にしたりするためにも、地域住民と良い関係を築くことや長期的に貢献することは、とても大切だと考えられているんです。最近では国際的にも、借款事業において少なくない金額が地域の人々の技術支援や新たな雇用を創出するために使われるようになってきています。実際、今回のプロジェクトでも、バスラ地域の人々から『プラント建設以外にも、何かをもたらしてもらえるのではないか』と期待されていることを実感しています」

 

産業人材の育成につなげる「バスラ地区小学校の科学教育強化事業」

 

今回の「バスラ製油所近代化プロジェクト」では、「バスラ地区小学校の科学教育強化事業」と称したCSR事業が並行して実施されます。この事業は、日揮グローバルとアイ・シー・ネットが共同で取り組むものです。現在は、2022年5月頃からのスタートを目指して準備が進められているところ。今回教育に関する事業が行われることになった背景には、イラクで産業人材のニーズが高まってきていることがあると言います。

 

「現在のイラクを支えている石油産業を立て直すことは、喫緊の課題であり、とても重要なことです。しかしその一方で、イラクをはじめとする産油国では、近い将来枯渇してしまう石油に代わる、持続可能なエネルギーの開発にも積極的。特に風力発電や太陽光発電などには大きな注目が集まっています。そのため今後イラクで、新たな産業の担い手を育てることがますます求められるようになってくるはずです。このような背景があって、今回の事業では、将来のイラクの産業を支える『産業人材』の育成につながるものにしようと、『教育』というアプローチで取り組むことになりました」

 

事業では、これまでアイ・シー・ネットがトルコなど他の国でも行ってきた「科学実験教室」を、バスラ地域の小学校10校で実施します。空気や電気といったテーマで科学実験を行い、まずは子どもたちに理科や科学の基礎を楽しみながら学んでもらうことが目的です。また、小学校を巡回して授業を実施する前に、地域の市民センターを借りて「サイエンスショー」のようなイベントも開催予定。このイベントについて徳良氏は、「理科や科学に対して、より多くの地域の子どもたちに興味関心を持ってもらえる機会になれば」と話します。さらに事業では、子どもたちだけでなく、「教員の能力強化」も大きな目的となっています。実験の仕方や子どもたちへの教え方についてレクチャーしたり、授業後にはフォローアップのセミナーを行ったりして、今回の事業が終わったあとも、継続的に授業を続けていけるような支援が計画されています。

 

「イラクでは現在、度重なる戦争の影響で、教育分野でも課題が山積しています。例えば、教育への予算が不足していることもその一つ。国の予算の使い道は、どうしても経済や産業が優先されてしまいます。そのため、教室、教員、教材などが足りておらず、教育の質を向上させることもなかなか難しいのが現状です。だからこそ今回のような科学実験教材を使った取り組みは、イラクにとってかなり画期的なものではないかと考えています。現地の教育省もすでに『私たちが準備すべきことがあれば教えてほしい』と、とても協力的。今回のCSR事業に期待してくれていると実感しています。これから現地で本格的に準備を進めていくことになりますが、イラクは今も治安があまり良いとは言えず、日本からの渡航も基本的には禁止されている状態です。現地での私たちの移動には警備がつきますし、自由に行動することはできません。そのため、これまで事業を行ってきた国と同じようにいかないこともあると思いますが、まずは計画しているプログラムを一つずつ確実に実施していきたいと考えています」

 

マレーシアでの科学実験教室の様子

一企業のCSR事業から、国を動かす

 

「バスラ地区小学校の科学教育強化事業」では、事業の成果をエビデンスとして残すことも意識しています。その背景にあるのは、現在、企業投資の際の判断基準として『ESG』の重要性が高まっていることがあります。徳良氏は、「現在どの企業にとっても、既存の事業はもちろん、新しい事業を始めるときにはESGは必ず意識しなければならないところ。さらに、投資家たちが正しく判断できるよう、その事業が実際にどのような成果を生み出したのかをきちんと示すことも求められています。そのため今回のCSR事業でも、私たちがこれまでODAで培ってきた事業評価のノウハウを活かしながら、成果を目に見える形で残したいと考えているんです」と話します。

 

「例えば、現地で実施した活動をドキュメンタリーのような形で映像に残してテレビなどで配信してもらったり、事業前と後の意識調査を行ったりするような形で評価をしようと計画中です。まずは今回の事業のことを広く知ってもらい、教育の重要性を伝えていく必要があると感じています。その上で、成果をきちんと示すことができれば、イラク教育省をはじめ、政府も力を貸してくれるはず。今回はバスラ地域の一部を対象に、CSR事業として行いますが、今後は、例えばODAのプロジェクトとして、バスラ中心部や、バグダッド、さらにはイラク全土で、『科学実験教室』のような教育事業を広く展開できればと思っています。そして最終的には、カリキュラムの改定や産業人材の育成に関する政策など、イラクの教育を良い方向に動かすことが大きな目標。一つのCSR事業をきっかけに、将来的に大きなインパクトを生み出していきたいと考えています」

 

上海で行った科学実験の様子

 

これからは、国の将来を見据えた中長期的な貢献も大切

 

今回のCSR事業を実施することによって、バスラ地域の産業人材の育成に貢献することができれば、「将来的には、パートナーである日揮グローバルが建設した工場で働く人材の質が高まるほか、アイ・シー・ネットにとっても『科学実験教室』をさらに広い地域で実施することにもつながるはずです」と徳良氏。このように、支援される途上国側だけではなく、支援を行う企業にとってもポジティブな成果をもたらすようなCSR事業が、これからますます求められるようになると考えられます。

 

北京で行った科学実験の様子

 

「今回私たちは、プラント建設プロジェクトが実施されるバスラ地域に貢献するために、CSR事業としてどのようなことができるのかを、一から考えていかなければなりませんでした。これは、あらかじめ内容や達成目標がある程度決まっている業務委託サービスの提供とは異なる、チャレンジングなところ。今後、途上国の開発事業を行う企業などで、『Win-Winの関係になれるようなCSR事業は何か』を考えることは、大きな課題の一つになると感じています」

 

「教育のような支援は成果が見えにくく、すぐに何かが良い方向へと変わるわけではありません。それでも、支援する国の将来を見据えて中長期的に貢献していくことは、今後ますます重要になってくるのではないでしょうか」と徳良氏。途上国の開発事業にESG経営をいかに取り入れるか、これからも模索が続きそうです。